ペコーの休日・秋(中編)
ギルドに着く頃には白じんでいた空が青く染まっていた。
ギルドの扉を開き入るとラウンジは、まだ閑散としていた。
ほぼ一番乗りに近い。
もっともギルドは24時間開いているけど新規の仕事の依頼がデータに表記されるのは、もう少し後なので、閑散なのはそのせいもある。
受付には、前回会った美人の受付嬢はいませんでした。
でも、まだ早いので、これから出勤かもしれません。
「…ハヤオキハサンモンノトク、ハヤオキハサンモンノトク。」
これは幸運を呼び寄せる古代から伝わる呪文であるらしい。
朝唱えると霊験新たかだそーなので私も唱えている。
唱えても、得にはならなかったとしても損にはならないだろう。
私は自分の出来ることは、やろうと決めている。
兎に角、藁をも縋る気持ちとは、今の私の気持ちである。
だって私の日常は最底に近いよ。
まさにズンドコ状態である。
安息日にエネルギーゼロの状態で働かなければならない少女が何処にいようか?
…此処に居ます…それは私のことだ。
…トホホです。
何だか自分が情け無くて佇んだまま俯いた。
この情け無い経験も、いつかは懐かしい思い出になるのだろうか?
でもまだ私はマシな方なのだ。
食べなくても水さえ飲めれば3日は持つ。
全く食べなくても大丈夫と言う人もいるけど私は真に受けない。
だって物理的にあり得ないから、合理的な納得できる説明が無いからだ。
世の中には、まことしやかに自分に都合の良い情報が幾らでも転がっている。
藁をも縋る気持ちで信じたいけど、この類の情報は100%デマだと思った方が良い。
なかには隕石が頭に落ちてくる確率で真実もあるかもしれない…しかし人生航行する上で夢、浪漫、宗教、イエスマンは排除したい。
余裕があれば暇潰しに趣味にするぐらいなら許します。
しかし、メインに据えては行けない。
よしんば譲るにしても1/4が限度です。
そしてダメな時は損切り覚悟で速やかに手を引く。
それが私の持論です。
私のこれまでの人生は厳しかった。
そしてこれから経験する社会も厳しいに違いないのだ。
お金が無いとご飯が食べれず、食べなければ動けなくなり、やがて人は死ぬ。
こんな当たり前のことを普段から人は実感してるのだろうか?おそらくは一回経験しなければ分からないのだろう。
これはお金や食べ物に限ってことではない。
何事にも何か為すには資力が必要なのに、この絶対法則は無視されている。
こんな私のような子供にさえ分かることが世の中には周知徹底されていないように見える。…不思議だ。
私は3日も待ってはいられないので今日真っ当に働いて、報酬を貰い、ご飯を食べるのだ。
世の中には更に最低最悪があろうことは、骨身に滲みるほど分かっているから、陥る前に手は打っておく。
それは良いのだけでも、何とも殺伐として心が渇くような気がする…?
…そう、私は気がついた。
潤いが足りないのだ。
人生とはパンのみにて生きるにあらず。
以前ならば、それでも良かった。
でも私はアールグレイお姉さんと出会ってしまった。
くぅー、格好良くて凛々しく頼りになって可愛いの!
想うだけで甘酸っぱい思いが込み上げてくる。
お腹空いて胃液が込み上げてるわけでは無いからね。
気持ちのことを言ってます。
拳をギュッと握り締める。
何なのか…この思いは…ホワホワして幸せ感満載です。
でも何だかとっても恥ずかしい。
家族がいるってこんな感じなのかな?
