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アールグレイの日常  作者: さくら
赤龍討伐
276/615

クス子爵家当主代行の男(後編)

 とうとう俺に運が回って来た。


 ニルギリ公爵から、騎士団設立の助力を依頼された。

 長らく執事に賄賂を贈った甲斐があった。

 成功すれば、騎士団長若しくは副団長か、それに代わる地位を貰えるかもしれん。

 ふふふ…もしかしたら、都市議員に推薦されるかも。

 ようやく俺に相応しい地位に就けるのだ。

 失敗は出来ん。


 よし…アナスタシアに任せよう。確かちょうど軍学校を卒業するはずだ。

 可愛い姪には旅をさせよと言うしな。

 姪の名前を出して推薦してやろう。

 それが良い。


 ははは、ビックリするぞ。サプライズプレゼントだ!

 

 子爵たる高貴な俺には、実務は相応しくないからな…俺の為アナスタシアには頑張ってもらおう。

 ニルギリ公爵から下賜された初期の運営資金は未来の団長たる私の金と一緒だな。

 ちょうど金が無くなり困っていたところだ。

 金は天下の回りもの…有り難く使わせて貰おう。

 それにしても言われた金額の半分だが?…執事からの経由金だ…仕方が無い。

 だが姪には、心配かけられんから黙っておこう。


 


 初期の運営資金は、直ぐに無くなった。

 だが、これからはニルギリ公爵家から月々の運営資金が入って来る。

 まさに私に相応しい地位だ。


 途中、姪のアナスタシアが運営資金の無心に来た。

 若いのに情け無いぞ。人の金を当てにするな。

 貰っていないと突っぱねた。

 本当に半分しか貰ってない。

 半分は私の給料分だから、人件費で必要経費だから本当に無いのだ。

 私は、嘘はついてない。


 社会には、計画を立ち上げるのに、資金も権限も人材、資材、場所、時間すらも無い事が、私の周りには頻繁にある。

 いずれも上司や責任者が環境を構築出来ない無能な場合だ。

 だから、その場合は、私はまず資金だけはガッチリ確保する。

 後は他と仕事を兼務させて誰かにやってもらう。

 だって自分が損をするばかりで何も旨味が無い。

 上の無能共の真似をワザとするのだ。

 だいたい何も無いのに何を成せるというのか?

 そんなことは子供でも分かる。

 

 アナスタシアも苦労するかもしれない。

 でも社会に出たら、責任感ある上司などは夢の話しだ。

 俺の有能さを理解出来る上司なぞいなかった。

 同僚からは妬みや嫉みを買った。


 これは、親心の試練なのだ。

 大丈夫だ、もし失敗しても大金持ちの婚約者を何枚も用意してある。安心しろ。

 みな、アナスタシアの写真を見せたら、涎を垂らしそうな顔をしていた長年働いて成功した者たちだ。

 きっと高く買ってくれる。

 そうしたら、俺も莫大な持参金で幸せ、生活の心配の無いアナスタシアも幸せ、婚約者も幸せ、三方丸くおさまる。

 



 …



 どうやらアナスタシアは、相当優秀だったらしい。

 資金も無いのに一個分隊だけでも騎士団の形を整えたらしい。

 ふん…まあ、それでも私は構わん。

 俺の所に運営資金が入って来るからな。




 …



 ニルギリ公爵から、領地を荒らす赤龍討伐指令が来た。

 よし、アナスタシアに丸投げだ。

 成功、失敗どちらでも構わんが、アナスタシアだけは無事に戻って来てくれ。私の為に。

 顔や身体に傷は付けんでおくれよ。


 …


 なんと赤龍討伐に成功したらしい!

 ば、馬鹿な。

 いや構わない、ははは、やった。

 よくやったぞ。アナスタシア、大成功だ!

