女王蜂(中編)
妾が仕込んだ妹が敗退した相手を、妾がやる。
超古代史に出てくるぅ、あーエドノカタキヲナガサキデウツというヤツです。
フフ、マジ、テンション上がるわぁ…楽しみぃ。
握り拳をギュッと握る。
もしかしたら武器で屠るには勿体無いかしら。
ダイレクトに感じたい、妾が勝利する感触を。
久しぶりに武者震いのような高鳴りを感じる。
喜びで身体がウネルよう。喜びの舞だ。
ライララ ラララ ラララララ♪
自然と口遊み、身体を動かす。
伸ばした手の先で親指と人差し指で相手の喉元を掴み潰す。
或いは手刀で切り裂く。
イメージしながら、社長室の室内で誰に見られる事なく演舞に集中する。
強く、そして美しく…それが妾のモットー。
そう、美しくなければ生きる資格は無い。
そして強く無ければ、生きる価値もなければ死ぬ価値すらない。
つまらないこの世の中で、美しく戦い勝つことこそ妾の生きている価値を証明する手段。
…だが戦うには対等の存在が必要なのよ。
…困ったわぁ。
対等でなければ争いは起こらない。
しかしこれだけは妾の努力だけでは遺憾ともし難い。
一時期は妹にも期待した。
だが未だに妹は妾に追い付いてこない。
…才の上に胡座をかき、未だに上限を突破しない情け無い子。
血の繋がった可愛い妹だから身限りはしないけど、ほとほと呆れ果てている。
しかし目指す先の向きだけは、自分で気づいて決めなければならない。
妾が口を挿む事柄ではない。
だけど、そうね…前座辺りなら、務まるかしら?
…
その様な事を考えながら、全身の筋肉を使って緊張と弛緩を繰り返す。
緩急取り混ぜながら伸び縮みと捻りと反転、円と直線を混ぜ込みながら歩いて行く。
イメージで[暴風]を、ありとあらゆる技で100人殺し、薄っすらと汗をかいた後、妾は瞼を開けた。
妹から聞いた話しからビックデータを基に照会解析した結果、妹が負けた相手は65%の確率で[暴風]と一致した。
それだけ合えば妾には充分よ。
[暴風]と言えば、ここ数年で急上昇し、表の最強十本指にまで数えられるような猛者。
…しかも、歳若い女性だという。
フフフッ。
思わず笑みが溢れる。
最強と言われる男どもと戦うのは薮坂ではないが、彼奴らは雄の本能なのか、美しい妾には優しい。
それは美し過ぎて魅力的な妾のせい…彼奴らの責任ではない。
しかし、この状況は最強を目指す妾には不利な状況。
何故なら妾の長年の願いこそが、妾と実力が伯仲するライバルの存在。
遥かな高みを目指すには、抵抗が必要なのだ。
それは最終的には妾の贄となる好敵手という名前の供物よ。
妾は待っていた。
妾と対等の実力を持つ同性の存在…出来れば妾と同じ最強十本指に数えられる女性を。
だから[暴風]が女性と聞いた時、妾は歓喜した。
…今までは雌伏の時だった。
だが依頼を受けた以上戦わなければならない。
大義名分はたった。
既に[暴風]と戦うイメージは出来ている。
シャドーでは100戦して100勝。
だが、流石にこれだけではないだろう?
妾をガッカリさせるなよ、[暴風]。
もし妾を落胆させるようならば、八つ裂きにしてハーピーの供物にしてやるわ。
ああ…早く本物が見たい、そして戦って、この手で縊り殺したい。
考えるだけでドキドキして…我慢できないわ。
興奮してハアハア言いながら柏手を打って隣室で待機している秘書子ちゃんを呼ぶ。
扉が開くと、不機嫌そうな秘書子ちゃんが直ぐに現れた。
この子の不機嫌顔は標準装備で普通顔なので気にしない。
「社長、何か御用ですか?」
「もちろん御用だから呼んだのよ。」
秘書子ちゃんは妾の言葉に答えず、早う言えよという顔をしている。
妾に対し超生意気だけど許す。
実際、これくらい実力に裏打ちされた胆力と反骨心が無ければ妾の秘書は務まらない。
妾の好敵手には相成れないが、妹程度の指導教官役くらいには成れるかもしれない。
八つ裂きにするには惜しい人材…だから許しましょう、海や空の様に広くて深い心で、ああ、妾は何て心が広く部下思いの社長なんでしょう。
…素晴らしいわ。
…超素敵よ。
妾って、グレイトでハイパーでエクセレントだわ。
これほど美しく強く慈愛に満ちた女社長が、この世に存在するなんて、秘書子ちゃん達、妾の会社に在籍する社員は何て幸運なのかしらん。
でも妾って、優し過ぎないかしら?
強過ぎる上に美し過ぎて、優し過ぎるなんて…もしかして、妾って凄すぎない?
だけど、妾にも一つ不満があるの。
誰も恥ずかしがって遠慮して妾を褒めないのよ。
だから、自分で自分を褒めるしかない。
「秘書子ちゃん、妾に言いたいことがあったら正直に言っても良いのよ。」
でも、もしかしたらとチャンスを与える。
秘書子ちゃんは、妾の言葉に、はぁー、お前何言ってんの?頭に蛆でも湧いてるのか?の様な胡乱な顔つきをしたが、妾には分かっている。
この表情は…照れ隠しに違いない。
(さあ、妾を褒めて感謝して崇めても良いのよ。)
何故照れ隠しだと分かるかというと、妾が皆に内緒で文通しているCA様に教えてもらった読心術で、部下の気持ちは丸分かりだから。
今年初めの「ムウ」一月号の文通コーナーで知り合ったCA様は、妾より年配の男性らしいけど、彼にも部下兼弟子である若い女の子がいて、慕われてるけど照れて、反対の態度を取られている…と書いてあったの。
なるほど…彼の話しを聞いて得心したわ。
秘書子ちゃんが、なかなか正直にならないので、残念ながら待ってはいられず、[暴風]の詳細情報と現在位置を探るように指示をだした。
そうね、あと妾が戦う為の積極的情報収集として、外注して中堅どころを[暴風]に当ててみようかしら。
上手くいけば、現在の実力が測れるはず。
大至急よ!と念を押す。
…秘書子ちゃんは妾の指示にムスッとした顔で頷くと黙って部屋を出ていった。
ふんふん♪
妾は、鼻歌を鳴らしながら、シャワー室に向かった。
ああ、今夜は良く寝れそう。
きっと遠足に行く前の日ってこんな気分よね?