二ヤード・クスの煩悶(前編)
その光景はまるで映画を観てるかのようだった。
月明かりの下、姉を筆頭に、老騎士、従士達20人以上の者達が、俺とそれ程年齢が変わらない少女に一斉に頭を垂れた。
何だろう…あの風格は?
威迫…王威…尋常ではない威が、空気からビリビリと伝わってくる。
いったい彼女って…何者?
ついさっきまでは、ベーコンを美味しそうに食べている可愛いだけの少女だったのに…。
彼女の名前はアルフィン・アルファルファ・アールグレイ少尉。
そして僕の名前は、二ヤード・クス。
青藍騎士団の騎士見習いである。
家督は叔父が預かっているが、成人して騎士となったあかつきには返してもらい、いずれはクス子爵家の当主となる男だ。
もしも彼女と結婚できたのなら、彼女はアルフィン・アルファルファ・クス子爵夫人となるかもしれない。
そもそも俺が彼女に会えたのは姉のお陰であった。
いつも一人で何でもこなしてしまう優秀な姉。
俺の自慢の姉さん…物心ついた時には両親と死別した俺にとっては親代わりの存在。
小さい時にはおぶわれて学校に通った記憶もある。
その後、姉は軍学校へ。
優秀な姉を見習った俺は飛び級して学校を卒業した後、姉の薦めで青藍騎士団に入団することが出来た。
そんな姉から、応援要請が来た。
こんな事は初めてだから、俺は溜まっていた有給休暇を申請して姉の元へ向かった。
久しぶりに会った姉は、相変わらず綺麗であったけども、かなり疲労していたのは傍目に見ても一目瞭然であった。
この時点で、俺は初めて叔父と姉の確執を知る。
今まで姉は、ずっと俺を守ってくれていたんだ。
俺は、今まで自分の事を僕と言っていたけど、俺と呼ぶようにした。
だって、大人になって今度は俺が姉を護らなくては…。
彼女と初めて会ったのは、ニルギリ公爵から下命を受けた赤龍討伐任務の出発の朝。
姉さんからは、ギルドにもレッド級の人材の派遣依頼を掛けたとは聞いていた。
ギルドの受付交渉で破格の安値で有望なレッドに依頼出来たらしい。
凄い、流石姉さんだ。
姉さんは軍学校時代に北部戦線に一兵士として従軍した経験があるが、俺は初陣である。
俺たちの他は、他部署からかき集めた老騎士達なので、事実上頼りになるのはギルドのレッドだけだ。
音に聞こえたギルドのレッド…一騎当千、化け物級の強さ、騎士と並び立つ者、その強さを謳った言葉は枚挙に暇がないほど。
もし本当に騎士と同等の強さならば、まさに化け物である。
僕は…いや俺は、騎士に仕えて、その強さを知っているので、確かに赤龍が超巨大な龍でもない限り、レッドを主軸に戦えば討伐は可能かもしれない。
今回の任務が達成出来るか否かは、そのレッドに掛かっていると言っても過言ではない。
どんな人が来てくれるのだろう?
多分、レッドの中でも有望なのだから、ゴリゴリのマッチョなゴリラの様な人なんだろうなと想像していた。
そう、彼女に会うまでは。