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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの休日
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フリージアの花(中編)

 午前の巡回が無事終わってしまった。

 …なんてことだ。

 あっと言う間だった。


 ペコー先輩とは初対面だけど、会話を交わしながら街中を歩くのは、殊の外楽しかった。

 なんて言うか…新鮮でフワフワした心持ちで、なのに少し緊張しました。

 嫌な感じではない。

 逆に一緒に居て…楽しい!


 ペコー先輩は、たまに逸れないよう手を繋いでくれる。

 先輩は全く意識してないようだけど、僕の方は先輩の手は柔らかいし、近いし、ドキドキしてしまいます。


 歩きながらも習い始めの超古代史についての見識を互いに交換したことは実に有意義でした。

 ペコー先輩は実に深い識見をお持ちで、この場でお別れするのは…実に惜しいです。

 それにクールぶっているのに、優しい心根が会話の端々に垣間見えるのが、とても可愛くみえて、気持ちがフワフワします。

 でも、時間はあっという間に過ぎさってしまいました。

 

 え?もう終わり…?

 早過ぎます。もうお別れなんですか?


 この時の僕の心持ちは、不安と寂しさ、別れるのが惜しい気持ちでいっぱいでした。

 こんな中途半端では、連絡先を聞くのも先輩に変に思われてしまうかも…。

 で、でも、このまま別れるのはイヤだし。

 ど、どうすれば…?


 …


 …そう!…午前中シナガの地が平和なのは喜ばしいことでした。

 だがしかし、僕達が見つけられないだけで、泣いている人達が、いるのかもしれません。

 そうですよね?

 いけない…これではいけません。


 たしか、延長は禁止されていません。

 そして、午後は午前と比べて受注希望は少ない傾向にあります。

 きっと申請すれば依頼を取れるはず。

 僕の頭が超フル回転してペコー先輩と直ぐに別れない答えを導きだす。

 そう、頭とは使う為にあるのです。


 僕は、早速ペコー先輩に延長したい旨を話しました。

 「ペコー先輩、この地に巣食う悪を見つけること叶わず僕の不徳の致す処です。しかしながらこの僕に今一度チャンスを下さい。…延長です。僕の端末から午後の延長申請が出来ます。お願いします。僕に付き合って下さい!」

 先輩はちょっと浮かない顔。


 え!…嫌なの?

 ズンと胃の腑に錘が沈み込むようです。

 胸中に不安と哀しみが騒めきます。


 でも、先輩は、よくよく見るとお腹に片手を当てている。

 … … ?

 あれ?…もしかしてもしかするとペコー先輩、お腹空いてるのですか?

 だったら僕…先輩にご飯食べさせてあげたいです。

 そんな気持ちが喜びと共に湧き上がる。

 幸い手持ちの現金に持ち合わせがある…良かった。


 「あ、あのね、ニコ君、巡回して平和だったし…」

 「御礼にお昼ご飯奢りますから!」

 「よし!やりましょう!」


 よし!やりました。

 炭酸水に昇る炭酸シャワーを浴びた心持ちです。

 これで、午後も一緒にいられます。





 昼食は学生のお財布に優しいMにしました。

 海に近いショッピングモール跡地に青空市場を囲むように飲食店が軒を連ねているのですが、Mはその一角にありました。


 先輩との別れを惜しむ気持ちは本当ですが、先輩に対して弁明した言葉も嘘ではありません。

 偶然ですが、ここシナガの地は僕にも思い入れのある地なのです。

 近年の大事件[ダージリンの受難]

 ギルドの記録史に残る[シナガ撤退戦]

 この史実を知っているでしょうか?

 実は僕、この二つともに当事者として経験しているのです。

 目前で、美味しそうにハンバーガーにかぶりつくペコー先輩。

 まるで、昨日今日食べていないかのようです。

 これだけ喜んで食べてくれたならハンバーガーも本望でしょう。


 美味しそうに食べるペコー先輩の姿がかの人の姿とダブります。

 僕と母様を救けてくれたあの少女も美味しそうに食べる人でした。


 当時[シナガ撤退戦]の途中で、シナガ防衛に来てくれたギルドの軍隊編成された部隊は、自らの糧食を難民に解放してくれました。

 都市政府でさえ、そんなことはしません。

 自分の事は自分でしなければなりません。

 当たり前です。


 ましてやギルドは半民半官の組織ですが登録してるギルド員は自営業ですから、本当は、そんなこと任務に無いし義務でもありません。

 ギルド内では反対意見もあったそうですが、この時の臨時指揮官が強行に押し通したそうです。

 「僕らの任務はシナガ都市の防衛です。んん…防衛とは何でしょう?突き詰めてゆくと防衛とは、その地に住む人々を無事に守ることです。建物は壊れたら作り直せば良いですが、人は取り返しがつかないです。だから餓死しないよう糧食を提供するのも僕らの任務の一つであるのです。分かったら火を炊くのです。焚き出しをします。もちろん美味しく作ってください。不味かったらギルティです。」

 そんなことを大威張りで(のたま)ったとか。

 それって職権濫用ではないですか?


