吃驚仰天の二ヤード・クス(前編)
事前会議が終わり、それぞれ準備作業に入る。
アールグレイ少尉の綿密で緻密過ぎる準備の提言のお陰なのか、最早巨大なビルサイズのドラゴンでも来ない限りは、対応できる自信がついた。
ビルサイズのドラゴンに遭遇するなんてあるわけないので一安心。
もし遭遇するとしたら、よっぽど運が悪いとしか言いようがない。
しかし、事前情報では赤龍は全長約10m、一般の村人からの情報なので誇大に伝わるのが常、実際は5mと無いかもしれない。
充分対応できると思う。
ありがとう、少尉。これで姉さんを助けられる。
そして、御免なさい、僕は貴女を誤解していた。
アールグレイ少尉…長いし、かしこまってるような気がするので、これからは僕の心の中だけアールちゃんて呼んでもいいかな?
アールちゃんは、僕より少しだけ歳上みたいだけど、とても可愛いのでアールちゃんと呼びたい。
ああ、仲良くなりたいな。
会議の模様を思い出す。
会議の始めでは、太鼓腹の爺様騎士は、アールちゃんのことを悪様に罵っていたくせに、会議の終盤では掌を返すように素直になっていた。…なんかちょっとムカつきます。
今では、アールちゃんのことを本人のいない処では、姫様などと呼んでいるし…何となく面白くない、釈然としません。
確かにアールちゃん品格あるし、可愛いし、内面も冷静沈着、公明正大、凛としてて格好良いしさ、しかも優しいし、姫様と呼ぶに相応しい。
更にアールちゃんは、滅私奉公が司祭並みで慈愛に満ちた人であった。
それが会議終盤のアールちゃんの言動で皆に分かってしまった。
さかんに、「絶対死んではなりませんよ。」「危ないと思ったら逃げなさい。」などと繰り返し僕達に言っていた。
何処の世界に兵士の敵前逃亡を勧める前線指揮官がいますか?…うん、此処にいました…アールちゃんです。
つまり、あの綿密な準備も緻密な作戦も全部僕達が死なない為だったわけで。
それなのに僕たちは、そんなアールちゃんの思いも露知らず散々文句を言ってしまった…。
もう言ってしまったことは取り返しがつかないが罪悪感半端ない。
あーーーー、恥ずかしい。なんてゆーか人として。
あの老騎士のおっさんらは恥ずかしくはないのだろうか?
それにつけても、こんな心の綺麗な子が存在するなんてビックリだよ、守ってあげたい。
ますます惚れなおした。
…って言うより、あんな事言われて惚れない男はいないよ。
老騎士のオッチャンらが勘違いしなければ良いけど。
それにつけても、あのアールちゃんの優しい性格では戦場指揮官には向かない…適正が無い。
よく、今までやって来たものだ。
前線指揮官は、兵士に死ぬと分かっていても突撃と言わなければならない。優しさは戦場では仇になる。
自分より他人の生命を心配するようでは、およそ務まらない。
もしかしたら適正に悩んでいるかも知れないなぁ。
アールちゃんは、もっと上位の貴族の子女に生まれるべきだったのかもしれない。
だけど、大丈夫。
僕のお嫁さんには適正がアリアリだと思うから。
この出逢いは運命だったかも。
僕のシュミレーションが脳裏で高速稼働する。
…
赤龍の思わぬ抵抗に苦戦するアールちゃん。
そこで、颯爽と現れ指揮を取る僕。
「騎士隊、突撃!」
アールちゃんの窮地を救う僕。
「ありがとう、二ヤード様。」
ポッと頬を紅く染めて僕を見つめるアールちゃん。
ああ、惚れられてしまった…僕って罪つくりな男だ。
そして僕の颯爽とした指揮により赤龍は討伐された。
太鼓腹の老騎士が僕を讃える。
「二ヤード様が、指揮執ってくれて助かったぜ。」
アヒージョさんも僕を褒める。
「二ヤード様、たいしたもんだぜ。」
姉さんも僕を認めてくれる。
「二ヤードは、もう立派なクス家の当主よ。」
そしてアールちゃんも反省して僕を頼ることだろう。
「二ヤード様、僕…貴方に会って、この仕事が向いてないことが分かってしまった…僕、どうしたら良いのかな?」
来た、来たよ。僕の春が来たーーー!
僕をウルウルとした瞳で見つめるアールちゃん。
アールちゃん、大丈夫。僕がいるから。
「アールグレイ少尉、俺で良ければ君の支えになろう。この俺と婚約してくれ。君を一生幸せにすると約束する。」
「ああ、嬉しい。僕が二ヤード様のお嫁さん…。お願い、なら僕のことはアールと呼んで。」
恥ずかしそうに僕に寄り添うアールちゃん。
そ、そうしたら、アールちゃんを強引に抱き締めて、ああ、柔らかいよ、良い匂いがする…恥ずかしいからか多少抵抗するアールちゃんに男らしくキスを……
…
「おい、二ヤード、坊主!」
アールちゃんとは似つかない野太い声にハッとする。
あれ?アールちゃんは何処に消えた?僕の花嫁は?
目の前には、この腕に抱き締めていたアールちゃんは消えて代わりに太鼓腹の老騎士がいた。
うわ、あわわわ…。
吃驚仰天して、抱き締めていた太鼓腹から慌てて距離をとる。
「いやー、いきなり、くっ付いて来るからビックリしたぜ、なんか姫さまの名前を呟いてたけど、どうしたんだ?」
ニヤニヤと笑いながら聞いてくる。
むむ…僕の高確率なシュミレーションを聞かれてた?
「何でもありませんよ!そんなことより魔法陣のペイントは終わったんですか?」
「おう、それよ、ちゃんと出来てるかどうか見てくれ。いざと言う時、発動しなきゃ意味ないからな。姫さま曰く、確認は何度でもするべきじゃからな。」
ワハハと機嫌が良いのか豪快に笑い出し、僕の肩をバシバシ叩き出す。
い、痛い、痛いですから。
分かりましたと返事をしながら、アールちゃんの姿を探す。
あ、いた!
少年の従士と、腰を屈めて話して、頭を撫でたりしている。
胸の中がモヤモヤした。
老騎士のオッチャンが、青春だねーとか言っているが、知らんし。
こちらは真剣なんです。
僕の一生の伴侶が懸かってますから。