ギャル・セイロンは珍しく考えてみた。(前編)
私の名はギャル・セイロン。
トビラ都市の北方に位置する衛星都市アカハネを領するアッサム辺境伯爵の次子キャンブリック姫殿下の元へ衛士隊から護衛の為、派遣された一衛士、それが私だ。
更に付け加えるならば、前衛剣士タイプの衛士隊内ではベスト5に入る程の強さを誇り、外見は見目麗しいピチピチの20歳の乙女で、そろそろ白馬に乗った王子様が告白して来ないかしらと夢見るお年頃であるから、よろしく宣伝しておきたい。
まあ、今はそんな悠長な事を言っている場合ではないんだけどね。
溜め息を一つ吐く。
流石の私も元気が出ない。
なんと、…キャン殿下が居なくなってしまったのだ。
今、私は主不在の殿下の執務室で佇み、混乱した頭を整える為に考え込んでいる最中なので、今しばらく待って欲しい。
整理する為、時系列に沿って考えてみよう。
今思えば殿下が失踪する前、何やら様子が変だったのは覚えている。
アールちゃんが依頼を受けて来てくれると聞いて二人して喜んで競い合うようにして、アールちゃんウェルカムのメールを送った。
ツラツラとアールちゃんへの思いが溢れだして、鬼速で1時間近く送り続けたのは、殿下に呆れられてしまったけれど。
この時も喜んでいるのは間違い無いとしても、妙に深妙で畏まった感じであった。
何かしら大事な事をアールちゃんに託すような…。
この時は、単に護衛依頼を丁寧にお願いしていると思っただけだったけど。
最初、殿下が城内に居ないと分かった時、女騎士が大騒ぎになった。
顔面蒼白になって、「我が主は何処?」と威迫ある大音声で城内を駆けずり回りキャン殿下不在であるを喧伝していた。
なるほど…騎士にとって主とは絶対的なものなのだなぁ。
普段沈着冷静な騎士殿が慌てるほどに殿下を大事に思ってくれて嬉しくおもう。
でも、今回に限って言えば、騎士殿の行動は軽率で悪手であった。
不在はいづれはバレると思うけども、そんなにも宣伝することは無いだろうに…お陰で、殿下の護衛責任者たるクラッシュ様がいち早く動いた近衛隊に拘束されてしまった。
クラッシュ様は、あんな感じでもアッサム辺境領一の強さの元騎士である。
大幅な戦力ダウンだ。
そして殿下捜索の主導権を、近衛隊に握られてしまった。
この私も城内で一時的に謹慎処分を言い渡されてしまった。
この程度の処分で済んでいるのは、殿下が真夜中にお一人で出掛けられたのが目撃された為だ。
つまり、殿下は誘拐されたわけではなく、一人で家出してしまったのだ。
何人かの目撃証人が出て来たが、特に有力な目撃情報が都市内を真夜中に巡回していた一衛士の証言だ。
なんでも、お声掛けをしたら逃げ出したらしい。
衛士が追い付けない程の貴族の子女にしては驚くべきほどの速さだったとか…。
オーノー!…それは殿下に違いない。
アールちゃんに憧れて、普段真面目に鍛錬した成果が、こんな時に生かされてしまうとは…。
この間、殿下と徒競走したら100メートルが私と同着だったから、まさに後世恐るべし。
おそらく殿下は貴族の子女の中では一番の速さだと思う。
その情報を聞いた時、私は詳細を探るべく、衛士隊の後輩に直電したら、明けだったのか眠そうな声で「先輩、それ私っす。」と回答してきた。
…お前かい!!
この電話先の後輩は、元不良娘で巡回中に度々出会し、何かしら私と馬が合ったのか…お喋りするようになり、そのうち「アタシもアンタみたいになれるかな…?」などと殊勝な事を言い出してきたから、可愛いくなって衛士隊に誘ったら、本当に合格して入隊して来た変わり種だ。
私は推薦しただけで、入隊出来たのは、この子の努力の賜物だから、大したものです。
あんなに真夜中の巡回を嫌がり、隙あらばサボろうとしていたあ奴が真面目に、あの寒い真夜中の都市内を巡回してるだなんて、成長したなぁ…。
「先輩、聞いて下さい…、先輩にヘイコラゴマ擦っていたあのデブ、チョーウザいっすよ。アタシに先輩風吹かせて、うら若き乙女を真夜中に一人で巡回に出すんですヨ。酷いデスよ。あん畜生、童貞拗らせてシネばいいのに。それから…」
…変わってなかった。
人間って、そんなに急には変わらない。
それから、延々と愚痴と悪口が続き、気がつけば一時間以上経っていたので、オマエ明けだから早く寝ろヨ!と言い捨てて電話を切った。
悪い奴ではないが、あ奴と話してると口調が移って、私の口調まで悪くなる。
とにかく合間に聞いた目撃情報では、人相着衣が完全に一致しており、その目撃された衣装が衣装部屋から無くなっている。
間違いない、殿下だ。
私は後輩の話しで確信した。
殿下、何故私を置いて一人で行かれたのですか?
殿下に信頼されていなかったのかと思う落胆と、信用されてもいなかったと思う悲しみと寂しさが私を襲う。
一言で言うと落ち込んだ。
殿下とは主従の関係とは言え、結構仲が良いと、打ち解けていたと思っていたのに、私の勘違いだったのか。
身分も歳も違えど、私は内心では殿下のことを親友だとも思っていたのに、…私の思いは傲慢だったのであろうか。
大騒ぎしてる女騎士よりも私の方が殿下のことを思っているのに。
一言でも言ってくれさえすれば…。
もっとも一言でも言おうものなら、根掘り葉掘り聞き出して絶対お止めしたけど。
兎に角、殿下に取ってこの状況は悪い。
そして危険でもある。
今年お産まれになられた側妃の御長男様の後ろ盾は外戚派で、この外戚派閥に近衛隊の中枢が侵食されていると専らの噂である。
つまり殿下の敵と言える。
それが今、殿下捜索の主導権を握っているのだ。
これはマズイ。…不味すぎる。
私が殿下の執務室内をウロウロしながら考え込んでいたら、突然部屋の扉が開いた。