鎧武者(後編)
件の少年から激が飛ぶ。
「可憐な見た目に騙されないで!20m級の暴風龍が人間に化けてると思って下さい。一瞬でも個人で対しないで!必ず三人で固まり近付いたら囲んで同時攻撃して下さい。」
ひ、酷い…僕、悪いアールグレイじゃないよ。
少年の僕に対する認識と扱いが酷い。
まるで悪竜を僕に見立てて退治するかの物言いです。
ショックで泣きそうになりプルプル震える。
僕は少年を含め彼ら鎧武者達にも悪意は無い。
最初は殿下を拐かした悪い奴らは殲滅ですと気合いを込めて入って来ましたが、…疑いは晴れました。
そればかりか僕の知らない人ばかりだから基本善意で対応する所存でした。
それなのに、僕何もしてないのに問答無用でメンタル攻撃してくるなんて酷いよ。
…
…哀しや。
でも、ああ…そうなんだ。
誠意には誠意を、悪意には悪意を返すのが、僕の礼儀であり作法であります。
…ならば、返そう。
殺意には殺意を持って返そうではないか。
少年よ。
そして、少年に誘導された鎧武者達よ。
集団で一人をなぶって楽しいか?
無抵抗の人間を攻撃するのは如何ばかりか?
自らが為した行為に矜持は存するのか?
それ…お返しします。
他者に為した行為は、波の如く必ず返って来る。
当然決めて為した責任を取る覚悟はあるのでしょうね?
正義だとか悪とか正しさとか…僕には関係ない。
魂が震えるほどに後悔するがいい。
最初、鎧通しで静かに眠ってもらおうと思いましたが、あまりの僕の取り扱いの酷さに予定変更です。
黒色鎧武者が刀を抜きて、先頭で僕の方向に向かって走って来ている。
そこで自然体から超前傾姿勢に構え、迎え討つことにした。
[火手]の使い手に逃げの姿勢は存在しない。
…
間を徹すと、僕はそれを呼んでいる。
人には間というものがある。
攻撃しようとする呼吸の一瞬の間に、そこへ僕の一手を徹すのだ。
先頭には変わらず黒鎧武者が居る。
彼の全体の動きから呼吸を読む。
…
まさに攻撃しようと振りかぶった一瞬の隙に、僕は急加速の体当たりをぶちかました。
その技は[火手]の一手、[焔壁]と名が付いている。
タイミングは完璧。
僕は大地を交互に蹴り3歩目に急加速した体重の全てを乗せた。
震脚で床が軋んで歪み乾いた音が空気を切り裂くように響いた。
この技は、突進力と重力と筋力を加算した人間一人分の体重の鈍器で殴られたのと一緒であるから、まともに当たれば物理的に人間などはひとたまりもない。
前世で西洋風な言い回しならば、ジョルトカウンターの体当たりバージョンです。
鎧は衝撃に耐え得るかもしれない…でも中身の人間はどうでしょう?
更に当たった反動さえもニ次加速して押し込んでいく。
「ぐぅはへぁ…。」
黒色鎧武者のくぐもった言葉にならぬ呻き声と鎧が砕けた音が騒々しいぞ。
鎧武者は衝撃に耐えられず砕け散った鎧の欠片を撒き散らしながら、マッチ棒が回転するように一回転しながら上後方にスローモーションのようで吹き飛んでいった。
…
…吹き飛んだ先に居た鎧武者達が、左右に慌てて避けると、その開けた処に黒色鎧武者が落ち、バウンドしながら転がって、最後はうつ伏せに倒れてから止まった。
自分でやっておきながらなんだけど、まるで暴走トラックに跳ねられたかのように酷い。
僕の方は黒鎧武者の左右に配していた武者達を置きざりに直線上をそのまま走り抜けた。
対多衆では常に動いていないと危ない。
砕け落ちた黒鎧武者は手脚があり得ない角度で曲がっているのが見てとれたが…生きてはいると感じた。
少し一安心する。
彼は当たりどころが良かった。
一回転して力を逃さなければ、当たった衝撃は更に凄かっただろう。
室内がシンと静まり返り、鎧武者達は時が止まったかのようにピタリと止まり、その場から動くことはなかった。
「…お返し申す!」
静まり返った室内に朗々と僕の声がよく通る。
そう、僕は返しただけ。
黒色鎧武者は、僕を見て最後に一瞬ためらった。
その覚悟の無さが結果として彼の生命を救ったのだ。
実は僕自身は相手の生命を奪いたくはない。
死んでしまえば反省も出来ないし取り返しもつかないから。
そしてそれは僕自身にも言える。
僕はせっかく産まれて来たのにあたら死にたくはないのだ。
だから理不尽の犠牲には絶対にならない。
黒色鎧武者を再起不能にしていて何だけど…生命を最大限に尊重したい。
だから…お返し申す。
やられたら、その分キッチリ見極めて計算して返すのだ。
これは超超古代のハンムラビ法典に通ずる考え方だと思う。
つまり、お返しするのはやられた分だけです。
倍返しや百倍返しは、僕の中では禁止にしておこう。
…なるべくならば。
今回、黒色鎧武者が些か悲惨な結果に見えるのは、一人の歳若い乙女を多人数で囲み殺害せんと試み着手した報いでごさいましょう。
うんうん…ならば仕方ないよね。
しかし、僕の傷ついた乙女心の慰謝料込みならば、まだまだこれだけでは足りない。
僕は、体を捻り沈ませてから、その場から飛び跳ねた。
…
3、4階吹き抜けの高い天井近くで弧を描き、鎧武者達から離れた位置にいる件の少年の元へストンと降りたつ。
…少年を見下ろした。
どうするべきか?




