暁月
明日、僕はダージリンさんからの即報を受ける。
…暗闇にベルが鳴っている。
瞼を開けても、自宅の室内の暗がりしか目に入らない。
直ぐに手を伸ばし枕元に置いてある端末を手に取りベルを止める為、開局する。
ベル音で起きてしまったか心配になり、ふと寝ているペンペン様の方に眼を向ける。
流石だ…ベル音にも微動だにしないで、気持ち良さそうにクッションの上で寝ている。
そればかりか、イビキまでかいている余裕の姿がそこにあった。
因みにクッションはペンペン様の持ち込みです。
…寝ぼけ眼で手に握っていた端末を耳に当て、呼びかけてみた。
「…もしもし、ハローハロー、ウェイ?」
まだ、夜明け前で辺りは真っ暗闇です。
きっと外では、まだ月が出てるだろう。
電話番号は知らない番号でしたが、この時間だから緊急の場合があると思うから、致しかたなく出た。
但し名前は名乗らない。
もし、緊急でなかったら掛けて来た者は半殺しだと心に決めた。
僕の呼び掛けに、電話の向こう側で、息を飲む気配がした。
途端、相手方は僕の知っている女性で、途轍もなく嫌な知らせである事を予感した。
「…アールグレイ少尉?ギルドのダージリンです。直ぐに頭を起こして、よく聞いて…あなたが依頼を受けた護衛対象のキャン殿下が行方不明になったわ。直ぐに捜し出して護衛に着きなさい。一刻の猶予もないから急ぎなさい!私はギルド長に報告と応援部隊の召集と都市政府に即報をだすわ。情報取れ次第連絡するから。ガチャ…ツー、ツー。」
え…?
ダージリンさんの言葉が頭の中にゆっくりと染み込んでいく。
悪い予感は当たった。
しまったと痛恨の思いが込み上げる。
…僅かでも可能性はあったのだ。
僕のせいだ。
あらかじめの事前情報はダージリンさんから受けていた。
推測し動くべきだった処を、僕は動かなかった。
僕はまたしても致命的な失敗を…。
殿下の心暖まる便りを思い出す。
心臓が痛く感じて握り込んだ手を拳のまま当てる。
だが今は悔恨に苛まれている場合ではない。
…時間を無駄には出来ない。
魔力を薄く無色に波のように北方に向けて飛ばす。
「search!」
…
…
… … !
居た。殿下の酷似反応あり。
反応は夜空の様な群青色…数値も予測した殿下の数値に酷似している。
80%の確率で殿下です…まだ生きている。
そして反応発生場所はフクロウの街です。
北方衛星都市より、よっぽど近い。
そこならば自宅のこの場所から飛んで行ける。
僕はsearchの間、既に灯りを付けて着替えて装備品を身に付け終わっていた。
窓ガラスを開ける。
夜風が顔に当たった。
暗闇の夜空には月が滲んでいる。
朧月夜です。
「刮目して見よ!…そして、闇夜月天飛行渡りの呪!」
月天を見上げる。
…飛べる気がする。
僕は呪印を組んだ。
飛行呪の下調べは済んでいる。
後は飛ぶだけの簡単な話し。
ベランダに足を掛ける。
心臓がドキドキしてる。…刻が惜しい。一個の猶予もならぬのに…雑念が湧いてくる。
どれもかれも跳ばない言い訳ばかりの妄言ばかり。
チラリと下を覗いてしまった。
ああ…たしか人は4階か5階ぐらいの高さに一番恐怖を覚えるという。
…確かに怖い。
その余計な雑学は本当であるを確認出来た。
…
…動悸、息切れ、眩暈がする。
事ここに及んでまで、ベランダの手摺りに乗り足を掛けたまま逡巡している僕がいる。
情け無い。
本当に情け無い。
キャン殿下の危機であるのに僕はなんて勇気がないのか。
人は飛ぶときは、いつも独りだ。
…分かっている。
深呼吸をした。
「ええい、女は度胸!ままよ…。」
僕はベランダから、跳び出した。
落ちていく。
…飛べる。
…僕は飛べる。
…僕は飛んで駆けつけてキャン殿下を助けるんだ。
地上が近づいて来るのが分かる。
怖いことは怖いけど…既に賽は投げられている。
それに僕は一度転生している。
失敗しても、それが二度になるだけの話しだし。
…でも、おそらくそうはなるまい。
地上に落ちる手前で、組んだ呪印から闇の光りが噴き出す。
光りと形容したけど闇だから眩しくはない。
それらは塊り闇の雲を作り出した。
雲は僕を乗せて北方に向けて突き進んで行く。
あれ?闇夜天の飛行呪って雲型の乗り物タイプだったっけ?
夜風に吹かれ、みるみる出た汗が引いていく。
完全に目が覚めました。
これ…多分時速300km以上は出ている。
新幹線並みの速さと静けさです。
…凄いぞ、この雲。
印を組んだまま、魔力念動で端末を操作してダージリンさんに殿下のだいたいの位置情報を伝える。
待ってて、キャン殿下。
そして子供を私利私欲の為に拐かす輩は赦さん!




