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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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さる幽霊の独白

 俺の名は…


 いや、もう俺の名前など、今となってはどうでもいいんだ。

 既に、この場に佇んで数年…だんだん記憶が薄れて来ている。


 ただ一つ心残りは、子どもとの約束を果たせなかったこと。

 このご先祖様から代々受け継がれて来たドラゴンを模したネックレスを渡せなかったことだけだ。

 このドラゴンのネックレスは、ロンフェルト家の初代様がドラゴンを倒した褒章として当代の都市王から下賜されたものだ。


 ルーシーは、息子は、開祖の活躍話しを喜んで聞き、いつかはこのネックレスを受け継ぐことを誇りに思っていた。

 

 (約束だよ!父さんが引退したら、そのネックレスは僕のだからね。)

 

 (ああ、約束だ。次代のドラゴンバスターはお前だ。

 ロンフェルト家を頼んだぞ。)


 …ああ、思い出した。


 一時期は侯爵にまで登り詰めたロンフェルト家だったが、政治的能力は拙かったらしく時代が経るにしたがい凋落した。

 俺の代に至っては、貴族でもない北の衛星都市の衛士にまで落ちぶれてしまった。

 いや、俺は落ちぶれたとは思っていない。

 身分こそは無いが、初代様の精神と誇りはロンフェルト家の長子に代々受け継がれて来た。

 このドラゴンのネックレスはその象徴であり証でもある。

 

 約束は果たされなくてはいけない…。

 アッサム辺境伯爵家は、元々は初代様が忠誠を誓った当代の王家の直系…初代様と同じく王家としては清廉過ぎたらしい、いつしかアッサム家の主流からも外れていき北の衛星都市に行き着いた。

 ロンフェルト家も主筋に付き従いこの地に流れてきたのだ。

 主家を護らなくてはならない。

 この生命に換えても…。


 …


 夜明けまでまだ間がある。

 記憶も薄れて来たが、俺の生前の話しを聞いてくれるかね?

 いいや、聞いて欲しいのだ。

 俺という存在は、まもなく記憶さえ薄れ無くなり、そして消えていくだろう…そんな予感がする。



 俺は、当時、衛士隊から派遣され伯爵家の次子キャンブリック姫の護衛の任務についていた。

 姫殿下は幼いながらも、既に聡明さを見せ始めていた。

 そしてお優しくも自分に厳しい。

 この姫様は、次代の伯爵家の当主となると予感した。

 俺の予感は良く当たる。

 但し、俺の予感は他人に対しては良く当たるが自分に関してはサッパリで普通並みに落ちる。


 幸せだった…子供にも恵まれ、次代の君主に仕えることも出来た。

 そう思っていた矢先、この歳で伯爵の推薦により異例の騎士団の見習いとして、職場を異動した。

 騎士に叙任出来ればロンフェルト家を貴族籍に復帰出来る。

 ご先祖様に胸を張れる。

 自分の頑張りが報われたようで、ただただ嬉しかった。

 家族も喜んでくれた。


 姫様の護衛の後任には、新人のギャルを推薦しといた。

 あいつはまだ若いが、心に誠を持っている。

 そして何より人運が良い。

 彼女ならば姫様を守ってくれる…そんな予感がするんだ。

 


 騎士団に入って、いろんな雑務をこなした。

 様々な部署を巡り経験し、経理部の見習いに配属になり月々の勘定方を手伝っていた時の事だ。

 お金の流れが妙な事に気がついた。

 毎月少額とは言えない金額の使途先が不明なのだ。

 おかしい…?

 俺は数年前まで遡って調べた。

 驚くべきごとに、使途不明金はかなり先まで遡るのだ。

 合算したら膨大な金額となる。


 これは横領だ…間違いない。


 俺は調べた結果を経理部長に報告した。

 経理部長は、俺の報告を喜び労い、犯人を必ず捕まえることを約束してくれた。

 それまでは秘密にしてくれと言われ、俺はそれを了承した。


 俺に下命が降ったのは次の日だった。

 フクロウ区の廃屋に、伯爵家に対しテロを敢行計画する一団の情報が入り、少数で潜入し捕縛せよとの事だ。

 情報漏洩を防ぐ為に、家族にも言ってはならず、かなり歳下の見習いの同僚と二人きりの極秘任務だ。

 もし成功すれば、騎士に抜擢されると経理部長は確約してくれた。

 

 一緒に行く同僚は、男爵家の次男坊で騎士になるのが夢だった奴だ。

 実家は男爵家とは言っても内情は火の車で、幼い弟達の為に毎月少ない給料から仕送りしてるらしい。

 気の良い奴だが武力は今一つ自信が無いらしく、廃屋前まで来てるのに覚悟が座らないらしく、青い顔をして俯き歯をガチガチ鳴らしている。

 突入する前から、これでは心配だ。

 いくら自信が無いとはいえ緊張しすぎだ。

 俺は自分が先頭で突入するからと指示し、肩を叩き、俺の後ろを守ってくれるだけでいいから言って、突入した。


 …中は真っ暗だった。

 誰もいない…逃げられたか…?

