フクロウは夜飛ぶ
「え!24時間勤務ですか?」
「そうそう、ですが、依頼料金は破格のお値段のこの金額です。」
「おー、これは凄いです。」
誰との会話かと言うと、冒険者ギルド受付のダージリン嬢とです。
今日は日曜日の昼間。
ギルド本部内は何故か平日よりも閑散として見える。
休日は宿直以外のギルド職員がお休みしているせいかもしれない。
今日ダージリンさんは宿直で朝から明日まで勤務らしい。
ご苦労様です。
うんうん…大変ですね。
…
話しを元に戻すと、ダージリンさんには装備品を購入する為の資金集めの為、割りの良い依頼を頼んでいたのです。
高性能な装備品購入目的の為、夏から無理はせずにダージリンさんが紹介してくれた依頼をセッセと受け続けて来ました。
なんと達成率100%です。
失敗なし。おー!
うんうん…大したものですね、僕は。
誰も誉めないから自分で誉めるし。
あと、もう少しで目標金額達成です。
今回、ダージリンさんが見せてくれた依頼は、通常の5倍の報酬、流石にこれは破格の値段です。
しかしながら、絶対それなりの理由があるに違いない。
そこの処、よろしく解説お願いします。
「依頼主は、アッサム辺境伯爵。後継者決定の儀までの間の短期間の護衛。破格の報酬はリスクの高さと長時間勤務の為。」
あーー、護衛任務ですか。
しかも、後継者決定に絡んだ短期間護衛…セイロンの姫様の護衛任務を思い出す。
あの時は何度死ぬかと思ったか。
高額報酬に釣られて騙された感満載です。
いやいや…分かってます。
自分の判断が甘かったのです。
とにかく高額な報酬には必ず裏があります。
僕には学習能力がありますから二度目は効きませんよ。
し、しかし、5倍は破格です…惜しい…でも、それに見合ったリスクが必ずあるに決まっている。
…うーん。
リスク回避か、敢えてリスクを取るか。
…迷う。
今の僕、きっと渋い顔してる。
今世、僕が優先するのは、まずは僕の命、健康、あと楽しい人生です。
宝を獲る為に虎の尾をワザワザ踏む真似はしたくない。
僕は臆病者の庶民でありますから。
勇者の称号は相応しい方に譲ります。
神様からはチートも貰ってないから義理もないし。
正直のところ、前回の後継者決定の護衛依頼のインパクトが強すぎて、その気になれない。
思い起こせば、…鉄鋼弾の雨をかいくぐり、サムライと接近戦しないように、これでもかと何十と魔法槍を撃ち込みてようやく倒し、魔導飛行小隊からの爆撃を廃墟の森で逃げ隠れして、何とか時間切れで逃げおおせることが出来ました。
…間一髪が何回もあったし、全く僕良く生きてたな…。
まさしくディープインパクトだった。
…いやいや、そうそう、いくら破格の報酬でも生命あっての物種です。
僕は争い事は嫌いだし、ここは残念ながら…
「因みに、依頼主のアッサム辺境伯爵は貴女の一番の後ろ盾、支持者を無碍にはしないように。断ってもよいけど相応の理由が無いと失礼に当たります。」
ギクッ…。
断ろうとしたら、間髪言えず、ダージリンさんに先を越されました。
チラリとダージリンさんの顔色を伺うと真剣な顔つきで真っ直ぐコチラを見てくる。
なので、僕の為を思って言っていることが分かった。
この状況、前世の僕ならば、きっと受けてしまうことだろう。
美人からの頼み事でなくとも、断れない性格だったから。
今なら分かる。
それは優しさではない、僕の心が弱かっただけ。
認めよう、だが否定もしない。
弱いのが悪いわけではないと思う。
でも今世の僕は一味違うのだ。
キラーン!
(…だが、断る!)
これです。これ!異世界に来たのだから一回は言ってみたかった台詞です。
よ、よし!…言ってやるぞ。
「アールグレイ少尉、護衛対象の御息女は、キャンブリック・アッサム姫殿下よ。」
「…よし、受けます!」
あれれ?
どうやら僕はダージリンさんには、まだまだ勝てないらしい。
依頼を受諾してしまったので、依頼内容の詳細をダージリンさんから、レクチャーされる。
将校になり、専属の受付がつくと依頼の要点を事前に教えてくれる点とか、色々と面倒をみてくれる。
便利過ぎて環境が良すぎて慣れてしまうのが怖いくらいです。
なんだか秘書やマネージャーがいてくれるみたい。
うんうん、待遇は悪くないんですけどね。
「…聴いてますか?少尉。」
もちろん、聞いてます。
…で、なんでしたっけ?
