オレンジ色のペコー(前編)
電車内でお喋りした。
ニコ君には、平民に対しての傲りは無いとみました。
この意味の無い差異に対する傲りは、超古代においては、差別と形容された概念の事です。
差別についての歴史の授業を思い出す。
昨今では、要注意ワードの指定を受け、なるべくならば使用は避けられている。
何故なら悪用されることが多く、人類文明崩壊の一端を担った108つのワードのトップクラスに指定されているから。
超古代において、未熟な者達は自業自得や合理的判断により不利な立場や不利益を被った際に、絶対正義の立場から他者を攻撃する概念として有効な言葉であるコレを頻繁に使用した。
本当の差別の印象が薄れるほどに…。
しかも、使用している内に使用者自身が自分は悪く無いと自分自身を誤魔化して信じこんでいくから自分では使用をやめられない悪循環に陥った。
絶対正義的立場から物言う者達は、反省することは無く改善はされることはない。
考えることを止めた思考の停止状態。
超古代末期では、言葉の麻薬とまで言われ、漸くその危険性が気づかれたのだが既に時は遅かった。
しかし….現代では禁止ではない。
禁止すれば新たな弊害が発生するおそれがあるから。
でも、歴史や法学、政治学を習った学生や卒業生は、このワードを使うに細心の注意を払っている。
教養の無い人が何も考えずに使うと、眉を顰められて以後相手にされることはない。
文明崩壊の過去に習わない無教養な輩と認識されてしまうからだ。
そう言う意味でも危険ワードで、私も言葉にする時は、要不要を考えてから言うので一拍置くほどです。
敢えて言うが、これは…差別ではありません。
事実を認識した当然の対応なのです。
とにかくもニコ君は、貴族にしては平民に対し傲りの意識は無いと判断しました。
私の学校のクラスは、貴族が多数で平民は少数派です。
私は気が効かないと自分自身で認識してるので、失礼の無いようなるべく貴族の子女を避けています。
ですが避けられない場合もあるので、私の観察による生き残り戦略を述べます。
まず意外と高位の貴族ほど平民に対し鷹揚です。
極稀に阿呆も居ますが、分を弁えて接してれば危険はありません。
次に中位の貴族ですが、本当に様々です。
生まれと育ちにより違うので、家門名を聴いて判断してます。
私のお薦めはエパ系の貴族ですね。
彼らは当たりが柔らかく誇りはあっても傲りはない印象です。
セイロン系は多岐に渡り、個別の判断を要します。
要注意はキームンとニルギリで避けるが吉です。
何故なら彼らは総じて気性が激しいので粗忽な私では、いつ失礼しないか気がきでないのです。
お話しする時は…脂汗ダラダラですから。
次に下位の貴族ですが、何故か下位ほど傲りの意識が高く、平民に対し当たりが厳しい印象なのです。
特に成り立ての貴族ほど、その特徴が強いです。
もちろん総じての印象なので全てに当てはまる訳ではありません。
よって基本避けてます。
但し、下位でも平民と同じ意識の気さくな人もいますので、これは見極めての対応です。
次に最低位の騎士爵ですが、逆転して人として立派な方達が多いです。
艱難辛苦に立ち向かう気概と誇りが魂を磨かせるのでしょうか…基本的に助けを求めれば守ってくれたり、公明正大、公正中立に判断してくれます。
そう言えば、アールグレイお姉さんもギルドの少尉なので騎士格ですね。
騎士は一代限りなので、騎士の子女らは自分の実力で爵位を勝ち取らなければ平民となりますから、そのせいもあるかもしれません。
ニコ君の家は騎士爵ですから、私の戦略眼としては安全圏の貴族ですが…油断はしません…騎士でも例外はいますから。
しかしながら話してるうちにニコ君の為人が、だいたい分かりました。
うん…グリーン(安全圏)と判断して良いみたいです。
そしてニコ君を通して、お父様の騎士の為人も分かる気がしました。
…大丈夫、羨ましくはない。
鼻の奥がツンとする感じがしたけど、私には院長先生がいたし、今はアールグレイお姉さんもいる。
私は一人だけど、寂しくはない。
ニコ君は、話してるうちに公正であり積極果敢なお人柄だと分かった。
うん…いわゆる正義の味方、英雄願望もあるようです。
私達はシナガの最寄り駅のアオ駅に降りたち、シナガの街を巡回した。
…平和です。
復興中なので、悪い事する暇などないのかもしれない。
また、偶に騎士が巡回してるのを見かけます。
シナガはニルギリ公爵の勢力圏に属しますが、シナガ壊滅以来、他家の勢力や都市政府も介入して復興中なので、都市政府直下の騎士団員も来ています。
しかし、今通った騎士の顔つきの冷たさは、ニルギリ家の騎士です…きっとそう(偏見)。
ニルギリ家の騎士の炎の様な気性の激しさと果断な性格は有名ですから平和に一役かっているのかも。
要は適材適所ですよね。
平和は良いけどニコ君はつまらないみたいで、顔つきが不満顔です。
きっと活躍出来る場面を期待していたのかもしれない。
けどね、ニコ君、私は庶民ですから、治にいて乱を望まずですよ。
…
午前の巡回は無事終わりました。
良かったー!
