二ヤード・クスの煩悶(後編)
赤龍討伐前の事前会議は紛糾した。
何故なら、彼女…アールグレイ少尉が度々物言いをつけるからだ。
今まで俺は会議など段取りを説明して終わりかと思っていた。
もしも…だったら…?
もしも…もしも…もしも。
彼女の言っていることは全て推測に過ぎないし、時間の浪費だと思った。
俺のギルドのレッドへの評価は、このアールグレイ少尉の態度で、だだ下がりだ。
いくらなんでも慎重に過ぎる…どれだけ臆病者なのか?
挙げ句に従士達の避難用に塹壕なる穴まで掘ろうと言いだす始末だ。
もちろん老騎士達は、彼女に対し、ワイのワイのと文句をつけ非難し、反論して、果てには聞くに堪えない誹謗中傷にまで及んだ。
最初は彼女に対して不平不満があった俺でさえ、おいおいそれは言い過ぎだろうと可哀そうになったほどだ。
だが彼女は、怒らず冷静に、一つ一つ良く話しを最後まで丁寧に聞き、老騎士達が心のなかに思っていた新たな話しを引き出して、一緒に考えてそれに応えていった。
そして最後には「僕が責任を取りますから、貴方は自分の出来ることを思う存分なさって下さい、御活躍を期待しています。」と丁寧に頭を下げていた。
…気がつけば、火山が噴火したような様相を呈していた会議が鎮まっていた。
なんたる不思議なことか…。
いつのまにか、荒れていた川が鎮まって、大洋へとゆっくりと水を運ぶように、皆が赤龍討伐の目的に沿って、自分が出来ることを為す場へと変わっていた。
鎧や空馬にペイントを施すことを、あれほど拒んでいた老騎士が、今ではデザインに鼻歌鳴らして頓着してる。
なにそれ?あんたあんなに嫌がってたじゃん。
これが彼女流の説得技術と言うのであれば、なんたる有用な技能であろうか。
だが彼女がやったことは、ただ皆の話しをよく聞いただけだ…。
士官は皆に命令すれば良いだけではないのか?
もし命令に従わなくても、それは命令された側の問題ではないのか?
その僕の問いに彼女は答えた。
「自分の生命を預ける相手を、自分と同じ位尊重したい。」
分からない….全く意味が分からない。
それは、少なくとも自分が知る士官のあり方ではない。
だが、それ以降、彼女の提言に反論あって意見することはあっても、もう無闇矢鱈と文句を付ける気持ちが雲散霧消していた。
春風が吹いたようにキレイサッパリだ。
なるほど…効果はある。彼女の言わんとすることはサッパリだが、多分、皆は彼女に一目置いたのだ。
自分を尊重してくれる相手を無碍には出来ないだろうし。
しかし、このやり方は俺には出来ない。
若輩者の俺がやったならば馬鹿にされて逆に部隊運営に支障をきたしてしまう。
ならば、彼女の場合は?
彼女自身は全く気にしてないように思える。
侮られることを恐れていないように見える。
では周りは?
最初こそ、誹謗中傷、侮り、軽蔑、無視、酷いものであったが…最後には彼女に同調していた。
何それ?朝令暮改にも程があるよ。
皆の非難批判から彼女を庇って、好印象を与える計画が台無しだよ。
いったい彼女と俺の違いは何だ?
…
…分からない。
眼を瞑り、先入観を一切消して彼女の言葉に耳を傾ける。
…
…気がついた。
彼女の言葉には重みがある。
それは賢しげな言葉ではない。
その言葉には、意志が、尊重が、願いが籠っているのだ。
更には、悠久の年月で錬磨された責任を長年果たし社会を支え続けてきた古老、賢者の趣きさえあるのだ…。
眼を開ける。
目前には、俺と歳があまり変わらない超絶可愛いアールグレイ少尉がいる。
ん…気のせいだったかもしれません。