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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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無名の英雄(後編)

 いやー参ったぜ。


 あれから、地下から1階、2階を聞き込みに回り、梨の礫だった。

 まあ、分かっていたことよ。

 大抵はこの手の仕事は徒労に終わるってことはよ。

 一日かそこらで解決するなんてことはまず無いと思っていた方がよいぜ。

 俺が凄腕のギルド員であるルフナ・セイロンだとしても、それは変わりゃしない。


 親父が横領の汚名を着せられ殺されて一家離散なんて事情のある家族なんて隠れてるし…或いは既に亡くなっているかだ。

 なんなら行方不明で永久に見つからないことなどザラだしな。

 見通しなぞ立たないし、まず確率など当てに出来ない、成功する見込みすらも無い。

 99.9%無駄な作業の連続で、心が折れるか諦めるかの自分との戦いがメインの仕事だ。


 俺は、この手の仕事は常々砂金取りに似ているなと思っている。

 喩えれば、広大な砂丘の中から一粒の砂金を発見する作業さ。

 …まだ砂漠でないだけましな方だ。




 サンシャは一つの街のように広い。

 そんなこんなで成果がないまま陽が暮れてしまったのだ。

 全く一日に何十人と話すだけで疲れるわ。


 陽が暮れても、建物の中だからサンシャの中は明るい。

 ベンチに腰掛けて項垂れる。

 ああ、さる諸事情により金が無い。


 ああ…疲れた。

 努力が徒労に終わると疲れも一入だ。

 今日の徒労は役には立たない…無駄骨だ。

 だが必要な無駄骨なのだ。


 何も無いということは、心身共に堪える。

 更に腹が減って金もない。


 …疲れた。

 腹減って途方に暮れてたら、また蕎麦屋の親父が来て、蕎麦と握り飯を奢ってくれた。


 …悪いなぁ。

 人情が身に染みるぜ。

 蕎麦と握り飯がヤケに美味く感じる。

 …ついでに酒も一杯催促してもらう。


 飲み干すと五臓六腑に染み渡った。

 かぁー、美味い、タダ酒だと思うともっと美味いな。

 しかし、蕎麦の親父の人の良さが心配だ。

 …大丈夫かぁ?俺は美味いから良いけど。


 蕎麦屋の親父はガハハと笑いながら「名無しの旦那がそれを言うかね?…これは俺が奢りたいから奢るんだ。だから…心配は無用だよ。」とのたまう。

 うん…そうかぁ。

 何だか良く分からんが、親父が笑顔でそう言うのなら、…まあ、いっかぁ。


 更に近くで商売してたオデン屋の親父がアツアツのオデンを持って来てくれた。

 うん、冬はオデンに限るなぁ。

 アチっ…おう、親父、カラシをくれ。


 美味い美味いと食べる。

 ここでも酒を一杯もらう。

 むむ、辛口かぁ…こちらも美味い。

 …くはぁ。

 美味ぃ。

 知り合いと馬鹿話しをして、美味いオデンを食べて酒を飲む。

 …最高だぁ。

  我が人生に一片の悔い無し。

 いやー生きてて良かった。


 気がつくと、周りで宴会が始まっていた。

 皆、何処かで見たような顔ばかりだった。

 そして、どいつもこいつも笑顔だ。


 行き交う皆んなが俺に奢ってくれる。

 かぁ…俺の周りの奴らは、どいつもこいつも人情の厚い良い奴ばかりだ。

 感動で胸が熱くなるぜ。


 ああ…これで嫁さんさえ来てくれれば、もう思い残すことはないんだがなぁ。


 少尉殿の顔が思い浮かんだ。


 いやいや…高嶺の花だし…確かに少尉殿が嫁さんになってくれたら嬉しい、まさに天にも昇る心地だろう。

 でも、今は近くにいるだけで俺は幸せなんだ。

 繋がりがあるだけで暖かい気持ちになる。

 あの健気な頑張りやの少女には幸せになって欲しい。

 その願いに比べたら俺の幸せなど二の次三の次で構わない。

 何故なら、少尉殿が幸せならば俺は満足だからだ。


 …



 ・ー・ー・ー



 サンシャの照明が深夜モードに切り替わり、ベンチに横に休息していた夜更け…目がパチリと開いた。

 宴会はあれから程なく三々五々人が抜けて自然と解散となった。

 皆、自分の家に帰っていったのだろう。

 俺は仕事がまだ終わってないから居残りだ。


 酒精はまだ残っていたが頭は明瞭で回復している。

 辺りは薄暗く静まり返っているが暖房は切れてない。


 以前は切れてたが、それでは冬はサンシャに逃げ込んで来た者達が低体温症で死んでしまうかもしれないだろうと、サンシャを統括する九頭龍連に掛け合ったら、冬は暖房を付けてくれるようになった。

 流石混沌(カオス)でもサンシャで頭を張っている連中だ。

 太っ腹な奴らだ。

 この俺も多少は出している。

 だって発起人が口だけ出して、何もしないわけにはいかないしな。

 そうだろう?