 きっと公爵からお褒めの言葉をいただける。


 数日後、俺はニルギリ公爵の城のような邸宅に呼び出された。

 大門の門扉からして凄く大きい。

 原色をふんだんに使ったカラフルなデザインだ。


 衛士に声を掛け、しばらくすると案内人が現れ一緒に入る。

 門扉を通り抜け長い廊下を歩き何度か扉を通り抜け歩き疲れを覚える頃に大広間に到着した。


 人間が100人以上は入れそうな広間の奥の席には公爵が座り、その脇にモノクルを片目に付けた年長の執事が立っていた。

 呼び出されたのは、俺と懇意にしている若い執事だけ。

 執事は既にいた。


 初めてニルギリ公爵を見たが意外と若い。

 30歳代の年齢で細身の金髪の髪をオールバックにしている。見事な金髪が光りの加減で赤く見える。

 糸のような細い目で口元の口角が上がりニコリとしてるように見える。

 懇意の執事がいると言うことは、やはり赤龍討伐のお褒めの為であろう。

 公爵もニコニコしているし。

 それにしても、脇にいる年長の執事は静かな迫力がある。

 あの場所だけ氷点下のようだ。



 「クズ子爵代行、近くに寄れ、あー、其処の執事お前もだ。」

 公爵から声を掛けられる。

 それにしても名前を間違えている。

 公爵とはいえ失礼である…後で訂正してもらわなければ!


 俺は多少憤慨して歩いて行った。

 公爵の目前まで来る。

 するとなかなか若い執事が来ようとしない。

 良く見ると青い顔をして、ガクガク震えている。

 震えが酷くてなかなか前に歩けないのだ。

 

 公爵が手を叩くと、何処からか兵士が出て来て両側から執事を支えて、俺の隣りまで連れてきた。

 どうしたというのだ?わけが分からん。


 公爵は突如立ち上がり、微笑みを浮かべ歩きながら語りかけて来た。

 「さて、クズ子爵代行、赤龍討伐成功ありがとう。これで我が領民達も安心して生活出来るだろう。」

 おお、やはりお褒めの言葉だ。

 これは、褒賞や地位が期待できそうだ。


 「ところで私が渡した運営資金は有意義に使われているのだろうか?…先日君の優秀たる姪のアナスタシア准尉から騎士団設立の改革案が提出された。非常に素晴らしい案だ。私も重臣達も全員が見たが、皆絶賛していた。騎士団の実状に沿った最高の案だと断言出来る。ブラボー!」

 公爵は静かな語り口から、ブラボー!と叫び、盛んに拍手する。

 広間には、公爵のブラボーの叫びの木霊と拍手の反響だけが響いている。

 「そ、それは公爵殿、あり…。」

 運営資金云々はドキッとしたが…まずはお褒めの言葉だ。

 お礼を言わなければ…。


 ところがお礼の途中で、突然公爵はクルリと回り、私と正対し、言葉を遮った。

 「実に君の姪は優秀だよ。…いや優秀過ぎると言っても過言では無い。素晴らしい。我が家臣に欲しい。…本当に欲しかった。実に残念!100年に一人の逸材であるというのに。」

 公爵は、褒め称えていたかと思えば、後半でテンションが下がって俯いて黙ってしまった。


 …静かな時が流れる。

 年長の執事が、コホンと咳をした。


 「ハッ!…そうそう、それはもういいんだ…実に残念だけどね。…ところで運営資金だけど、君とそこに居る執事の処で止まってしまっているそうだね。….ははは、いいんだ、分かっている。私は若いからね、たまに私を侮ってやらかす人がいるんだ、私の不徳の致す所です。反省。」

 公爵は、そう言うと胸に右手の平を置き眼を瞑った。


 なんだ…?この公爵は?

 貰った運営費は私の給料だから責められる謂れはない。

 聞かれたら、そう主張できると心の底から信じている…抜かりはない…普段から自分に言い聞かせている…問題は無い。

 だが、この展開は予想外だ、俺は赦されたのか?

 なんて甘い公爵だ…だか何やら不気味さも感じる。

 固唾を飲む。


 「…よし!反省終わり。さあ、今度は君達の番だよ。悪いことしたら責任を取らなくてはね…はははっ。」

 いつの間にか公爵の手には、年代物の黒鉄色をした拳銃が握られていた。

 弾倉を外し1発弾を込めて、クルクル弾倉を回し始めた。

 何が出るかなと楽しそうに歌いながら回している。


 ま、まさか、まさか、まさか…?!

