ギャル・セイロンは珍しく考えてみた。(後編)
メイドのメイベルは、今では心優しい少女である事が分かっている。
しかし、こんなにも喋るとは思わなかった。
どうやらかなりの猫を被っていたみたい。
今までの彼女のイメージは、無口で静かで生意気な才気煥発な完璧主義者、しかし、その実態はお喋り好きの普通の女の子でした。
お洒落とお菓子とお喋り好きだそうで、生意気そうな口振りはそのままで、私に心許してくれたのか、堰を切ったように喋りまくっている。
でも無理もない。
心に不安を抱えて、今まで誰にも相談も出来ずにいたのだ。
女の子のお喋りは精神安定や考えを整理する為のもので、ちゃんと役割がある。
そこを男共は履き違えている。
メイベルは紅茶を飲みながら、途中お菓子を摘まみながら喋るに喋った。
そして、ピタッと止まった。
…
私は、待った。
私の心の中のアールちゃんが、「ギャルさん、ここは待ちましょう。」と言うのが聞こえたから。
私の心の中には、小さいアールちゃんが住み着いていて、いろいろと私に指図して来るのだ。
でも全部言う通りにしてるわけではない。
アールちゃんの言うことは正解だと思うけど、言いなりだけでは詰まらないし、なによりアールちゃんはそれを望まない気がするから。
アールちゃんは、何よりも自由と責任を尊ぶ。
だから、アールちゃんの友達を自認する私は自分で考えなければならないし自分で選ばなけれならない。
自分で選んで自分で責任を取る。
誰のせいでもない。
当たり前の事だ。
「…殿下にロンフェルト卿の遺言内容を伝えた。」
言葉を選びながら喋っているのを感じた。
メイベルが暗部の一員なのは、合理的な推測と…勘で何となく分かる。
今、言った内容も、もしかしたらかなりギリギリの線で抵触してるかもしれない。
顔つきも元の無表情に戻ってしまっている。
これで終わりではないだろう。
私には待つことしか出来ない。
「…ロンフェルト卿は無実でした。信用していた同僚に裏切られて刺されてもそれを赦し気遣い、最後まで姫殿下に先きに逝く事をすまないと謝っていた…まことの騎士でした。全ては上司の経理部長の計画、おそらく横領も…。」
メイベルの目から涙がツツーッと溢れ落ちる。
「わ、わたし…は、殿下が傷つく事を承知で、ロンフェルト卿の最期と遺言を、私の推測をお話ししてしまった。それを聞いた殿下がどんなに苦しみなされたか…殿下が失踪なされたのは私のせいだ。ああ、殿下はご無事でありましょうか…私は、私は、…。」
メイベルは嗚咽を漏らし、項垂れた。
今度は私がメイベルを抱きしめて頭を撫でる。
ああ、でもこれで殿下が失踪した動機が判明しました。
私にメイベルを責める気はサラサラない。
それどころか御礼を言いたいほど。
だって、どちらかというとメイベルは被害者だ。
メイベルの立場ならば言わざるを得ない。
ロンフェルト先輩も結果としては罪作りなことをした。
こうして罪の無い女の子を一人泣かしている。
でも、もちろんロンフェルト先輩を責めるわけにも行かない。
だって、今回の件の一番の被害者だから。
彼は、裏切られ殺された後で名誉も汚された。
家はお取り潰しで一家離散、悲惨極まり無い結果は、慰めの言葉も掛けられないほどです。
…酷すぎる。
先輩の知り合いが悔しそうに言っていた言葉を思い出す。
(あいつ、「漸く、うだつの上がらない俺にも運が巡ってきた。これで、ご先祖様にも胸を張れる。嫁も息子も喜んでくれた。それが何より嬉しい。」なんて笑顔で言ってた奴が横領なんてするかよ!)
ああ…。
私は唇を噛み締めた。
この不幸の連鎖は、いったい誰のせい?
怒っている。
私の中のアールちゃんが怒っている。
いや、違う。
悲しんでいるんだ。
怒りと悲しみは似ている。
本体に察知されるのも時間の問題。
おそらく、このままでは済まない気がする。
未だ仮想的なマグマのウネリを感じるのだ。
この時、扉がバーンと開いた。
入室して来たのは、城中を大騒ぎしていた女騎士であった。
「話しは全て聞かせてもらった。ならばもう行くしかあるまい。私に続け。」
女騎士の突然の出現と言葉に私もメイベルも吃驚です。
あなた、城を走り回っていたのでは?
それとこの執務室は防音機能が付いているのですが?
そして、いったい何処へ行こうというのか?
様々な疑問が思い浮かんで来て口にだせない。
私達の疑問を察したのか女騎士が颯爽と答えた。
「我は騎士だからな。騎士ならば聴こえぬ声も聴くことが出来るのだ。そして行き先は決まっておろう。トビラ都市フクロウ区のサンシャである。」
むう、さっきまで慌てふためいた人と同じ人とは思えない颯爽ぶりです。
して騎士殿、その心は?