あるメイドの驚愕と憔悴(後編)
私は動揺していません。
その証拠に私は日々のルーチンワークをこなしている。
次子が、突然いなくなったのは多少は驚いたけど…問題は無い。
組織とは歯車の一つぐらい消えても問題無く動いていく。
次子の失踪について、近衛から多少の詰問はされたが、私の表の仕事は、ただのメイドに過ぎないから、直ぐに開放されたましたし…軟禁も謹慎も無しです。
私が調べた情報によれば、これは誘拐ではありません。
目撃者がいたのです。
次子は、自らの意思で一人で城を出てった。
ならば、彼女が自分で決めてしたことです。
だから、失踪は私のせいではない。
給湯室でお茶の準備をしながら、居なくなったあの子の事を思う。
なんて馬鹿なことを…。
誰にも知らせずに個人行動するとは組織のトップである君主としては、一番あってはならぬこと。
後継者候補に過ぎない今でも、それは同じ事。
あの子に会って言ってやりたい。
あなたは、…君主失格であると。
そして、私は次子からも暗部からも解放されるのだ。
だから、問題は無い。
女騎士が次子を探す為に大騒ぎしながら城中を走り回っているという。
…馬鹿なマネをする。
動揺して、騒いで解決するというのですか。
あの子が帰って来るというのですか。
側近としても護衛としても女騎士の行動は解せない。
あれでは、次子の失踪を宣伝して注目させるだけ…。
…陽動?いや、まさか、何の為に?
一瞬だけ、女騎士の行動について可能性を見出しだが、打ち消す。
今、陽動で惹きつけても、まるで意味をなさない。
女騎士の未熟故の行動であると断定する。
台車にお茶の道具一式と菓子を乗せて、台車を執務室に押していく。
ガラガラと音がする。
…そろそろ油を注さなければと思った。
修繕こそ、維持管理する為の基本である。
ここアカハネの歴史は超古代時代まで遡る。
この城自体は、超古代の末期に建設されたのを常時修復しながら使われている。
古いから当然壊れていく。
それを当代を担った名も残らぬ管理人達が、その都度修繕して今に至る。
今では超古代のテクノロジーの復興は不可能だが、なんと、この台車の形態は、超古代の時代から変わってないらしい。
確かに台車にハイテクノロジーは不要だが、5000年以上も不変であるとは感慨深い。
実にシンプルで完成された一品である。
その完成された逸品を押しながら廊下を進んでいくと、何処かで騒いでいる女騎士の声が反響して聴こえてきた。
溜め息を一つ吐く。
何だか自分が凄く歳を取ったような気がした。
…まだ私は18歳になったばかりだというのに。
もしかすると動揺とか無謀、喧騒なるものは若者の特権なのかもしれない。
あの様に騒げるのが、ちょっとだけ羨ましく感じる。
…
執務室の扉を静かにノックする。
いつもどおりの変わらぬ行動です。
返事が無いので勝手に入ることにした。
私の日々のルーチンワークに変更はありません。
扉を開け、シズシズと台車を押して中に入ると、衛士が佇んでいた。
小柄ながらも均整の取れた身体。
しなやかな力強さと女性的な優美さが、静かに佇みながらも動的な生命力を感じてしまう。
凪であった心が少しだけざわついた。
その衛士が私をジッと見ているのを感じる。
彼女に油断してはならない。
私は不動不変なるものに安心感を感じて好む傾向がある。
普遍的な形を変えないもの、考え方などを好む。
年を経たお寺や仏像を拝観しにいくのが私の密かな趣味である。
だが彼女は、その逆をゆく。
最初、会った時、彼女は弱かった。
だから歯牙にも掛けませんでした。
こんなに弱くても護衛が務まるのですね…と思いつつ、私の仕事を妨げなければ問題は無いと判断し放置しました。
しかし、その後、彼女の数値は急激に変動していく。
日々変動してると私が気がついた時には、侮れない数値へと化けていました。
成長率を計算式に当て嵌めようとしましたが、常に予測を外してくる。
な、なんなんですか…彼女は?
予測不可、行動理念が理解できない、気分ですか?気まぐれで動いているのですか?
以来、努めて気にしないようにしている存在であった。
胸がザワザワとするが、わざと素知らぬ顔で彼女の前を通過して、次子の執務机の前に辿り着いた。
いつもの様に、丁寧にお茶の準備をする。
今日の紅茶はクリューネ。
芳醇なのに透き通った香りと味がする市場には出回らない逸品である。
飲んだ人に寄れば、蒼天に流れる風を感じるとか…。
お菓子はフォンダンショコラのバニラアイス添え。
このままでは、アイスが溶けて食べる時期を逸してしまう。
だが食べるべき主は、ここにはいない。
一瞬だけ、美味しそうに食べる歳相応の殿下の顔が浮かんで消えた。
…
ああ…しからば仕方がない。
私は次子がいつも座っている椅子にドカリと座り紅茶を飲んだ。
衛士が目を丸くして私を見ているのを感じる。
ふん…少し小気味良い。
いつも私がオマエに感じる苛立ちを、オマエも感じるがよいわ。
クビリと紅茶を口にして味わう。
流石に市場に出回らぬ逸品…美味しい。
だが、私には蒼天に流れるような風は感じなかった。
菓子は甘く、アイスは冷たかった…。
何なんだ…私の今のこの気持ちは…。
寒くて氷を喰む感じがする…空虚でポッカリと穴が空いた感じは何なんだ…?
分からない…納得がいかない。
私は、これから自由になるはずなんだ。
なのに、何故…?
冬にアイスを選んだのは失敗だったな…。
益体も無い考えだ。
この部屋は、暖かくて明るいのに、私の心は暗闇で惑い、寒くて身体が悴むようだ。
部屋に佇む衛士の平和そうな顔を見てると無性に腹が立った。
そんな衛士に私は当たった。
ある事ない事、兎に角、口に出して貶めた。
ああ…こんな事は言いたくは無い。
これは八つ当たりだ…分かっている…私は最低だ。
言えば言うほど自分が惨めになっていく。
…
いつの間にか衛士が私の近くまで来ていた。
私は座ったまま衛士の顔を見上げ、…瞠目した。
「ギャル衛士、何故、貴女が泣いているの?」