小雀(前編)
なんだ、何なんだ、あいつは!
あたしの針を避けきりやがった。
殺し屋の[小雀]は、現場からの逃走中、頭が大混乱を起こしていた。それでも身体は普段の鍛錬の成果で勝手に動く。
追尾を警戒し、ジグザグに逃走していく。
追跡は無い。
小雀は、ホッと一息、内心で安心した。
小雀は一流とされる始末屋組織の一員だ。この世界では始末屋稼業が表で堂々と成り立っている。
それは、この世界が実力主義社会であることを物語っている。古代文明が、事実と乖離した嘘が横行し、騙しと搾取、自己願望を他者に強制する為の概念の変質によって社会が崩壊し、滅んだことの反動なのかも知れない。
社会を騙して、概念変質によって滅ぶくらいなら、実力で勝負して、決めろ。というわけだ。
小雀は、物心ついた時には既に始末屋だった。
同じく始末屋であった姉に育てられた。
不断の鍛錬によって鍛えられた小雀の技量は、14歳の今では[蜂]の中では姉には及ばずともトップクラスだ。
負けない。負けられない。
姉に恥をかかせるわけにはいけない。
契約は履行されなければならない。
達成率98%。始末屋業界では一流である数字である。
一流のプライドに掛けて、あいつは始末しなければならない。ならないのに…
今回の始末環境は、依頼人が整えた。
魔王を対象から分断するため、対象の行き先を車に改造した建物に誘導。対象の護衛を経験不足の若手一人に変更、一年越しの計画だったという。最後に一流の始末人を投入し、計画は万全のはずだった。
想定外のアイツがいることを除いては。
最初、アイツは誤差の範囲であると思った。
自分の気配を殺して会場に入りこみ、メイドに変装して観察した。
対象の少女…戦闘力005…ゴミだな。
不死魔王…戦闘力999以上…規格外だ、測りしれない。こいつはマズイ。倒すには[蜂]10人以上は必要だ。依頼人からも魔王は相手にはするなと忠告されている。
なにより、あの黒色のキノコのような頭がウネウネと動く様を見てると、なんだか近寄りたくないと感じる。
きっと、自分の始末屋の勘だ。
おとなしく、分断されるまで待ったほうがいいようだ。
護衛の女…戦闘力120…若手の経験不足と聞いていたが、その挙措からの推測によると、若手にしてはかなりできる。前衛の剣術使い、戦ったら、この手のタイプは、きっとしぶとい。勘だ。
だが私の相手ではない。勝てる。
想定外の護衛が一人いた。
護衛とは思えない、たおやかな見た目の少女で印象がポワポワしている。肩まである金髪、碧眼、妙に品格ある姿は貴族かとも思えたが、何か違うような気がする。
服装がギルドのレッドだ。貴族に近い裕福な家の子が箔付けの為にギルド将校になることがあるという。
この若さで、叩き上げの将校はあり得ないだろう。
戦闘力は、…099。以外と高い。だが何か妙だ。見てるとドキドキする。変異型かも知れない。以前に不覚をとった相手が変異型だった。普段は見た目低い戦闘力なのに、戦う時だけ異様に上がる者がいることを、この時知った。
同じ失敗はしない。
観察を続ける。
アイツが時たま探知魔法を使っていることが分かった。
それも、術式と魔力の繊細な使い方から、かなり高度な探知魔法であることが伺えた。
静かに、殺意、敵意を心の更に奥底に沈める。
意識の奥まで、お客様をもてなすメイドに切り替える。
…なるほど、探知特化のギルド将校であったか。
…危ない、油断はしてなかったがヒヤリとした。
メイドとして、景色に同化して動きながら、機をうかがう。観察を続けるうちに、アイツに妙に目がいくことに気がついた。なんて言って分からないが地味に目立つ。誰に対しても態度が真摯な心の有り様が周りにダダ漏れして、憎めない感じなのだ。私より歳上のはずなのに可愛い。…尊い。いや、これは成り切っているメイドの視点だ。だが敵であることを察知されてはならないので、このままメイド目線を保つ。
茶会が終わり、客が帰る。
先行して、魔王が部屋の敷居を跨いだ。
エンジン音が鳴り、部屋が左右にズレ始める。
魔王が振り返るも、既に遅い。
あっという間に部屋ごとスライドして消え去る魔王。
成功だ。
後は私が対象を刺し貫いて終わり。
…小雀蜂の意識を、表に浮かび上がらせる。
茶番は終わり、これからは始末屋である[蜂]の出番だ。
隠していたレイピアを取り出す。
刺突特化のこの剣は、私の戦闘術式に最も合った武器だ。
この剣で闘って負けたことは姉以外にはない。
負けた時は、まだ私が未熟な時だった。
今、姉と闘っても勝てなくても負けない自信はある。
私の意識が表れると、同時にアイツも反応する。
フッ、良い反応するではないか。さすが探知特化。
だが戦闘はどうかな。さあ、私を楽しませて、それから串刺しになって死ね。
身体が軽い。絶好調だ。
レイピアを前へ伸びるような突き出す。刃先には蜂毒が塗ってある。
毒自体に致死性は無いがアナフラキシーショックで死ぬことはある。まあどうせ死ぬから関係ないけどね。
楽しい。
軽やかに舞い、四方八方から刺す。
最初は、体を捌いてかわしていたアイツも、かわしきれずに、剣を抜いてかばい始めた。
ブレード状の剣だ。片刃の剣先が反った剣で刀という。
レイピアが刀で弾かれる。
なかなかやるではないか。
奴の戦闘力を見直す。…レベル110。
やはり変異型か。
だが、まだ準備運動だ。シフトを一段階上げることにする。
剣と身体に風を纏わせる。風魔法[疾風]だ。
風に乗せ、縦横無尽に剣を繰り出す。
まだ弾かれる。強いな。…レベルを125に修正。
ならば、雷魔法[迅雷]、身体伝達機能に雷を流して反射速度を極限まであげる。
驚くべきことに、アイツは私の動きについてきた。
こいつ、探知特化ではなかったのかぁ。レベル150。
まさか、下からの叩き上げか?ありえない、若すぎる。
思わず動きがとまる。
「おまえ何者だぁ?面倒だ、時間が無い。不死魔王が戻ってくる。おまえ全力で死ね。」
ならば、全力を出す。
こいつは、私の動きを読んでいる。
探知で動きをいち早く読み、更に未来予測して何十手先まで動きを読んでいる。まるで予知だ。
だが、それならば私にも可能だ。8つの並列意識を作り繋げて未来予測する。
更に基礎力増強魔法、風魔法、雷魔法を重ね掛けする。
…
(軽く汗を額にかいている…尊い。ドキドキ。)
8つの意識のうちの一つが妙なことを思っているな。
意識を並列分割すると、どうしても制御の甘い意識が出てくる。
…戦い以外の妙なことを感じている第8意識は、この際無視する。
集中だぁ!
(風のように舞う、なんて美しい…ああ、キラキラ光る。)
第8意識の思考が煩わしい。
だが…読み切った…1023手目で、この私の勝ちだ。