オレンジ色のペコー(中編)
南側は神社仏閣があり、その外側に小川が流れていて道が途切れていた。
古い壁跡が朽ちている。
かつては10m以上の壁があったという。
それは悪性生物の強襲の凄まじさを物語っていた。
ああ、あの事実を記した物語の主人公であるブルーの少女もここで戦ったのだと思うと感慨深いものがあります。
この依頼受けて良かったかも。
こういうの何て言うんだっけ?
そうそう、聖地巡礼?
壁の壊れにリアルさを感じてしまう。
僅か5年位前の話しであるから。
歳も今の私とあまり変わらないはず…それなのに、かの少女はここで戦い活躍したのだ…凄い。
壁沿いにシナガを一周する。
ニコ君の持論に寄ると、境界線は犯罪発生率が高いはずであるという。
いやいや、ニコ君、私達の仕事はあくまでも大きな治安の乱れを通報するだけだからね。
個々の諍いは犯罪にカウントせず基本介入しないから。
確かに公正さから著しく外れた争いには介入する余地がありますが…基本スルーですからね。
超古代と違い、現代では個の犯罪の定義は著しく縮小されている。
これは小さな政府では、出来ることは限られている実状と、自分の面倒は自分で始末をつけろという文明崩壊を生き抜いた人類の経験則に寄るものだという。
実状に即する。
それは、数字で誤魔化さずにリアルな目で見て気づくこと。
兼務させず、問題解決の予算、人員を用意すること。
権限、広く裁量権を与え、他から口出し無用にすること。
実状に即するとは、最低限、上記の実状即応三原則を責任者が果たすことを意味する。
特に数字での誤魔化しが超古代に横行して、文明崩壊の一因となったのは定説である為、数化しは実状に反した行為とされ、違反者には秩序罰が適用されるなど厳しい。
二つ目は、当たり前の話しだけど、人員は数字上では居るはずなのに、兼務で、実際にはスカスカの場合が多々あるとか。
超古代の末期には部署は存在する筈なのに、実状は誰も居ずに、広い部屋に虚しく電話が鳴り続ける部署があったとか。
冗談みたいな話しです。
これも数字上の誤魔化しに当たる事から、兼務は基本禁止です。
三つ目も当たり前の話し。
問題解決する為の権限が無ければ、何も解決しない。
誰も畏れないし、力無き者に誰も協力もしない。
善意を前提にして、最初から当てにするなど言語道断。
世間はそんなに甘くない。
それは現場の実務者への責任転嫁、現場は地獄と化してなんとかしようと努めるだろうが…知らぬは責任者だけ。
現実は御伽話では無いのだ。
…現実を舐めてるとしか思えない浅はかさ。
裁量権を与えなければ部外からの埒も無い苦情に対応するだけで、疲弊して、事成さず終わってしまう。
問題解決に権限を与えるのは当たり前で、与え無いのは問題の解決を望んでないのだろうか?
超古代の人々は上記の三原則を守らずして、どうやって数多ある問題を解決していったのだろうか?
甚だ疑問である。
はたまた超古代では合理とは無縁の神の奇跡が毎日横行していたかも知れない。
あり得ます…だって普通は無理だもの。
外壁沿いを歩きながら、道々考えた。
もしかしたら、ニコ君はまだ授業で習っていないのかもしれない。
超古代史、法学は必須だけれども、習うのは上級生なってから…未だ習い始めた位かもしれない。
超古代史は面白い。
超古代に生きた人々は、現代では失われた高度なテクノロジーを有しながらも文明崩壊を招いた。
その要因は様々な要素の重ねだと言われるけど、根本的な原因は、精神的未熟さだという説がある。
私も概ねその説に賛成です。
話しを聞くにつけ、なんて精神的に未熟な人々なんだろうと思う。
そう…まるで頭の良い子供のようだ。
そして自分に甘すぎるにも程がある。
それは社会の法律、制度、組織にも表れている。
複雑、繁雑過ぎて機能していたかは疑問視されているし。
政治は朝三暮四で国会は劇場と化していた。
国民の甘えを誤魔化しながら、問題解決しなければならない心ある一部の政治家や実務執行者達は、きっと筆舌に尽くし難い労苦を負ったはず。
…
ああ、嫌だ嫌だ。
いくら高度なテクノロジーを有して生活が便利であったとしても、そんな時代に生まれなくて本当に良かったと思う。
私は孤児で毎日生きるのに苦労してるけど、遥かにマシであると思う。
その時代の人々には、ご愁傷様である。
…ツルカメツルカメ。
思うにニコ君の言う犯罪発生率の犯罪の定義には、個の争いに因んだものも含まれているニュアンス感がありました。
きっとそれは弱きを助け強きを挫く的な正義感から来るものでしょう。
個の信条としては悪くはありません。
でも実際の騎士、衛士は個々の争いで都市民を助けることはないので、ニコ君は将来、社会実状と個の信条との乖離に苦しむかもしれません。
何故に私がさっきから心情をつらつらと述べているのは、巡回をサボっているわけではありません。
シナガが実に平和だからです。
…つまりは暇だから。
境界線上を巡回してるけど犯罪発生どころか人の姿さえ見えません。
途中、猫が一匹、ニャーと鳴きながら横切りました。
…
でも私は、壊滅して復興途中の衛星都市の規模では、まあこんなものだと思っていました。
ニコ君は隣りでムスッとしてますが、私的にはお昼ご飯も食べれて、知らない場所を散策できて、聖地巡礼もできたのだから大満足です。
ムスッと黙りこんでしまったニコ君と無理に会話することなく、シナガ都市の外周を一周し、小休憩を取った後、もう一周して元の南側の外壁沿いの神社に戻ってくる頃には、良い頃合いで夕方になっていました。
時間的には間も無く終了。
大過無く予定通りであるから、ニコ君には残念だけど、これで終わりでしょう。
…
少し広めの境内の隅には、ある銅像があった。
ニコ君が、その銅像に近づきジッと見つめている。
私も興味を惹かれて、その銅像前に立ちました。
それは、子供を抱き締める母親達、その前に両手を広げて、何かから子供やその母親らを護るように仁王立ちしている少女の像でありました。
…
…あ!…もしかして、これって。
私にはピンと来た。
この銅像の少女は、もしかしたら…。
この時、ニコ君が銅像を見上げながら、誰に言うともなく話し始めました。