蜂の行方
冷たいシャワーを頭から浴びて火照った身体を冷やす。
「[暴風]。」
「[暴風]。」
「[暴風]。」
…
何度も何回も呟く。
キリがないので、シャワーを止めて、バスタオルを頭から被りて浴室から出た。
[暴風]を想うだけで身体が上気してもうたまらない。
ああ…妾は、表の一流と言われる始末屋集団[蜂]の頭領たる[女王蜂]。
…この昂ぶりを抑えなければ。
でも、ああ…唇から蒸気が出そうよ。
唇に掌を当てがう。
自然と唇の端が持ち上がるのを掌で押さえる。
クフフッ…。
あら、嫌だ、妾たら、はしたないわ。
でも…ああ、[暴風]とまみえるを想像すると、身体の底から甘い息が吹き上がってくるの。
それは恋人が出来た時よりもエクスタシー…。
秘書のアズが、妾が浴室から上がったのが分かったのかパタパタとやって来て、妾の髪を乾かす。
その間、眼を閉じて夢想する。
鎧武者らを一撃で下す[暴風]…。
蝙蝠を一蹴する[暴風]…。
[冷徹者]を退ける[暴風]…。
だが、妾は[暴風]の対戦を思い浮かべるうちに何やら異和感を感じた。
…?!
喩えて言えば、甘い飴を舐めているのに時折り全く別の味が出てくるような…?
なんなの…これは?
アズに命じて、[暴風]の過去の対戦資料を持って来させる。
異和感の正体を突き止めようと、舐めるように読み込む。
不自然な程に情報統制されていた[暴風]の情報…しかも大量のフェイク情報までワザと流して撹乱されている。
だけど、うちの秘書子ちゃんの前では無駄無駄。
[暴風]の正体は、西ギルドのアールグレイ少尉の可能性65%である。
アズが取り寄せたその写真には可愛い少女の姿が映っていた。
花がまさに咲き始める一瞬を切り取ったような美しさ。
いいわぁ…。
頬が上気して、吐息を洩らす。
下半身の奥がムズムズして脚を擦り合わせる。
この美しい獲物を妾の針で貫いてあげたい。
妾の針で、美しい花を散らせる瞬間を考えると恍惚としてくる。
でも以前として付き纏う異和感の正体が分からない。
…んん…うん?
ここで妾は、おかしな点に気が付いた。
[暴風]の対戦相手が死んでいない。
資料を捲る。
こいつも、…こいつも、こいつも、死んでない。
そればかりか、[暴風]の周りで死んだ者が誰もいない…。
これは偶然なのか?
いや、あり得ない。
何故に死なない…何故殺さない?
そう言えば、妾の妹も、おめおめと生きながらえて帰って来た。
当時は安堵して、深く考えなかったけれど…。
[暴風]はワザと殺さない?
あり得ない…この実力至上主義の現代において、敵に情けを掛けるなど無用の長物。
二度と敵対しないようトドメを刺すのが当たり前。
何故だ?
…
まさか…まさか…活人剣の系譜…?
滅びたはず…超古代文明が滅びた後の、古代文明黎明期の生き延びるに厳しい時代に、その思想は衰退し滅びたとされた。
[暴風]程の実力者ならば、相手を殺せないことはない。
敵対した相手を赦し、殺さない。
まるで御伽話のようだ。
いいや…[暴風]は、まだ若い。
活人剣など意識なしに戦っていて…たまたま相手が生き延びただけ?
だが、[暴風]の敵対した相手は一人も死んでいないのも事実なのだ…。
敵対した相手を殺さず活かすという活人剣…本当にそんなことが可能なの?
考えてるうちに、いつの間にか髪の手入れは済んでいた。
アズが居間のテーブルの上に朝食を並べている。
この子ったら、本当に何でも卒なくこなすわよね。
…良い拾い物したわぁ。
ここで妾は気が付いた。
アズの右の二の腕に包帯が巻かれている。
「それ…どうしたの?」
妾が指摘すると、アズは珍しく躊躇した後、答えた。
「[暴風]を探っている際に、斬られました。大丈夫です。」
眼を見開く。
まただ…また生きながらえている。
妾だったら、絶対殺している。
敵対した者は許さない、執拗に追い詰めて殲滅している。
もっとも実力が均衡している者や格上の者はまた別の話しだが…これらの者どもは悔しいが殺したくとも殺せない。
席につき、紅茶を飲む。
鼻腔に抜けるような爽やか香り…眼が醒めるよう。
そう…考えても答えなどは出ない。
結局、資料を解析したり、他人の話しだけでは、本当の処は分からない。
活人剣…面白いではないか。
そんな御伽話のような甘い考えがこの世に通用するのか…[暴風]、妾が直接、お前を試してやる。
妾は、湯気を上がらせている目前の1ポンドステーキに齧り付いた。