よく分からない。
でも、もしアールグレイお姉さんを家族だと思うとしたら、私は、お姉さんに相応しい誇れる生き方をしたい。
大したことない私だけど、次に会った時に、せめて恥じない行いをしたいと切実に思う。
…
データが更新されたらしい。
私は限りある端末画面に一番乗りして、仕事を探す。
清掃作業は今週は見当たらない…あ、街中巡回の依頼がありました。
これは将来ギルドに入る学生を対象にした実地研修みたいな依頼であるから報酬は、ほぼギルドからの持ち出しで薄給です。ギルドから偶に出るサービス依頼です。
薄給でも構いませんから。
私には選ぶ余裕などない。
有り難く依頼を受ける。
しかも午前中で終了…報酬は切り詰めれば昼夜2食分になる。まるで私のような貧乏学生を救うような依頼です。
依頼を出してくれたギルドの担当さん、ありがとう。
…
開始時間を待って、指定された受付担当部署に行く。
金髪の若いお姉さんが憮然とした面持ちで巡回の腕章を配っていた。
お姉さんは少尉の階級章を付けているからギルドから依頼を受けた巡回の責任者だと思う。
ギルドは偶に暇な将校に責任者を指定してやらせることがある。それは強者の義務と呼ばれる。
冒険者は自由を尊ぶ。
これが嫌でワザと階級を上げない冒険者もいると聞く。
受けるのも受けないのも自由だけど、受けないと援助金の停止などペナルティがあるので、大抵は渋々受けるのが常で、お姉さんも表情からその口であろうと察せられた。
巡回地区を指定され、二人一組にされる。
私と組んだ子は、私よりも小さな黒髪短髪の男の子だ。
元気だけど礼儀正しい。
騎士爵家の子で、自分も騎士を目指しての初の任務らしく緊張している。私の一つ下7年生の13歳。
私は、どう見ても前衛に見えないから、もしかして前衛、後衛で組ませてるのかな?
研修みたいなものだから有り得る。
「うむ、その通りだ。」
え?!…突然の賛同の返事にビックリする。
え!私?声出していたかしら?
声の主は、差配していた責任者の少尉殿でした。
こちらを真っ直ぐ見ている。
ならば私の返事に違いあるまい、でも…いや…しかし…まさか?
「うむ、その通りで違いない。」
?!…そんな馬鹿な。
私の心の声が読まれているなんてあり得るの?
「あー、流石に全部は分からんぞ。なかなか聡い子だと感心してな。声を掛けてみた。私の場合当たる確率8割位だが、どうやら当たったみたいだな。洞察力を利用した読心術だ。同期に使える者がいてな。私も真似してみた。知っておいて損はないぞ。」
私を見た少尉の顔が、ニヤリと笑う。
ドヤ顔で美人が台無しです。
しかし、言われたばかりなので表情を変えない。
「うむ、やはり聡いな。私の目に狂いはない。貴様、名を何というか?」
「ペコーと申します。少尉殿。」
「私の名は、エトワール・ヴァロワ・モロゾフ・オリッサと言う。覚えておけ。」
少尉殿は、そう言うと仕事の説明に戻った。
エトワール・オリッサ少尉殿ですか…。
威張りんぼで鼻につくような物言いですが、何か憎めないようなお人柄です。
私が会った二人目のレッドです。
アールグレイお姉さんを基準にするならば、エトワール少尉も凄い人に違いない。
エトワール少尉は、組み分けして地区を指定して腕章を配り終えると巡回の仕事の説明を始めた。
「いいか、一度しか言わないから良く聞け。私は忙しいから、くだらぬ仕事に資力をさきたくはないのだ。貴様達はこれから指定された地区に赴き都市内を巡回する。回遊する鮪のようにグルグル目立つように回っていろ。他に一切余計なことはするな。くれぐれも個人間の争いに首を突っ込むな。介入してはならん。貴様らの任務は視ることにある。もし、騒乱に発展する事案、公正さを著しく損なう事案を発見したら通報しろ。それ以外は絶対にしてはならん。あとは自分を守り逃げる事に徹しろ。貴様らの不作為や逃走を責める者はいない。質問は受け付けん。12:00の時点で現場を離脱。この場所で腕章と引き換えに報酬を払う。以上。現場に向かえ。」
スタートを示すように少尉がパシリと柏手を打つ。
柏手から空間に広がる音に、何かしら魔法の韻の響きを感じた。
…ジンッと耳に感じるこれって魔法?
皆が一斉に牧羊犬に促される羊のように移動をし始める。
全部一斉にだ。これってちょっとおかしくないですか?
周りの子らがメェメェ言いながら移動する羊に見えてくる。
わ、わたしは羊じゃないですよ、少尉殿。
周りに抵抗できず皆と一緒に引きずられるように外へと流されていく。
向こうで少尉がニコリとして手を振っていた。