あるメイドの心情と慟哭(前編)
私は、ある衛星都市を領する辺境伯爵家を主と仰ぐ、裏の仕事を任務する一家に産まれた。
表では下役人の一家を装いつつ、裏では伯爵家の表沙汰に出来ない仕事を請け負う。
これが世間一般では異常であると気がついたのは、仲の良い長兄が突如存在しなくなった時のことだ。
表では一家を離れ商人の奉公に出た事になってはいるが、裏の任務に失敗したのであろう…顔が潰れた男の水死体が川から上がり、首に掛かった私が誕生日にプレゼントしたネックレスから兄だと気がついたのは私だけだった。
無惨なる兄の姿を見て、私は戦慄した。
…少しでも油断したら死んでしまう。
父母は私の変化には気が付いたであろう。
でも何も言うことはなかった。
表の家業に必要であると、途中、家を離れ寄宿舎に入り三年間学校にも通わせてくれた。
父母には感謝している。
私の人生の中で一時の貴重な黄金の時期であった。
お陰で、学校では親友も出来た。
もちろん裏の修行には影で励んだ。
これからの私の生死に関わるからだ。
目立ってはいけない。
裏の家業に触りがあるからだ。
だが、身目が良かったせいか男子からは良くちょっかいをかけられた…いい迷惑である。
黒の肩先で揃えたブルネットと整った顔立ち、色白である点が儚く美しく、小さく精巧な御人形的な身目が可愛く清楚に見えるらしい。
全く、こちらは目立っては生死に関わるというのに。
だから、愛想良くしてはならない、一定以上の好意を持たれてはならないのだ。
私の脳裏にはいつでも兄の死体が浮かび上がっている。
元々お喋りであった私は、人がいる場所では、いつしか無表情の口数の少ない陰気な女子へと変貌していた。
私が気持ちが顔に良く出るお喋り好きであることを知っている親友からは、普通に愛想良くしてれば絶対モテるのに勿体無いと言われたが、それこそ私が恐怖する事態であるので、このキャラは表では絶対崩さないと信仰する黒山羊様に誓った。
親友と再会を誓い合い学校を卒業後、私は伯爵家のメイドに採用された。
もちろんこれは表の家業で、裏では影に徹した情報収集の任務に当たった。
これが私の初仕事だった。
気配を殺し、騎士団に潜入し内情を探る仕事…僅か少し前の出来事なのに思い出すと懐かしく感じる。
騎士団は伯爵家指揮下でありながら、都市政府からも援助支援金が流れており、緊急時には独自の判断が許される半独立的な武装集団である。
つまり伯爵家に取っては、緊急時に頼りになる味方であるが、もし都市政府から寝返れば、恐るべき敵となる喉元に突き刺さる牙にもなりうる。
伯爵家としては蔑ろに出来ない存在だ。
だから伯爵は、騎士団長を下位の存在でありながら常に気を使い対等に遇している程である。
無論、騎士団長の方も接し方は心得ていて、伯爵に対して対等には接しず常に上位の存在として敬意を払っている。
溜め息が出てしまう。
私から見れば、どうでも面倒くさい間柄は止めて欲しい。
お陰で余計な仕事が増えてしまう。
私達の部署、いずれも構成員は血族なのだが、伯爵家設立以前から系譜は遡れるほどの古さで活動しているせいで、表の行政官達からは暗に認知されていて通称[暗部]と隠語で呼ばれているらしい。
伯爵直轄なので、誰も構成員を知らないはずなのだが、現在の任務である伯爵家次子キャンブリックの護衛兼監視の任に当たった際、先任の護衛の衛士であるギャル・セイロンにはバレてしまった。
ギャルからは直接には言われてはいないが、私がヤツにバレたと感じたのだ。
…この直感は当たりだと思う。
無論、伯爵家の後継者候補は将来の主であるから、[暗部]からは護衛が出張ることは折り込み済みなのでバレるのも[暗部]中枢からは黙認されているとの事だ。
これは父にバレた事を相談した時に言われた事だ。
しかし、事前資料では、ギャル・セイロンは前衛の剣士としては中々の腕前であるが脳筋の馬鹿であり、頭脳はDマイナス、気にする必要無しと評価されているから迂闊にも侮ってしまったのだ。
反省し自分の目で改めて、この衛士を評価する。
…観察する。
武力は一見して100を越えている。
もしかしたら150まで到達するかもしれない。
この数値は、私よりかは全然下だが一般的には達人に及ばぬまでもそれに近い数値であると解されている。
…緊急時には肉壁ぐらいには成れそうだ。
よって武力Bマイナス…。
魔力は、人並みにはあるらしいが何も感じられない。
本人も未だ使えないらしい。
よって魔力Eマイナス。
頭脳…論理面、知識では論外だが、総括して答えを導きだす直感力に優れている。
特に周りとのコミュニケーション能力は群を抜いている。
私が次子に紅茶の茶菓子を持って行ったら、次子よりも先に美味い美味いと言って本当に美味そうに多く食べていた…おいおい少しは控えろよ。
それでいて怒られず嫌われずに逆に好かれている。
…なんて奴だ。
でも私自身も悪い気はしない…実は茶菓子は私が趣味で作った自信作だから。
要は学業などの知識面では阿保だが、対人関係等の総合力に優れた地頭が良いと言われているヤカラだ。
本人的には学業はお嫌いのようで、その方面はまるでヤル気は無い。
なんて…惜しい…残念臭が漂う。
よって智力Aマイナス。
忠義心…呆れるほどに高い。
これに匹敵するのは、騎士の忠義くらいのもの。
もはや家族愛に近いとも感じる。
しかも盲信的な忠義ではなく、客観的な視点も持った諫言できるような間柄ともみた。
それでいてまだ将来的にも伸び代があるようにも感じた。
よって忠義力Sマイナス。
いずれもSからFまでの7段階評価のプラスマイナスを取り入れた21段階評価ではかなりの高評価だ。
更新した評価を[暗部]中枢に送っておこう。
…観察結果を元にギャル・セイロンの評価を考えていたら、後ろから肩を叩かれた。
「ねえねえ、今日私を見つめてたけど私と仲良くなりたいと見ました。むふー、可愛い子と仲良くなるのはやぶさかではないです。宜しくですよ。」
ギョッとして、振り向いた私に、この衛士はふざけた事を宣う。
…まるで小さい子を相手にしたような物言いだ。
私はもうすぐ18歳になるというのに。
衛士の平和ボケしたような顔付きが無性にムカついた。
…あたしよりも弱いくせに!
だが、この衛士は私に勘づかれずに、後ろから接近して肩を叩いて来たのだ…考えに集中はしていたが私は油断はしていなかった。
これがナイフならば私はもう死んでいる。
…死んだ兄の姿が脳裏に浮かんだ。
こ、こいつは隠密力Aプラス、武力190…武力Bプラスに変更。
…やはり、一見して阿呆な、この衛士を私は侮れない。