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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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ペンドラゴンの系譜(後編)

 少しだけ前の話しをしよう。

 それは、お家が取り潰しとなり、僕がアカハネを出奔してからシュクに立ち寄った際の話しだ。



 …



 行く宛てもなくシュク駅の東口付近を通りかかった時、街のオーロラビジョンにあの人が映っていた。

 このオーロラビジョンは超古代のテクノロジー復活政策の一環の成果だ。


 なつかしい。

 そう思った


 もう…3年も前に会った彼女は、あの頃のままの姿だった。



 僕が思わず立ち止まったその近くで、少女たちが不良達に囲まれて困っていた。

 誰もが見て見ぬフリしていた。

 僕自身も、その一人だった。


 理由は、幾らでも考えついた。

 だって、僕一人では敵わないもの。

 だって、僕には関係ないし。


 恥ずかしいし、僕が助けに行っても、きっと無駄に終わる。

 ナンパされてるだけだから…きっと大丈夫。

 そんなわけ無いのは分かっていたけど、僕は自分の心のうちを誤魔化した。

 その証拠に僕は俯きながら、このまま通り過ぎようとした。

 後ろめたいからだ。


 その時、天上からあの人の声が聞こえたんだ。

 思わず反射的に声がした方に振り向く。

 あの人の顔が、ビルの壁面に設置してあるオーロラビジョンの画面にアップされていた。

 その顔は、まるで僕を見てるかのよう。


 その時、僕の脳裏に思い出がよみがえり、僕とあの人以外の全ての背景が消え去った。




 …




 3年前のシナガ攻防戦の際に初めてあの人に出会った。

 役に立つところを見せようと父上に無理言って付いていったシナガは戦場で、僕は役に立たない子供である事を体感した。

 今までに培った修練も覚悟も、まるで無駄で、僕は父上の役に立つどころか逃げ回り、守られる側だった。

 しかも戦場は凄惨で、怪我して無い人はなく、悪性生物群に攻められ家屋が損壊し、火が出て燃えるなど被害が続出し、いわゆる負け戦だった。

 軍や騎士団は、これほど必要な事態はないのに何故か助けに来ず、救援要請に応えたのは、民間のいち冒険者ギルドだけだった。

 だから、父上と僕は個人でシナガの街の救援に来たのだ。


 凄惨な戦場で、ギルド員を指揮し、民を助け護るあの人の姿は、戦場の土と泥と血と汗で汚れていても美しく輝いてみえた。

 窮地の時ほど人の本性が分かるとすれば、自らを犠牲にして民を護るあの人の魂は見た目と同じく美しく清廉で輝いているに違いない。

 憧れて、あの人の名前を、僕と同じようにあの人を見つめている黒星のギルド員に聞いた。

 するとそのギルド員は、「あの人の名前は、アールグレイ軍曹だよ。」と大切な物のように囁いて教えてくれた。


 オーロラビジョンに映るアールグレイ軍曹…いや、僕らを護った為に降格して星が一つ減ったアールグレイ伍長は、移籍したギルドの広報部が作成した冒険者ギルドの宣伝番組の取材を受けていた。

 これって、こんな街中の大画面で放映されるの多分本人知らないかも。

 僕が知っているアールグレイ伍長の性格は、あの大胆不敵な行動力とは真逆で、恥ずかしがりやの謙虚で静かな人だった。

 清楚で可愛くて美しい目立つ外見なのに、必要以外は背景に溶け込んで目立つことはなかった。

 いつの間にか、僕の隣りで食事していてギョッとしたこともある。



 …


 


 僕は思い出してしまったんだ。

 あの人は……僕達を助けるのに躊躇しただろうか?

 戦場で僕を必死になって救けてくれた、あの時の優しい顔が目に浮かんだ。


 …あの人の見てる前で無様な真似はできない。

 自分の不甲斐無さに切なくて哀しくて胸が一杯になる。


 「や、やめろよ。」

 思わず声を掛けていた。

 不良達と少女達が僕に振り向く。


 僕は途端に後悔した、柄じゃない、やめればよかった。

 「やめろよ、困ってるじゃないか。」

 だが、僕の後悔とは裏腹に、声は出つづけていた。


 ひー、僕のばかばか、こんな、ことしても碌なことになりゃしない。

 「あーん、何だよ、この僕ちゃんは。俺たちゃ、この子達と遊びに行く話しで忙しいんだよ。見逃してやるから、あっち行ってな。」

 兄貴分の一際目立つ不良が脅すように言い、連れの不良達がバカにしたように僕を見て笑った。

 足がガクガク震える、怖い。


 僕は一歩も前に進めなくなった、逃げるように目を逸らす。

 少女達の目が縋るように僕をみるのが見えた。


 ああ、そんな目で見ないでくれ。

 きっと誰か他の強い人が助けてくれるさ。

 僕では無理だったんた。


 その時オーロラビジョンの大画面から、あの人の声が聞こえた。

 記者がシナガ防衛の際、依頼対象外のスラム民の子供を何故助けたのかの質問にあの人は答えていた。

「何故?子供を救けるのは当たり前の事だ。僕は当たり前の事をしただけだよ。」

 大きな声ではなかった。でも誰もが一瞬振り向いた。まるで時が止まったかのようだ。

 僕も聞いた、そして見た。

 あの時の美しい顔が、そこにあった。


 「あー、止めろ!」

 僕は、不良達と少女達との間に、割って入ると、両手を広げて、守るように立ちはだかった。

 なるようになれ。

 僕は殴られるだろう、ボコボコにされるだろう。

 でも…それでいい…やるならやれ。

 僕がやられてる間に逃げてくれ。


 僕は、キッと不良達の兄貴分を睨みつけた。


 兄貴分は、僕を見ていなかった。

 オーロラビジョンの画面を見つめていて、僕の言葉に初めて僕の存在に気付いたみたいに僕を見た。


 …


 「ハッ、…シラけたぜ!おう、行くぞ。」

 兄貴分は、僕など眼中にないように踵を返すと街中に溶け込むように去って行った。

 連れの手下ども達が慌てて後を追っていく。



 その後、僕は腰を抜かして、女の子達に介抱された。

 全く締まらない話しだ。



 …




 胸に手を当てて考える。

 こんな話しを思い出したのは、この胸に宿っている哀しい程に切ないあの人への思慕が灯っているからだ。

 その灯りは、小さくとも暖かくて優しい光りを放っている。

 それは父上に対してとは違う、憧れであり、あの人に対して恥ずかしい人間にはなりたくない矜持とも言える強い思いだ。


 でも僕の胸には、もう一つ火が宿っている。

 あの優しい父上を陥れ殺した犯人への、僕たち一家を不幸の底に落とした張本人への、怨みの業火が僕の胸を焼き尽くさんと轟轟と燃えているのだ。




 僕は考える。

 

 それでも、答えは出なかった。

 そもそも答えなど、あるのか?

 でも僕は、いつかは選ばなければいけない。




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