二ヤード・クスの煩悶(中編)
初めて彼女と会った朝。
僕は寝ぼけ眼で、空馬のチェックをしていた。
この時、後ろから銀鈴を転がすような女の子の声が聞こえて来たんだ。
「もし、すいません。」
この騎士団基地には、女性は姉一人しかいない。
誰?僕は振り向いた。
彼女と初めて会った日のことを、僕は生涯忘れることはないだろう。
小柄な女性であった…身長は僕と同じくらい。
僕より、いや僕よりかは少し歳上だけど16、7歳。
許容範囲だ…これくらいの歳の差はおかしくない。
漆黒の肩までの黒髪に、黒瞳。
そして、何より可愛い!
こんな可愛い女の子は今まで見た事が無い。
姉より美人で可愛い女性を初めて見ました。
彼女から、まるで桜の花びらが吹雪いて来たかのような衝撃でありました。
…
僕の脳裏に走馬灯の如く、妄想が、いや想像が駆け抜けた。
もしかして、この出逢いは姉さんの画策…。
クス家の将来をいつも心配している姉さんが僕の婚約者を密かに準備をしていて、自然な出逢いを演出する為に、赤龍討伐任務を利用したのか…あり得る。
僕のことをいつも心配してくれている姉さんなら、この程度のサプライズの一つや二つは当たり前だ。
僕が以前に忘れていた誕生日をサプライズで祝われたこともあるし。
でも此度のことは本当にビックリだ。
ドンピシャだ、僕の好みにストライクだよ。
姉さんに僕の好みがバレていたなんて恥ずかしいけど。
彼女は、清楚で可憐、可愛いさと凛々しさが相まった魅力の波動が物凄い。生き生きとした好奇心旺盛そうな瞳、バランスの良さそうな引き締まった体幹は彼女が何かしらの武術をやっているのを彷彿とさせる。
そして出る処は出ている柔らかそうな胸…。
涼しそうな首元、可憐な唇…。
ま、まだ早いと思うけども、彼女から、もし積極的に来たら恥をかかせてはいけないと思うし…。
あー、僕はどうすればいいんだ。
…
「あのう、もし。こちらにアナスタシア・クス准尉殿はいらっしゃいますか?」
僕は呆然としていたらしい。
思考をめぐらし声も出なかった僕に彼女は話しかけてきた。
「え、いや、俺初めてなんで…。」
「?……僕はクス准尉から依頼を受けて来ました。冒険者ギルドに登録しているアールグレイと申します。階級は赤の星一つです。アナスタシア・クス准尉殿にお取り継ぎ願いませんか。」
え?ギルドの人?なの?
マジマジと彼女を見る。
上から下まで、顔、首元、胸、胸、腰、太腿とジックリと見て行く…やはり女の子に間違いない。しかも可愛い。
しかし、ギルドのレッドの野戦服に身を包んでいる。
何でだ?首を傾げる。
よく見ると、彼女の後ろに騎士然とした長身の美人もいた。
多分、彼女の護衛であろう。
ようやく彼女の言葉の意味が頭に浸透してきた。
「あれ?じゃあ婚約者は…?」
「こんやくしゃ?何の話しですか?」
今度は彼女が首を傾げている…可愛い。
「…ご案内します。こちらへどうぞ。」
これは、早とちりした僕も悪いけど、彼女も悪いと思う。
だって、ギルドのレッドが、こんなにも可愛い女の子だなんて予想できるわけがない。
いや、もしかしたら、彼女は知らされてないだけで本当は僕の婚約者かもしれない。…可能性はあるかも。
赤龍討伐部隊は、彼女の到着後、直ぐに出発した。
縦列で、しかも先頭を任された為、なかなか彼女と話せない。…何を話せば良いかも分からないけど。
姉さんからは、彼女が婚約者であるかは確認出来なかった。
近くに彼女がいるから、流石に面前で聞くのは憚りがある。
でも、もし彼女ならば、僕の答えはイエスだ。
想像の中で彼女を抱きしめてみる。頭がボーとした。
きっと柔らかくて良い匂いがするに違いない。