あるメイドの驚愕と憔悴(前編)
お茶を堪能した後、次子は10分間ほど休憩を取る。
集中と拡散。
緊張と緩和。
集中も緊張も長くは続かない。
休憩こそが最良を得る一番の近道であることを次子は識っている。
やはり聡い…だが聡明な事が幸せに繋がるとは限らない。
ああ…この子は英明だ。
身体を含めた環境が次代の君主としての自覚を促すならば、世襲制も悪くはない。
どんな制度にしろ完璧な制度などありはしないから。
半端な覚悟しかない有象無象らが政治を執るよりかはよっぽどマシだと思うが、世襲制度の欠点は継ぐ後継者に選択の自由が無いことだろう。
君主の資格とは有能である事ではない。
責任の自覚と、それに長期間耐え得ることが出来るかである。
有能さは部下が発揮すれば良いだけの話しだ。
次子は既にその資格の片鱗を見せ始めている。
きっと環境が良いのであろうな。
もし次子が伯爵位を継いだなら、きっと領民思いの良い君主となることだろう。
選べない将来。
重量級の責任。
私達は、今それを否応無く小さいこの子に負わせようとしている。
世襲制の欠点とは、まさにこの一点に尽きる。
まるで万民の幸せの為の人柱のよう。
そして今から私はこの子を試さなければならない。
数千年続いてきた暗部と君主との契約…試しの儀。
暗部の中枢から指令が来たのだ。
この衛星都市を裏から支え続けた暗部が、次子に対し後継者としての資格の有無を尋ねるのだ。
暗部が支持しなければ、護りの要たる北の君主足り得ない…失格である。
しかし、私はこの子が失敗することを望んでいる。
何故なら、この契約は私をも縛りつけることになるから。
奇しくも私は次代の君主の側付きに選ばれてしまった。
女騎士ではないけれど、もはや私と次子は一連托生。
しかし、次子が選ばれなければ私にも辞めるチャンスがあるかもしれない。
私は、ただ、自分の人生は自分の意志で選びたいだけなのだ。
そう思うのは贅沢ですか?
私を縛り付けようとする茨のような鎖から逃れ、自由な空へ飛びたい。
私はガラス張りの窓から空を見上げた。
その為ならば、私は…。
次子は、約10分間でパチリと瞼を開いた。
おもむろに仕事を始める。
各部署の報告書を読み込んでの決裁。
真剣に読み込み、可と不可を分けていく。
しばらくして、女騎士が私に目配せして座を外した。
人間ならば致し方無し…女騎士が生理現象で離れるのは想定内。
女騎士は遠くにまで行くわけでは無い。
個室は廊下に出た直近にあるし、女騎士が出た後は扉に鍵を掛けてしまう。
城内ではあるが気をつけるに越した事はない。
気を付けて損をすることはないし。
私の個人的な思惑とは別に報酬分の仕事は成さねばならない。
次子を害する者は許さない。
これは私の矜持とも言えないような決め事だ。
こんな小さな子が皆んなの為に頑張っているのだ。
私がどんなに意地悪でも、そんな気持ちには到底なれない。
しかし、試しの儀は為さねばならない。
これは暗部中枢からの絶対的な指令である。
女騎士が戻ってくるのに早くて…5分、時間は有効に使おう。
嫌な事はさっさとすますべき。
私は、報告書に集中している次子に声を掛けた。
「…殿下、一つご報告があるのですが、よろしいでしょうか?」




