ある騎士の独白(前編)
私は善悪に頓着しない。
そんな生きるのに役に立たないものに興味は、無い。
私は唯任務を全うするだけ。
そう、孤児であった私をニルギリ様は騎士にまで引き上げてくれた…その御恩に報いる為に与えられた任務を完璧にこなすだけだ。
今日、私はニルギリ様から重要な任務を与えられた。
「おい、タミール・ナデュ。タミールはあるか?」
「はい…公爵様、タミールめはここに。」
ニルギリ公爵様の私を呼ぶ声が寝室から聞こえて来たので、失礼ながらお声を掛けて室内に入った。
朝早く起きて寝室前に詰めていた甲斐があった。
私は、普段ニルギリ様の側に居て護衛兼私設秘書の役割を負っている。
他に上位の者は何人もいるから、実際の役割は側用人に近い。
要はニルギリ様の私用に使われたりすることが多い。
今日は何の用事であろうか?
どんなくだらない下命であろうが私は全力でこなすのみ。
「おお、タミールよ、死んでしまうとは情けない。」
「…ニルギリ様、私はここに生きていますが。」
「ジョークだ、ジョーク。イッツ、ニルギリージョークだよ。」
ニルギリ様は、笑いながらベッドから起きだして私の肩をバンバンと叩いて来る。
大恩あるニルギリ様だが、このたまに飛ばしてくるジョークだけは理解出来ない。
…不可解すぎる。
「おまえ、堅いなあ。いや…わしのジョークが高尚過ぎたか。タミールもジョークセンスは磨かなくてはいかんぞ。」
「はっ、御命令とあれば、この命を賭して従います。」
正直私には無理難題だがニルギリ様の命令とあらば遂行するのみ。
「かー、いかんぞ。そこだ。その杓子定規なとこがいかん。もっと頭を柔らかくしろ。それにお前、休みとってないだろ。いかん、いかんぞ。上の者が休まないと下の者が休みにくい。…そうだな。よし!今日一日は復興中のシナガをワシの代わりに視察してこい。平民ならお前の意に沿わぬ者は処分してもかまわん…今日一日のみ代官の権限を与える。羽根を伸ばして楽しんで来い。コホン、ワシの言いたいことは分かるな?」
なるほど…シナガは悪性生物群の襲来を受け、一度は壊滅した都市。
この度、ニルギリ家資本の注入により、復興著しい街程度の規模にまで発展した都市である。
復興中は治安が悪いかもしれない。
また整備が行き届かず難民が入りこみスラムを作るかもしれん。
つまり、都市復興の邪魔者になる彼奴らを全て殲滅せよとのお達しとみた。
「このタミール、公爵様の御心全て了解しました。万事私にお任せあれ!では早速任務に当たらせてもらいます。これにて御免。」
私は、ニルギリ様に快諾すると武器庫へと向かった。
…
「あいつ、本当に分かってるのかぁ…?」
ニルギリ公爵は、まだ剃っていない顎髭を確認しながら、呟いた。
シナガは、今現在、都市政府との共同管理地だがニルギリ公爵家の勢力範囲にある。
将来は事実上、ニルギリ公爵領になる大事な地。
ニルギリ様の為、復興を妨げる雑草は私が全て刈り取るのみ。