吃驚仰天の二ヤード・クス(中編)
アールちゃんの「騎士隊、前へ!」の声に呼応して、僕は先頭で空馬を駆ける。
息を呑んだ一瞬の間にビルが建ったような超巨大な赤龍の大きさに驚いてる暇はない。
内心では、何じゃありゃーと吃驚仰天です。
後続に、僕の補助に付いているアヒージョさんが続き、その後に老騎士達が叫びながら空馬を御して空を駆ける。
「へいへいー!」「やったるで!」「えっさっさ!」「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。」「あらほらさっさ。」「アナちゃんの悶える姿たまらんのう。」「腰が痛いのう。」「老人虐待じゃ。人使い荒いわい。」「無駄じゃ、無駄じゃ。」
なんて元気な爺さま達だ。
全員60歳は、とうに越えている年齢のはずなのに。
僕とアヒージョさんは赤龍のかなり上空で留まった。
他の爺さま達は、赤龍の上で円になりグルグル回りだした。
爺様達の鎧や空馬には、地上と同じ呪縛の魔法陣の模様が描かれている。
これは、鎧と空馬を介した空に描かれた簡易の魔法陣となる。
呪縛を身に付けているのに僕にはこんな発想はなかった。
第一、空馬や騎士を魔法陣代わりにするなど、通常の騎士団ではあり得ない。
なんて贅沢な使い方。
しかし、赤龍に対し戦力外な老騎士ばかりの当騎士団に限り、有効な使用方法である。
でも普通考えつく?
馬上にて、呪印を組む。
集中して詠唱を繰り返す繰り返す。
「呪縛!」
魔力を放出した。
円を描く老騎士達の鎧や空馬から紫色の光糸が伸びて、赤龍を頭上から巻き取っていく。
足掻く赤龍。
キツイ!でも上下別方向からの呪縛は有効であると分かった。
下では、ダルジャン准尉とアールちゃんが赤龍の足首を削っている。
危ない…危ないよ…アールちゃん。
出来るなら下に駆けつけたいけど、呪縛を維持するのに精一杯です。
今、遊軍なのは、アヒージョさんと従士隊だけ。
せめてアヒージョさんだけでも彼女の応援に…声も出せない位キツイので、せめて目で合図する。
アイコンタクトです。
一流の武芸者や騎士の間では、目と目で一瞬気持ちが通じ合うという。
アヒージョさんと目が合ったので、地上のアールちゃんを見てから、また見返す。伝わったかな?
…
アヒージョさんは、僕が見た視線の先にいるアールちゃんをチラッと見ると、真剣な顔付きで頷き口元をニヤリとさせ、右手でサムズアップを返して来た。
もしかして伝わった?!
アヒージョさんの口元を読唇術でよく見る。
ガ・ン・バ・レ
え!ち、違う。何か違うよ。
何なの?何を応援してるの?全然伝わってないじゃん。
イラッとして呪縛が一瞬緩んでしまったので、慌てて集中して締め直す。
ごめん、アールちゃん。
…僕、長く持ちそうにはありません。
偶に赤龍のブレスが飛んでくるが、アヒージョさんが予測して老騎士達を指示して移動させて事なきを得ているが、近くをブレスが通っても、空気伝導してかなり熱いらしい。
撃たれる度に、円は歪み、揺れた。
呪縛を維持です…集中、集中、集中。
「あーちち、あーち!燃えちまう。」「死にたくねー。せめて姫様の胸に顔を埋めて死にたいー!」「無駄じゃ無駄じゃ。」「南無阿弥陀仏…。」「嫌じゃーいーやーいーやー!」「酒飲まなきゃやってられん…グビグビ。」「くたばれ、火蜥蜴!」「焼き蜥蜴にして食ってやるぞ、こんちくしょうめ!」「ヨーロレイヒー!」
集中出来ないーーー!!悪態がうるさ過ぎる!
いい加減にしろーー、糞爺い共!
…
気絶しそうな位集中を続けて、疲労困憊で限界を、3回くらい乗り越えて、空馬の首に突っ伏して、呪縛をきらさずに印だけは何とか組んで意識が朦朧とした頃、アヒージョさんから声を掛けられた。
「おい、二ヤード、撤退の合図だ。呪縛を解け。」
え?…撤退…?
意識朦朧して言葉の意味を最初認識出来なかったが、…ああ、分かってしまった。
そうか…赤龍討伐は失敗か。
だが、こんなビルみたいな巨大な赤龍は想定外である。
今まで持ったのは、アールちゃんの綿密緻密な準備と作戦があったから。
地上を見る。姉さんは呪縛に集中している。指揮を執る余裕は無い。ならば撤退を決めたのは…アールちゃんか。
…そうか。
説明出来ない複雑な思いが胸中に湧く。
でも…納得した…アールちゃんが決めたのなら仕方ない…素直にそう感じた。
「撤退します。アヒージョさんを先頭に撤退!殿は俺が務める!」
僕は呪縛を徐々に解いた…。
従士隊から、煙幕弾が飛んで来る。
白い煙が辺りに漂う。
何本もの白い線が空中を描いていく。
負け戦の指揮官ほど撤退を決めるのは難しい。
判断は出来る…だが決断するのが非常に難しい。
指揮官なら誰だって撤退などしたくはないから。
…向いていないなどど決めつけて大変失礼した。
僕ならば、決断することが出来ただろうか?