これで、ギルド本部に戻って報酬を貰ってお昼ご飯です。
私の腹ペコ中枢がさっきから鳴っている。
早速ニコ君に帰ることを促そうとしたら、ニコ君に反対された。
「ペコー先輩、この地に巣食う悪を見つけること叶わず僕の不徳の致す処です。しかしながらこの僕に今一度チャンスを下さい。…延長です。僕の端末から午後の延長申請が出来ます。お願いします。僕に付き合って下さい!」
ヒェー…なんてことでしょう。
積極的な仕事に対する熱意からの意見なので反対しづらい。
「あ、あのね、ニコ君、巡回して平和だったし…」
「御礼にお昼ご飯奢りますから!」
「よし!やりましょう!」
ああ、…ヘタレと言う勿れ。
それほどに一食浮くのは魅力的な申し出なのです。
私に抗う術は無いのです…トホホ。
私の了承を得て、ニコ君が嬉々として端末申請している。
彼は年少ながら人を動かす術を心得ているよね。
…或いは私がチョロいのか。
もしかして私がニコ君を観察、洞察したように、私も見透かされていたのかしら。
し、しかし、きっとアールグレイお姉さんでも少年の意気を感じて賛成したに違いないから、これは、これで間違いではないと思う。
「先輩、お昼はMでも良いでしょうか?」
私は頷いた。
Mとは創業不明なれど古来から続く老舗のハンバーガー屋です。安さには定評あり若者の財布の味方です。
それでも私には高く感じますが。
二人連れ立ってMに行く。
Mは駅から離れた海側のショッピングセンター跡地にある。
跡地には市場が開催されており、周りに飲食店が軒を連ねているのだ。
店頭に置かれたベンチに座っているピエロがトレードマークです…こいつは見るたびに邪魔だしムカつく顔してますが、食べ物に罪は有りません…なんて寛容な私。
しかし、なんでしょう…?
若い男女が連れだってお昼ご飯を一緒にするなど妙な気がします。
あれ?…もしかしてこれってデートですか?
彼には食事代奢ってもらったし。
対面に座り、ハンバーガーを一緒にモギュモギュ食べながら考えた。
もしそうだとしたら、何て自然に誘うのでしょうか。
対面のニコ君をジッと見る。
こんな純真そうな顔して、とんだ女たらしです。
そうだとすると、私の価値はハンバーガー代くらいですか?
そう考えると哀しいけど、…ハンバーガーは美味しい。
昨日も朝にチョコ一欠片しか食してないから、尚更美味しく感じます。
ジャンクだろうと、私には生命の糧です。
祈るようにして感謝していただきます。
ニコ君が、そんな私の祈りのポーズを不思議そうに見ています。
私は神様には祈りません。
でも私を助けてくれる名前の無い諸々に感謝を捧げて祈ります。
そして今日からニコ君も含まれます。
ニコ君の思惑はともかくも、ご飯を奢ってくれた恩は忘れません。ありがとう。
しかし、私はまだ恋人を作るつもりはないので御免なさい。
うん…ニコ君は私にご飯をくれた良い人という認識に変わりました。
しかしアールグレイお姉さんの牛カレーには遠くお呼びません。…あれは本当に美味しかった。
考えるだけで涎が出て来ます。
また食べたい。
「…と言う訳で、次は駅周辺ではなく広範囲に巡回したいのですが…先輩?」
ハッ、いけない。スッカリ牛カレーの思い出に浸ってしまいました。流石に目前のハンバーガーに失礼です。
こんな時はお姉さんの真似です。
「うんうん…いいよいいよ君の好きにして。」
「え!好きにしてって…。」
ニコ君は、途中まで呟くとハッとした顔をして、自分のハンバーガーにかぶりついた。
私達は食事を終えると一旦駅前に戻り、旧道を南に下った。
しばらく行くと外壁跡地に突き当たるだろう。