 この時、俺の背中…左側の脇腹辺りにスッっと何とも言えない衝撃が来た。


 あ…


 静かなのに熱い。

 俺の後ろには彼奴がいる…無事か?

 前にタタラを踏むように二、三歩進んでから後ろを振り向くと彼奴が幽霊のような青い顔をして、血塗られたナイフを持ちガタガタ震えていた。

 そして眼を瞑り俺を拝むように、何度も何度も御免なさいと繰り返し呟いていた。


 (おい、大丈夫…か?)

 声にならない声を出して、開いた扉の出入り口にいる奴に一歩近づくと、奴はナイフを落として悲鳴を上げて逃げて行った。

 (おい…何故逃げる?敵がいるぞ、気をつけるんだ。)


 俺は口元から血を流しながら、落ちたナイフを見て、やっと奴に刺された事に気がついた。

 (そうか…そうだったのか。)


 この時俺は全部分かってしまった。

 分かるのが遅い。

 自分のことながらお笑いぐさだ。


 経理部長の笑顔を思い出す。

 横領犯人で一番怪しいのは経理部長だった。

 だが、俺は疑いもしなかった。

 何故ならキャンブリック姫殿下の最大の支援者の一人が経理部長だったからだ。

 もし、横領が発覚すれば殿下に取っては痛手となるだろう。

 もしかしたら、後継者から外されてしまうかも知れない。


 年若い見習いの同僚の事を思った。

 きっと脅されでもしたのだろう。

 俺が聡く無いばかりに奴には気の毒なことをした。

 巻き込まれだ。

 人の良い彼のことだから、きっと自分を責めてしまうかもしれない。

 なんとかしてやりたい…。


 経理部長は、きっと横領犯人を俺に仕立て上げるだろう。

 それで姫様が助かるならば、姫様の将来の為ならばそれで良い。

 息子や妻には済まない事をした。

 きっと息子は悲しむ。

 ルーシーに、このペンダントを渡してやりたい…約束を守れなかった。

 俺はペンダントを暗がりに投げ込んだ。

 仮にも王から下賜された品物だ…見る人が見たら分かる。

 悪用されてはならない。



 いつの間にか俺は膝を着いていた。

 腹の傷は致命傷だ。

 俺は救からない…分かっている。

 そして、俺は後ろに倒れこんだ。

 暗がりの廃屋に埃が舞った。



 俺を覗き込む者がいる。

 13、4歳の黒髪のブルネットの女の子だ。

 無表情な顔つきで、俺の顔を覗き込んでいる。

 なんとメイド服だ。


 ああ、もしかして天の御使なのか…?

 「奴に…伝えてくれ、気にするな…仕方ないことだった…家族を大切にしろと。ああ、姫様、お役に立てずに先立つ不肖の私めをお許し下さい…。」

 メイドの子の目の瞳がカッと大きくなったのを見て取れたのが俺の最後の見たものだった。

 黒い斜線を引くように目の前が真っ暗になっていく。

 身体の感覚が無くなっていく。

 ああ、これが死というものか…。

 俺の人生に悔いはない。

 俺は精一杯生きた。

 自分の出来ることを俺は為したから。


 (ただ一つ心残りは、ルーシーとの約束が守れなかった事だ…。)


 ここで俺の意識は途切れた。



 ああ、…思い出した。

 次に気がついた時は、夜の暗がりに佇んでいた。

 自分のことながら、よっぽど約束を守りたかったのだろう。

 それから夜になると俺はここに存在して待っている。

 だが、今日でそれも終わりだ。


 俺の魂と同じ波長の男が近づいて来ているのが分かる。

 そして俺はペンダントをその男に託すだろう。

 そしてその男は嫌々言いながらも、受け取るに違いない。

 そして約束を俺の代わりに果たしてくれるだろう。

 そんな予感がするのだ。


 俺の予感はよく当たるのだ。


 今はまだ夜明け前。

 だが明けない夜は無いのを俺は知っている。


 




 


 

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