ある騎士の独白(後編)
機械馬に乗りながらシナガ都市内を巡回する。
駅前だけは、ほどほど賑わっている。
駅前から海方向へ、ショッピングモール跡地へ抜ける道と、それと直角に交わる旧トーカイ道は、この度ニルギリ資本から注入を受けた商人が店を復活させて軒を連ねている。
…つまらん。
街は平和だった。
時々、小悪党のような柄の悪い輩も見かけはするが、格好だけで実行する勇気も無い輩ばかりだ。
少しでもその気配を見せたら真っ二つにする所存であるのに…ニルギリ様お墨付きとは言え、いくら私でも格好だけで判断して真っ二つにするわけにはいかない。
ああ、この際誰でも良いから口答えなどの小賢しい真似でもしてくれまいか…?
悪そうな者どもに難癖つけるように声を掛けまくる。
私は超能力や心を読む魔法を習得してないので、外見で判断するしかない。
野戦服を着用している者は武器を携帯して刃向かうことを期待したがファッションだと言う…なんて紛らわしい。
シナガの街に異質な、トビラ都市外からの旅人、商人の異都市人にも声を掛ける。
異なる都市から来る者は、二種に大別される。
裕福でトビラ都市の慣習法を尊重する者と、食い詰めてトビラ都市へ逃げこんで来た慣習法を軽視する貧困層だ。
問題を起こすのは主に後者だが、前者も油断は出来ない。
一見して肌の色合いや顔つきが違っているので外見で直ぐ分かるので、もちろん声を掛ける。
…明らかに異質だからだ。
入都市は規制されておらず自由だが、最低限、このトビラ都市に害なす存在であるか自分の目で確認しなくてはならぬ。
基本、異都市人は仮想敵国なので裕福層でも都市内で諜報活動しているのではないか?と念頭に話しを聞く。
トビラ都市を弱体化させる為に、ギャンブルや宗教活動で金を吸い上げ異都市に送金する輩が超古代にはいたらしいが、現代では見当たらない。
手口が見え透いていて引っ掛かる阿呆が居ない為だが極稀に引っ掛かるド阿呆がいるらしい。
ああ、超古代時代のように、訳の分からぬ主張で外見で声を掛けた事を非難してくれないかと一縷の望みを掛けたが、他の都市に来て手前勝手な自己主張するそんな馬鹿な異邦人は流石に居なかった。
いつでも使用できるよう剣の鯉口は切ってあるというのに、とうとう出番は無かった。
…残念だ。
剣の鍔を親指で何度も浮かす。
…つまらぬ。
今、この時も[暴風]は修練してるか、強敵と対戦して、より強くなっているかもしれない。
奴も最初は弱かった。
その証拠にシナガ撤退戦の時は、悪性生物程度に手こずっている節がある。
強敵と対戦する度に奴は、その体験によってレベルアップしている。
奴は体験を無駄にはしない…解析し改善し更なる修練方法を考え実践してるはず。
日常生活の全てを強くなる為に、勝負に勝つ為に費やしてるはず。
その強さに対する真摯な姿勢には畏れいる。
うむ…流石だ。
まあ、今のところ全部私の推測だがな。
だが[暴風]の対戦譜を読み解けば、奴の為人が分かるのだ。
弱いのか強いのか分からぬ心の有り様。
その対戦のほとんどが接戦で自己犠牲に過ぎる馬鹿らしい戦い方。
私ならば、他者を犠牲にして、自己をもっと有利にして勝っている…甘い。甘いぞ[暴風]。
考えれば考えるほど、反発しながらも惹きつけられる。
私の人生には縁のない光り輝くような高潔な人間性を感じる。
人とは悪辣で欲望の塊のようなドロ沼のようなものだろう…こんな暖かみのある人など有り得ない。
少なくとも私の今までの人生で、こんな人間は存在しなかった。
ふと不安になる。
はたして存在するのか?
もしかしたら作り話の類では?
10メートル級の悪性生物と襲われた親子の間に割り入って自分の身体を盾にして親子を守るくだりや、怪異を抱きしめて慈愛と清き心で浄化してしまうなどは脚色に過ぎる。
怪異が反省しお礼を言って昇天するなどあり得ない。
… どうせ暇だ。
暇つぶしに[暴風]の逸話を考察してみよう。
機械馬のAIが自然と自動モードに切り替わりユックリと歩き出す。
…
…
…
真剣に昼飯も取らずに巡回しながら馬上にて何度も考察した結果、断言は出来ぬがフィクションの可能性が、かなりの高確率で高いと出た。
そうか…作り話であったか…。
溜息を吐く。
あれ?何故私はガッカリしているのだ?
どーでも良いではないか?
自己犠牲で赤の他人を護る者などこの世にいるはずがないのだ….そんなことは最初から分かっていたはずだ。
だって私は生まれてから今まで、そんな人間に会ったこともない。
みんな自己の利益優先で動いている。
人間とは欲望の権化だ。
世の中はそんなものなんだ。
機械馬に乗ったまま、馬上で考えを巡らせる。
…自分がよく分からない。
いったい[暴風]に私は何を期待していたのだ?
私は、自分とは違う未知なる強さを探っていただけだ。
自分が強くなる為に…そして[暴風]を倒してみずからの人生が正しかった事を示すはずであった。
だが、いったい誰に示すというのだ?
