クス子爵家当主代行の男(前編)
俺は全然悪く無い。
兄が亡くなったときは、そりゃ悲しかったさ。
兄貴も小さい子供二人残してさぞや心残りだったろう。
でも、お陰で俺にクス子爵家の家督が回って来た。
本来は、甥の二ヤードが継ぐんだが、アレはまだ小さい。
それまでは叔父の俺が代行で預かるってことだ。
ははは、兄貴には悪いが、ようやく俺に運が回って来たようた。
次男だったお陰で、社会に出された俺は、とことん周りの奴らに恵まれ無かった。
有能な俺様を理解出来ない不出来な奴ら。
せっかく俺が、良いアイデアを使ってやったり、仕事を回してあげたりしてあげたのに、爪弾きにされた。
ふん、やめてやるさ。
そこから、何処へ行っても低脳な奴ばかりで困った。
ちゃんと俺に相応しい仕事を寄越せいいのに。
俺に指図する勘違いヤローもいやがる。
全くどいつもこいつも困った奴ばかりで参ってしまう。
文句ばっかり俺に言う。
俺は仕方なく派遣会社に登録し、この俺に相応しい職場を探し求めた。
しかし、派遣先を選び転々としているうちに、ある時からパッタリ紹介が来なくなった。
どう言うことだ?
そう、俺の有能さを妬んだ低脳な奴らが、俺の悪い噂を広げているらしい事が分かった。
なんて下劣な奴らなんだ。
だが生活するには金が掛かる。
特に俺のような上級都市民は、交流に金が掛かる。
そんな俺を兄貴だけは、分かって必要経費を用立ててくれた。
まあ俺のクス家の遺産の取り分としては少ないが、そこは寛容な俺だから我慢した。
だが運に恵まれなかった俺にもとうとう運が回ってきたんだ。全く兄貴様様だ。ありがとう。
兄貴が貯めた財産は、俺が有意義に使ってやるぜ。
金は使う為にある。そう俺様の持論だ。
そう有能で上級な俺に足りなかったのは、相応しい地位と財産だったんだ。
俺に相応しい屋敷、服、食事、旅行、女、酒、サロンでの付き合い、趣味、付け届け…。
名誉や権力、地位を得るには兎角金が掛かる。
財産は、あっと言う間に半分に減った。
大丈夫、あと半分もあるし、権力を握れば逆に金が入ってくる。
出入りの商会は、ツケでも大丈夫だしな。
なあに、これも可愛い姪、甥の為だ。
叔父の俺が偉い地位や権力を握れば、姪甥達の為になる。
兄貴への恩返しだ。
…
おかしい…。
財産はあっと言う間になくなった。
きっと周りが悪いんだ。
だって俺は何もしていない。
ああ、なんて俺はついてないんだ。
いつの間にか、姪のアナスタシアは学校を卒業後、軍学校に入校した。
二ヤードの養育費名目で俺に金を贈ってくれる良く出来た姪だ。もちろん俺の為に使っているさ。
下々の者に払うチップ代くらいにしかならないが、金額は問題じゃない。その気持ちが嬉しいじゃないか。
二ヤードは、金無くて出て行った侍女達の代わりに家事をやってくれている。小さいからあまり役には立たないが、その気持ちが嬉しい。
だから、たまに俺の人生訓を教えてやったりしてやる。
お礼は良いさ。
叔父と甥の仲だからな。
とうとう金が無くなった。
そうだ…姪は俺に似て、容姿端麗、眉目秀麗、つまり美少女の部類に入る。
金持ちの婚約者を紹介してやろう。
婚約料…持参金を貰おう。
なんて俺の役に立つ良く出来た姪だ。
アナスタシアには金持ちの貫禄のある婚約者。
俺には持参金が手に入る。一石二鳥だ。
素晴らしいアイデアだ。
そうだ!ニアードにも紹介してやろう。
学校を卒業したら、即日金持ちの有閑マダムに婿入りさせてやろう。愛人でも良い。
一生生活に困らないし、俺にも持参金が手に入る。
可愛い甥、姪には金の苦労はさせたくない。
兄貴の子供達は、俺に取っては家族だ。
是非幸せになってもらわなければ。
するとクス家の家督は、俺が守らなければな。
責任重大だ、兄貴の為にも頑張らないと。
そして、姪、甥にも幸せになってもらわなくては。
だが、幸せにする為には、まず俺が幸せにならなくては。
なあ、そうだろう?
分かるよな?俺の言ってること。
屋敷が抵当に入った。
だが、なんとニルギリ公爵と伝手ができた。
あそこの若い執事と懇意になる事が出来た。
よし!これからだ。
これから運が、向いてくる。
今まで俺の周りの奴らがあまりにも悪かった。
なんでもかんでも俺のせいにしやがる。
俺は何も悪くないのに。
だって俺は何もしていない。
俺に良くしてくれたのは兄貴と、その子供達だけだ。
なあ、これからも一生俺の役になってくれ、アナスタシア、二ヤード。