フリージアの花(前編)
僕の名前は、ニコ・ザクセン・フリージアと言います。
当年取って13歳、学校の7年生。
父は都市政府から騎士爵を拝命しております。
本日は、休日を利用して都市巡回の依頼をギルドに受けに来ました。
僕も父のような立派な騎士になる為に修行の一環として依頼を受けに来たのです。
依頼料は安いですけど都市平和を守る為ですから、それは二の次なのです。
周りを見渡せば、ギルドの臨時受付前は、僕と同じ位の年齢の学生で一杯でした。
業種からか男子の方の人数が多いです。
皆、僕を含め初めての者も多いからか騒然としていました。
待っていると、華美な美人のお姉さんが現れて言いました。
「おい、分別のつかないクソガキども、私の一言一句を聞き漏らすな。命令は基本一度しか言わん。お喋りは控えるのが懸命だな。」
顔に似合わぬキツイ言葉にギョッとすると同時に辺りがシンと静まり返りました。
そのお姉さんはレッドの制服を着ていたのです。
凄い!ギルド将校です。
僕、初めて見ました。
ゴージャスな金髪を波立たせたまま後ろに垂らした18、9歳の若きレッドでした。
階級章を見ると星が一つの少尉です。
ギルドのレッドは、護民の騎士と言われ、本物の騎士と対等の格付けされる社会的地位と相応の強さを持っている凄い人達です。
僕ら学生からみたら身近に存在する英雄ですから、突然の登場に、その場にいる皆は更に騒然となりかけた処に美貌から放たれたキツイ物言いに辺りは静まり返ったわけです。
まずその美しさに目が取られました。
でも凄い綺麗だけども、迫力の方が半端ありません。
目に見えないオーラを纏っているのです。
あんな小さくて細身の形だけど、ギルドのレッドはメチャクチャ強いことを僕は知っている。
実際、父の話しでは、個の強さでは騎士が数人掛かりで挑んでも敵わない化け物のような強さだと語ってました。
いつもは怖いもの知らずの強気な父から、なるべくならば戦いたくは無いと言う程です。
父が言うには世の中には、戦ってはいけない人達がいて、それが最強十本指とギルドのレッドだそうです。
つまり、あんなに綺麗な見た目でも、あの少尉殿は父よりも遥かに強いのでしょう。
見れば見るほど信じられません。
その後、エトワールと名乗った少尉殿はテキパキと依頼内容を説明すると、…最後に柏手を打ちました。
頭の中の暗闇で、柏手の音が反響して、僕は[出なくては]と思い、皆と一斉に出口へ動き出しました。
あれれ?僅かに変だと思いましたが身体が勝手に動いてしまいました。
この時、僕はバディを組んだ僕より一つ歳上の細身の女性の先輩に手を握られたので逸れずにすみました。
…頼りになると思いました。
少なくとも僕よりかはお姉さんの方が頼りになると思ったのです。
年齢も僕よりか上だったので、僕はこのお姉さんを先輩と呼ぶことにしました。
序列をハッキリさせた方が、いざと言う時も動きやすいのです。
二人以上いれば社会であり、それぞれの役割を全うしなければ、この世界では生き残れません。
常に必要不必要を見極めなければ、限られた資力を使い果たして終わりです。
個々の争い事など最もたるもので、基本不必要な争い事などは資力の無駄遣いですから、暇な個々で解決すべきですが、他に迷惑を及ぼすなど、また公正さに著しく偏る事案などは介入しなければならない為の巡回なのです。
これは社会維持の為ですから、個々に誰かに対して要求する請求する権利などと言う前時代的な概念は、現代ではありません。
最近、歴史で超古代史を習い始めましたが、超古代には権利などという他者に責任を押し付ける概念が横行し、それが滅びの一因となったとか。
正直、僕には超古代に生きた先人達が創り出した権利という概念が理解できかねました。
事例を知れば知るほど権利とは自己の欲望を他者に強制し、それを正当化する為の方便に聞こえるのです。
でもそれ、正当化する必要ありますか?
欲が見え透いてて、透け透けなんですけど。
何で当時の人は、こんな方便に騙されたのだろう?
権利などは存在しません。
嘘なんです。
自己の都合の良いように人が創り出したフィクションです。
その証拠に、権利が横行したその時代、その地域でさえ守られずに破られています。
一部の時代の一部の地域に僅かに通用した一部の人らに都合の良いローカルルール、それが権利の特徴です。
多分…権利が創られた当初は、崇高な目的の為に機能していたのかもしれません。
それが時代が経るに従って、自己欲望に◯◯権などと付けて正当化して、下劣な輩がさも当然の如く主張し始めたのでしょう。
ああ、人とは堕すればきりがないものだと分かります。
その、汚い心根を想像したくはありません。
何故人は分相応のものを持ってるだけで満足しないのでしょう?
持てる以上のものを持っていたら重いし潰れてしまう。
神のものは神に、自然のものは自然に返すべし。
自分のものと言えるのは己れの身体一つだけです。
他のものは少しの間、借りているだけなのだから。
目的地のシナガに着くまでの間、電車内でペコー先輩と会話する。
それでペコー先輩の性格は、繊細で心根が優しい人であると言葉の端々から分かりました。
したたかで利己的な態度や言い回しで、そう装っていますが、…残念ながら子供の僕でも騙せていません。
まるで心優しい少女が悪ぶって成りきれていない印象です。
僕は、これでも地元では神童と評される程に頭脳の優秀さを評価されています。
そんな僕とペコー先輩は会話してると打てば響くように返してくるのです。
今まで同年代で、こんな人はいませんでした。
打てば響く感覚が僕には気持ちが良く、ペコー先輩はいまだ底深さを隠しているかのように時たま理解不能の惚けもかましてくるので、相当頭が良いのが分かります。
先輩は天才ではありませんが、でも、痛々しいほどの繊細で敏感な聡明さを感じるのです。
そして、同時に惑うような柔らかい強さも感じて、惹かれてしまいます。
もしかして今日の僕は、ちょっと…いや相当ラッキーかもしれません。
なかなかに、偶然これ程までに性格良くて優秀な先輩には当たりません。
地味で線が細いのが玉に瑕ですが…謙虚でスレンダーだってことだし、先輩は見るからに後衛だから僕が前衛で守れば良いこと…なにより先輩なのに小さくて可愛いかも。
シナガの中央にあるアオ駅に着く頃には、僕はすっかりペコー先輩を信頼しきっていました。
並んで巡回してる最中でもペコー先輩は僕に妙な訓育を述べます。
「いいですか、ニコ君。もしニコ君が危険な目に遭っても私は弱いから逃げますからね。だから、もし私が危なくなっても逃げるんですよ。分かりましたか?」
僕は黙って頷きましたが、酷薄そうな前半の内容を後半の内容が裏切っています。
強弱の付け方からも先輩の心情は後半なのは明白です。
この人絶対僕を庇って危ない目に遭いそうです。
万事この調子ですから、信頼せざるを得ませんでした。
…人が良すぎる。
歳下の僕が言うのも何だけど、先輩には少しは強かさと計算高さを身に付けて欲しいです。