 「超古代には、ロシアンルーレットってゲームがあったらしい。弾倉に1発だけ弾丸を込めてお互いに順番に撃ち合い生き残った方が勝ち。野蛮だ。実に野蛮だ。信じられん。ふー、執事長に言わせると私のやり方は甘いらしいけど、私は失敗は誰にでもあると思うんだ。だから私は失敗した者にもチャンスをあげてる。今回は時間がないので、これで許して欲しい。」

 公爵はニコニコ微笑みながら、俺達を交互に撃った。

 激鉄が降りる音と弾倉が回る音が交互に聞こえる。


 反響音が聞こえる。

 展開の早さに頭が付いていかない。


 発射音は四回目で、した。

 俺の隣りで、ドサリと人が倒れる音がする。

 公爵は、その後も五回目、六回目と空撃ちを繰り返した。


 「あ、あれ?もう終わっちゃった?」

 公爵は、拳銃を執事に手渡すと、私に向き直った。

 「ブラボー!」

 嬉しそうに拍手喝采している。

 「素晴らしい!クズ君、君は生き残った。実に残念だ。誰にでも取り柄はある。クズ、君の取り柄は運が良い事だよ。実に強運だ!それだけだ。」

 公爵は、そう言うと俺の肩をバンバンと叩いた。


 「こ、公爵殿、痛い、いたた…。それに俺の名前はクス子爵です。」

 「ん?んんん…公爵…殿だと?今そう言ったのか?お前は私と対等だとでも言うのか…?」

 間近で俺の肩を掴みながら公爵の笑顔が能面の様な無表情に突如変わった。

 「おい、クズよ、人間のクズ。私が下賜した運営資金を姪には一文も与えず着服したクズよ。お前に相応しい名前の愉快さに私が赦してやろうという広い心が分からないのか。お前の姪は資金も何も無い苦境にめげず、20メートル級の赤龍討伐を成し遂げた。若輩ながら、誠に天晴れである。お前のようなクズでも彼女に取っては血の繋がった叔父だ。…だから彼女に敬意を表し生かしておいてやるのだ。人間のクズよ。お前は数々の奇跡的な強運の元に生きながらえたのだ。私はお前のような運の良い男を見たことが無い。実に残念だよ。」


 俺は、その場で腰を抜かし漏らした。


 公爵は俺の事を実は殺したかったことが分かったからだ。

 だが俺の不用意な言葉で耐えていた殺意が分水嶺を今、正に越えようとしている。

 逃げなけるば…し、死ぬ、死にたく無い、嫌だ。


 俺は四つん這いになって、その場から逃げ出した。


 …


 気づいたら自宅に戻っていた。

 恐ろしい…公爵の気がいつ変わるかもしれない。

 いや、既にもう変わっているかもしれない。

 もし、また会ったとしたら絶対殺される。


 俺はいてもたってもおれず、金目の物を掻き集め逃げだそうとした。

 だが、可愛い甥と姪が気になる。

 兄貴の忘形見だ。

 面倒を見てあげたかった。

 怖くて逃げる私を赦してくれ。


 俺は急いで、手紙を書いた。

 クス家の財産、家督、爵位の一切を今日付けで二アードに譲る。

 俺は諸事情により長い旅に出るが探さないで欲しい。

 二人には迷惑を掛けたが、愛していたのは本当だ。

 どうか赦して欲しい。

 怖くて、急いで書き殴る。


 これで、私は天涯孤独だ。

 書きながら、涙が、ポタポタと流れて手紙に落ちた。


 俺は、法的効力を発するように最後に慎重に、日付と署名、指紋と魔力印を押印した。

 封筒に入れて封印をする。

 表面に愛するアナスタシア、ニアードへと書いて、兄貴が使っていた机の上に置く。



 北だ…北方に逃げるしかない。

 トビラ都市の南側はニルギリ公爵の縄張り。

 都市内は危ない。

 北の衛星都市だ。


 まだ陽は落ちていない。

 電車でトビラ都市の最北端まで行き、そこから遠距離バスで逃げるのだ。

 生きてさえいれば、何とかなる。


 膝が今更ながらガクガクと震える。

 虎の尾を知らずに踏んでしまったのに、俺は生きながらえたのだ…なんたる強運か!

 

 ははは…俺は幸運だったのか、…今まで知らなかった。


 最後に扉から、兄貴と一緒に生まれ育った邸内を見る。




 … …



 …

 


 


 俺はクス邸をあとにした。


 

 

 

 

 

 

 

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