ダージリンさんが、一息溜め息をつく。
「…下馬評ですが、キャンブリック殿下は、かなり有力視されています。現伯爵は高齢ですから今年生まれた長男への繋ぎでは無く、女伯爵の誕生かと専らの噂です。平凡たる長女や幼い三女と比べて有望株ですが、長男派閥の外戚勢力からの妨害行為が懸念されています。」
あー、お貴族様も大変ですね。
前世も今世も僕には、その心情は理解しかねますが、偉い地位になりたい人は何故か沢山いる。
しかしながら、相応しく無い人が就任すると周りや下で従う人達に迷惑が被ってしまうのだ。
実際の話し、平時のトップはお飾りでも構わない。
無能でも害悪にならなければ、それだけで良い。
無駄な後継者争いを避ける為、能力関係無く長子相続と決めてしまった方が良いくらいだ。
しかしアッサム辺境伯爵領は北方面の防波堤です。
最前線の司令官が、無能であったり、小賢しいだけで好き勝手やられると周りや下が困るのだ。
何より困るのは責任者が不在の状況である。
現伯爵がお隠れになった際、責任者が赤ん坊で外戚が跳梁跋扈してしまう状況は、現場が一番避けたい事態だから、キャン殿下が有望視されるのも頷ける。
…というより今回他に選択肢無いんじゃないかな。
それか、もう辺境領の当主たる家自体を挿げ替えるかだ。
最前線でお家騒動してる家など論外。
ことは辺境伯爵家だけの問題ではなく、トビラ都市全体の外交安全に関わることだから。
あー、なるほど。
つまり表立っての争いは出来ないわけですね。
発覚しては改易や取り潰しになりかねない。
そうなれば、後継者の外戚に伴う旨味だけでなく今現在の地位や収入までも失ってしまう。
外戚からしてみれば、キャン殿下は目立たぬ内に静かに退場してもらうが一番だが、最後まで争うつもりはない。
自己の利益を守る為、キャン殿下が後継者として決定してしまえば、逆に迎合して来るに違いない。
「護衛期間は、明日から概ね二週間、後継者が正式決定し都市政府が認証するまで。今日準備して朝一で北方衛星都市まで飛んで下さい。…出張ですね。」
ダージリンさんは、説明しながらも手をテキパキと動かして手元の端末を叩きながら手続きを進めている。
むむ、世界のすべてはダージリンさんの思惑通りに進んでいく妄想を抱きそうな手腕です。
こうしてマジマジと見ると一受付に収まらない器量の持ち主だと思う。
美人だし、頭脳明晰だし、コミュニケーション力高いし、押しが強くて、戦闘力高そうです。
何も殴り合うだけが、戦闘ではないのです。
外交とか得意そうですね。
惜しむらくは、胸がささやかなことです。
残念…あと胸さえあれば…完璧だったのに…惜しい。
いや、胸が大きかったらダージリンさんでは無い。
だから…これで良いのだ。
この時、僕はダージリンさんの流暢な説明や端末の操作音がいつの間にか止んでいる事に気がついた。
あれ?…場内が静かだ。
フロアにいるギルド職員の視線がダージリンさんに向けられているのを感じて、ふと正面を見る。
ダージリンさんのお顔の眼がカッと開いて僕を見ていた。
(私の胸が何か?処す?)
「ヒァッ…。」
あまりの静かな迫力に椅子ごと腰を引く。
読心力を使わずして、眼力でダージリンさんの恐ろしい心の内がダイレクトに伝わってきた。
闇を感じました。
いつもは上品で綺麗なダージリンさんの澄まし顔が変化して、能面のように変わらない表情が怖い。
咄嗟に首を横に何度も振る。
や、やだな、そんなこと、思ってませんよ。
…視線をずらす。
よ、よし、話題もズラそう。
「前にダージリンさんに奢ってもらった果樹園ララベルのズコットは、高いけど美味しいですよね。このフクロウ駅に案内板あるの見かけましたよ。」
僕も甘みは好きだけど、ダージリンさんも美味しそうに食べていたので、きっと好き。
案の定、みるみる表情が可愛らしく変わっていく。
「フクロウにあるララベルは、私もまだ行ったことないのよね。そうそう、知ってる?ズコットは超古代には既に出来上がっていたの。起源はイタにあり、形状が帽子に似ていることから名付けられたんだって。今度はパフェも美味しそうだから二人で行かない?なんなら他の子も誘っていいわよ。」
先程の表情が嘘のようにニコニコと和やかに話し出す。
よ、良かった…。
機嫌が治ったようだ。
やはり、女の子は笑っていた方が良い。
さてさて、二週間の出張は長い。
まずはペンペン様の食べ物を買い置きしなければ…