 そういうわけで、サンシャ内で寝ても風邪を引くことはない。

 それでもサンシャの住人ならば、自宅に帰って自分のベッドで寝る。

 こんな風にベンチで寝てるのは臨時宿泊してる俺かサンシャに来たばかりの新人くらいだ。

 悪の巣窟のように言われているが治安はことのほか良い。

 何しろ規律を乱すものは、九頭龍とその配下達が黙っていない。

 こうして俺が無事に寝てるくらいだから。

 だがそれでも女子供は話しは別だ。

 何処にでもクズはいる。


 

 …足音がする。

 それで目が覚めた。

 真夜中で彷徨く者はいない。

 なのに歩いているとするならば…。


 足音は軽かった…子供が一人…?

 近づいて来ている。

 暗闇に目を凝らすと、姿形が見えた。

 やはり、子供…しかもシルエットから女の子だと分かる。

 むむ、…残念。俺が探している目当ての子供では無かった。

 ガッカリはしない…まあ、そんなもんさ。


 だが、なんてことだ、こんな真夜中に女の子一人が彷徨いてるなんて、何かあったらどうするんだ。

 俺は女の子が近づいて来るのを待って、声を掛けた。

 「おいおい、お嬢ちゃん、こんな真夜中に一人で彷徨いたら危ないぞ、どうれ、お兄さんが家まで送ってやってやるよ。」

 フードを目深に被って顔は分からぬが良く見ると一見して貴族の子とわかるくらいに気品がある。

 こいつぁますます危ないぜ…いつ拐かされてもおかしくない。

 お付きの者は、いったい何をやっているのやら。

 他人事ながらヤキモキする。

 こりゃ依頼は一旦中止にして、この子を保護して親元にかえさにゃならん。


 俺の呼びかけに少女の歩みが止まった。

 着かず離れずの距離…逃げることが可能な微妙な距離感。

 フードの中からこちらを窺うように俺をジッと見ているのが分かった。


 むむ…警戒されている?

 そりゃそうか…悪の巣窟と言われている場所の真夜中で、知らない男から突然声を掛けられたら警戒するわな。

 はなはだ不本意ながら納得する。


 突如、風に吹かれている感触がした。

 サンシャは建物内なので風が吹く事は無い。

 これは魔力波を俺が感じているものと、ハッとする。

 …searchだ。

 或いは、それに類する魔法だ。

 目前の少女から鑑定魔法を使われていることに俺は気がついた。

 そして、俺が気がついたことを少女も察知した。


 …こいつぁ、ただの子供じゃねえぞ。


 瞬間、鳥肌が立つ。

 俺は人を見た目だけで判断しない。

 これは超古代人が私利私欲の為に利用していた差別云々の話しではない。

 俺は一般的には外形観察だけで他人の中身が9割方分かる。

 これに根拠なぞは無い。

 経験に裏打ちされた実用的な判断であるとしか言えない。

 だが、やはり例外はあるもので、その典型が俺の身近にいる。

 言わずとしれたアールグレイ少尉殿だ。

 あの見た目の可愛さに、あの中身は反則だろう。

 いやいや、逆と言ってるわけではないぞ。

 不敬だが、中身もあの健気な感じが、とても可愛いし。


 だから俺は見た目だけで、即断はしない。

 初対面では、少しの油断、侮りが命取りになるからだ。


 「あなた…ギルドの人?」 

 少女から問い掛けられた。

 女の子の高い可愛い声だが、貴族特有の明確な意志と責任の重みが込められた、聞いたら従いたくなるような声をしている。

 一言の問い掛けだけだが、それだけでも情報量は多い。

 しかも声質から、少女の正体を絞り込めた。

 こいつは、かなり高位の貴族の子だ…おそらくは辺境伯以上の…?!

 あとは顔の特徴をギルドのデータバンクに問い合わせれば、親元が分かるだろう。

 少女への回答をひとまず保留とし、これからの段取りを考えていると、慌てたように少女が饒舌に喋りだした。

 「…なりません。それは待って下さい。私にはやる事があるのです。それを成すまでは家には帰れません。私は北の衛星都市アカハネ領を統括するアッサム辺境伯爵の次子、キャンブリック・アッサムと申します。私の名においてギルドに緊急の要請依頼を出します。もちろん受けていただけますよね?」


 …なんてこった。

 この押しの強さに、俺は覚えがある。

 これは、…絶対受けなくてならない事案だ。

 何故ならこれを断ると、…これからの俺の将来の人生的にマズイ予感がするのだ。

 この手の直感は、今まで外れた試しがない。

 俺の心の中で警鐘が鳴っている。


 「…その緊急の要請依頼は、詳細を聞いてから前向きに検討したい。俺の名前はルフナ・セイロン、西の吉祥天ギルド所属、階級は赤の星無しだ、まずは話しを聞こうか?」


 最近、神様は俺への人使いが荒すぎるぞ。

 ダブルブッキングだ。

 心の中で泣きながら、顔には出さず、まずは少女から依頼内容を聴取する事にした。

 

 …


 …だが、助けを求められたら、やはり、きかないわけにはいかないだろう?

 俺は自分の出来ることをやるだけさ。



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