ペンドラゴンの系譜(続編)
30階のフロアで、あの人を待つ。
あの人とは、アールグレイ少尉のことである。
罠の詳細はわからない。
依頼主の話しでは、とにかく僕は、ここ、体育館のような広いフロアにいるだけで良いらしく、後は、来た[暴風]を、鎧武者50人で囲み込み討つらしい。
確かに完全武装した侍50人に囲まれ攻撃されたら、生きては帰れない…普通に考えるならば。
でも僕は知っている。
あれから僕は、アールグレイ少尉を調べ、実際に戦う姿も遠間から何度も見る事が出来た。
個対多衆こそ、彼女の真価が発揮される時。
二つ名を持つ程の武芸者に、普通は通用しないと知った。
ましてや表最強のトップ10に入る強さを持った[暴風]である。
おそらく達人の武芸者、若しくは超絶訓練されたトリプルS級の軍人が千人いれば対等かもしれない。
一騎当千…そんな言葉が思いつく。
おそらく鎧武者の完全武装も役には立たないだろう。
鎧武者さん達は、話してみれば気の良いおっちゃん達だった。彼らは[百足]という傭兵集団組織に属していて、今日はその約半数が駆り出されたらしい。
相手が表最強十本指の一角とは言え、50人の完全武装集団であるから、負けるとは思っていないらしい。
甘い、甘いよ、砂糖菓子より甘い認識だよ。
僕は他人事ながら心配になった。
話してみて、この部屋に早朝[暴風]が入ってくるから討てとだけ、依頼主から言われているらしく、[暴風]の容姿も知らされていなかった。
[百足]の皆さんは、世間一般から言えばかなり強いのだろう。
でもその強さは身体のみに限定されている。
強さとは身体のみの強さであると思い込んでいる。
僕は戦慄した。
勉強不足、準備不足、情報戦でまず負けている。
脳筋ばかりで、軍師、参謀などの頭脳担当が居ない。
現代戦では致命的な弱点だ。
これでは戦いにすらならないかも。
更に彼らは、二つ名持ちの恐ろしさを知らないらしい。
遠隔で、いきなり魔法を[暴風]に使われたら、お終いです。
接近戦で時間稼ぎしてる間に、周りを囲み、やられたら交代を繰り返す無限接近戦で挑むしか手はない。
戦力の逐次投入は愚策とされるが、今回は人数を活かして交代で回復させながら戦うしかない。
これではまるでRPGの対魔王戦のようだと気づく。
この作戦の肝は、初手を一撃でやられないことで、一撃でやられたら時間稼ぎにならず、攻撃が回らず作戦自体が破綻してしまうから。
そこで、僕は戦いに必要な情報を開示した。
彼らと話し、二つ名の恐ろしさを知らせて、対抗する作戦を教授した。
リーダー格の一人と思われる黒い鎧武者さんは、素直にうんうん頷いていたが、他の人は反応があまり芳しくない。
青い鎧武者さんに至っては、「俺も[暴風]ちゃん、知ってるぜぇ。超絶可愛いよなぁ。勝ったら彼女になってくれないかな?」などと脳天気なことを言っている。
信じられない…あんた、馬鹿なの?
知っているならば、何故にそんなお気楽なことを言っているのか理解に苦しむけど、人間とは自分の望むことしか認識しないと、学校の人間心理学で習ったことを思い出した。
かえすがえすも学校を途中で中退したこが悔やまれる。
…もっと勉強したかったな。
本当に人生とは、ままならないものだ。
僕は、出来る限り[暴風]の恐ろしさを解説したけど、みんな話し半分以下で聞いてるだろうなと分かる態度だった。
致し方なしとはいえ、僕の影響力の無さがもどかしい。
本当の事を言っても信じてもらえないのが哀しい。
超超古代時代のカサンドラの気持ちが、時代を経て分かるような気がする。
遥か古の人の気持ちに共感しつつ、[暴風]が若くて可愛い女の子だけど油断しないようにと釘を刺す。
何故かそこを説明した時だけ、赤い鎧武者さんを除き、盛り上がったような気がしたけど、今から戦う相手なのに、そんなんで良いの?と思ってしまう。
すると、僕の不満顔に気づいたのか、黒い鎧武者さんが僕の頭を撫でながら言った。
「先の事は誰にも分からん。ならば今を楽しまなければ悔いが残ろう。わしらは今、全力を出して生きるだけじゃ。自分が今出来ることをする。それが明日につながるのじゃよ。ガハハハッ、ガハ、けふごほゴホ…。」
おいおい、爺さん大丈夫かよ。
締まらないぜ、黒さん。
などと、野次と大勢の笑い声がした。
ああ…彼らは皆んな分かっているんだ…。
生きている。
僕らは皆んな生きている。
判断も決断も、自らが為した行動も全部が自分の責任であることは言うまでもない。
もしかしたら、僕らは皆殺しに合うかもしれない。
戦うとは、敵対するとは、そう言うことだ。
でも生きるとは、常にそういうことだと思う。
生前、父上に戦う前の境地について尋ねた事がある。
暗闇の断崖絶壁の先に立って風に吹かれている。
父上が前に言っていた言葉を、今、思い出した。
ああ、今泣きたいほどにその気持ちが分かる。
いや、本当はまだ半分も分かってないかもしれない。
これから僕らは一騎当千の[暴風]と戦う。
[暴風]の強さを考えれば絶望的な状況だ。
でも僕は、彼らと笑いあっているうちに、身体が透き通るほど透明で、しかし…些少の震える気持ちに落ち着いた。
父上は「更に…そこから敢えて先へ踏み出す。」と言っていた。
父上のあまりにも理不尽な死を思い返す。
だけど父上に未練は無かった…と、今、分かった気がした。
敵討ちなど、父上は望まないだろう。
ならば、あとは僕の気持ち次第なのだと思う。
…
僕などは、ここで[暴風]に殺された方が良いのかもしれない。