…
ふと自分の子供だった時を思い返す。
物心付いた時には路上の冷たい石畳の上だった。
お腹が空いて、パン屋のパンを見ていただけなのに、パン屋の親父にいきなり腹を蹴られ唾を吐かれ悪態をつかれた。
何がなんだか分からなかった。
食う為に何でもやった。
碌なもんじゃないが生きる為に必死だっただけ。
苦しい時にひもじい時に救けてくれるものなど、この世には一人もいやしないから。
そんなもんはいやしなかった。
冬は嫌いだ。
寒いと直ぐ腹が減る。
靴が欲しかった。
足が冷たい。
手足がアカギレでひび割れた。
クリスマスの夜、盗もうと窓から覗いた世界は暖かそうに見えた。
…
私と同じ歳の子らが通う学校なるものがあるという。
給食室に忍び込みパンを貪るように食べ、帰りに教室内を見た。
文字や算術を教えていた。
…
興味本位で通った。
おもに給食目当てだったが…。
ある時バレて、守衛から袋叩きにされホウホウのていで逃げ出した。
アバラが折れてしばらく痛かった。
…死ぬかと思った。
あの時の子供らの蔑んだ目を今でも忘れられない。
痛みを堪えて空き家の寝床に戻ると土の中に隠していた小銭が盗まれていた。
雨が降り、空き家を濡らす。
風が吹き荒ぶ。
痛くて動けない。
寒さに震えて雨音を聞きながら微睡む。
割れた窓から見える空が暗い…真っ暗な空から雨粒が降ってくる。
…神などはいない。
独りぼっちで寒さに震えながら、私を救けてくれる神はいないと感じた。
生きたいならば、全部自分で勝ち取らなくてはならない。
腹を蹴るパン屋の親父の顔。
何度も執拗に蹴ってくる守衛の顔。
それを見ている子供らの顔。
脳裏に浮かぶ奴らの顔は、みんなみんな笑っていた。
…
翌日、私を普段からぶん殴り僅かな小銭や食べ物を掻っ攫っていく私と似た境遇のジャンが死んでいた。
路上で腹を刺されてくたばっていた。
ざまあみろとは思えなかった。
こいつは明日の私だ。
このままでは私も死ぬ…そう感じた。
カビの生えたパンを齧りながら考えた。
人は獣では無い…考えることができる。
そして考えることに明日を生き残る何かがある。
だから必死で考えた。
…学校の給食が思い浮かぶ。
学生だ…学生になれば生き残れる!
…しかし学校にはもう忍び込めない。
図書館が頭に浮かぶ…あそこで文字を習おう!
学校に忍び込んで見た教室で、文字や数字に意味があることを知ったときは心が震えた。
多分、私の活路は図書館にある。
藁をも縋る思いでコソコソと図書館に通い文字を覚えた。
街でゴミをあさり、水で腹を膨らました。
本を読み、考え、打開策を思考し、又本を読んだ。
ただただ学校に憧れた。
…ある時、奨学金制度と特待生制度があることを知った。
食い入るように内容を見た。
信じられない…勉強するだけで金が貰える…生きる事が出来るのだ。
それからは、トントン拍子に運ぶわけではなかったが、私は学校に入り、寄宿舎でくらすことが出来るようになった。
私は自分自身に習った。
他人からは助けてはくれない。
自分からアクションを起こさなくては生き残れない。
人生とは戦って勝ち取るものだと。
それは分かっていたはずだ。
だからこそ[暴風]の話しを聞いたとき、その甘さに虫唾が走った。
こいつの戦い方には…こいつの為人には…無償の慈愛のような気持ち悪さを感じた。
私とは相容れない異質な考え方。
世の中にそんなものは無い。
もし、あるというならば、私はこんな苦労などしなかったはずだ。
訳もなく蹴られることも、理不尽に簒奪されることも、理由なく唾を吐かれ、蔑まれることも、泣きながら寒さに震えて寝ることも、優しい言葉一つ掛けられたことも無かった。
そう嘘だ。
[暴風]の話しなど最初から嘘だったに違いない。
フィクションなんだ。
[暴風]自身は、該当する人物がいるに違いないが、その話しに尾ひれが着きすぎたのだろう。
だが、なんであろうか…私の今の気持ちは?
分析結果は至極当然の内容であった。
それなのに胸にポッカリと穴が空いたような空虚な心持ちがする…?
この様な心持ちは、落胆に近い…ような気がする。
だが、私が何故?
自分の気持ちを分析してみた。
私は[暴風]に、無意識に嘘を感じ、敵対意識を自然と抱いていた。
だからその嘘がバレて倒すべき存在がなくなってしまった時に空虚を感じてしまったのだ。
なるほど…。
納得できる分析結果だ。
多分そんなものだろう。
[暴風]自身は、脚色に関係なく、二つ名の通り、最強の一角を占める遥かに強い猛者なのだろう。
だが、シナガの平和からの、あまりの暇さに馬上で[暴風]の逸話を分析した結果、私の中で興味が薄れてしまったな…。
シナガなど来なければ良かったか…多少の後悔の念が湧き起こる。
私は感じながらも諦めるように首を振った。
いやいや、今日の任務はニルギリ様のご下命だし、[暴風]の事は、…いつかは分かったことだ。
秋の木枯らしが吹き抜けて行った。
シナガの南の境界線上の小川のほとりに差し掛かった時、私は、そこに亜人の子供らがいるのを発見した。
5、6歳の汚い子供達が寒さに震えている。
周りに親は居ない。
きっと捨てられたのだろう。
空虚な心から、途端に歓喜が湧き起こる。
ははは…。
これからすることは、正しいことだ。
やられたことはやり返さなくてはならない。
なあ、そうだろう?
私はニンマリと笑った。