 でも笑ってしまう。

 臨時指揮官となった少女の物言いに苦虫を潰したようなギルドのお偉いさんの顔が目に浮かぶよう。


 記憶は曖昧だけど、あの時食べたスープは絶品でした。

 ダージリンの人の中には、泣き笑いしながら食べている人もいた。

 あの時僕らは、絶望の淵に立っている処を、あの人に強引に救われたのです。

 あの人は、焚き出しの現場で、僕の向かいに座って一緒にスープとパンを美味しそうに食べていました。

 そう…今のペコー先輩のように。

 僅かにあの人の方が年齢が上かもしれないけど。


 そう考えれば、あの人が成した事の凄まじさに感銘を受ける。

 僕ならば、出来るだろうか?

 僅か15、6歳で、遥かに上位の司令官をぶっ飛ばし、ギルドのお歴々と猛者達を指揮して、民に一人の犠牲を出さずにシナガから撤退する事が。


 …


 無理!絶対に無理!

 でも、その無理をあの人は自分の身を犠牲にして押し通したのだ。

 だから、僕らは救かった。

 戦後、あの人はギルドの査問会に掛けられ死刑を求刑されたとか。

 そんな…理不尽な事ってありですか?

 力無い僕には何も出来なかったけど、幸い南門ギルドから他のギルドへの移籍と降格処分だけで済んだ。


 母様は、あの後何度も言っていた。

 この御恩は、お返ししなければならない。

 ダージリンの誇りにかけて!

 あの人は自分の死を覚悟して私達を救けてくれました。

 あんな人、他にいません。

 あの人こそ、ダージリンの古史の記述に曰く、ダージリン滅亡の危機に現れて救う神の使徒、[黄昏の姫巫女]様に違いありません。

 ならば私達ダージリンの一門は、これからは一致協力してあの方の助けにならなくてはなりませぬ。

 それが、これからの私達の使命なのです。


 ちょっと母様の言い方は、他の人が聞いたら大袈裟で引いちゃうかもしれないけど、当事者だった僕には母様の気持ちが分かってしまうのです。

 あの人は、[暴風(テンペスト)]様は、僕らの生命の恩人に間違いないのだから。


 あの人は、今はどうか分からないけど、当時は弱かった。

 いや、この言い方だと語弊があるかもしれない。

 あの人は、少女にしては強いほうでした。


 思い返すと、悪性生物から僕らを護る時も押されてたし、運が悪ければ死んでた。

 それからも接戦でバタバタだったし、無理をするから、いつも傷だらけでボロボロだった。

 七転八倒して決して格好良いとは言えないし情け無いみっともない姿だった。


 でも、…最後まで僕らを、自分の身体を張って護ってくれたんだ。


 あの姿を目の前で見てしまえば、僕らが一生あの方に頭が上がらないと感じるのも当然ですよね?

 子供の頃、お祖母様から[黄昏の姫巫女]の話しを聞いて殊の外気に入り何度も聞いていた母様からしてみれば、[暴風(テンペスト)]様に傾倒するのも無理ないかもしれません。


 

 ペコー先輩の食べる姿に、あの人を思い出してしまいました。

 ペコー先輩、モグモグ食べてる姿が可愛いですよね。

 ドキドキしてました。

 きっと生命の恩人の姿を重ねて見てるからだと思います。


 もちろん僕は、先輩の食べる姿を愛でるだけでなく仕事の事も考えています。

 午後の巡回範囲を駅前の繁華街から、外回りの僻地に変えてみようと思いつきました。

 「ペコー先輩、午前は駅前の商店街付近ばかり回って平和が確認できました。ですが父上は常々犯罪は境界線付近に多いと言っています。それではと言う訳で、次は駅周辺ではなく広範囲に巡回するのが…先輩?」

 あれ?

 先輩、僕の話し聞いているのかなと疑問に思った時、返答が来ました。

 「うんうん…いいよいいよ君の好きにして。」


 「え!好きにしてって…。」

 ペコー先輩の言葉に、先輩を咄嗟に見てしまう。

 (先輩を好きにして良いの…?)

 モヤモヤして想像できませんけど…途中勘違いにハッとしました。

 …いけません。

 たとえ本人の了解があったとしても、それは不謹慎です、不実です。まだ僕達には早いです。


 ペコー先輩が不思議そうに僕を見ている。


 何だか恥ずかしくなって、僕は自分のハンバーガーにかぶりついた…。






 

 

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