赤龍討伐戦後…(後編)
僕は、コンガリと焼き上げたベーコンをモグモグと食べながら、二人の話しを聞くことにした。
お行儀は悪く無い。
バーベキュー様式であるから問題無いのだ。
「で、…もちろん方策は考えてるんだろうね。」
僕、ちょっとだけ機嫌が悪いし…パクリ。
強制的に紐付かせられるのは嫌。
でも、アナさんの覚悟の強さに負けて一旦は僕の騎士となる旨を了承したので…そのことはもういい…モグモグ。
もうこれからは家来なので、アナスタシアと呼び捨てです。
全く主君に僕を選ぶとは、アナスタシアも見る目がない。
ブツブツと愚痴を溢していたら、アナスタシアからキッパリと言われる。
「アールグレイ様、私の選択に間違いはございません。」
アナスタシアは真っ直ぐに僕を見つめて来る。
月光に照らされて眼鏡のレンズがキラリと光った。
何だか分からないけど、凄い自信だ…ゴクン。
僕よりも僕に自信あるとは、どういうこと?
そしてベーコン食べ過ぎて胸焼けしそうです。
ああ、そんなに僕を信用しないで。
ジャンヌが黒茶をカップに注いでくれる。…ありがとう。
僕、プレッシャーで押し潰れそうです…ゴクリゴクゴク。
「では、私から説明しましょう。」
眼鏡を左手の指先で押し上げ、アナスタシアが僕に向かって説明を始める。
「つまり、ニルギリ家の威力を極力排した運営団体たる議決機関を設け、執行機関たる騎士団との二層構造にします。これまでは100%ニルギリ公爵家出資の騎士団、しかしこれからは51%以上アールグレイ様を団長として支持する騎士団とするのです。具体的には…」
「そりゃ、まずいんじゃないかのう。高位貴族を騙すと縛首じゃ。あいつら見栄と金に厳しいからのう。…ゲフッ。」
アナスタシアの説明を遮り、ハゲなのに顎髭伸びた腹太めの爺さまが挙手してのたまう。
左手に酒が満ちた馬鹿でかいカップを持ち、右手にベーコンをブッ刺したフォークを握り締めたまま挙手していた。
周りの爺さま達が迎合して、うだうだ、ニルギリは怒りんぼじゃ、やめたほうがよい、やめとけ、そうじゃそうじゃ…。
反対意見が噴出する。
因みに縛首とは、辞めることではなく文字通りの意味です。貴族の権力は強大で平民の命など蟻と同義なので、貴族の気分次第でアッサリと天に召される。
それを非難し差別と口に出そうものなら、差別のさの字を口に出しただけで、ではお前も平等にしてやろうと貴族流の慈悲をくださるので要注意です。
僕が今まで会った貴族の子女達は、そう考えると標準から外れるかなりの変わり者かもしれない。
彼ら貴族の心の内は分かりません…僕、貴族じゃないし。
しかし、爺さま達は長い人生経験から貴族の習性を嫌と言うほど分かっているのだろう。
僕は多少機嫌を直す。
反対意見があるのは会議運営が正常な証であるから。
うんうん…反対あるは当然だよね。
無かったら逆に異常である。
アナスタシア案は、かなり厳しい案件である。
はたして押し通せるかな?
アナスタシアは怯む事なく説明を続けた。
「…騙すわけではありません。当騎士団は、このままでは破産します。予算も無いのに任務だけ出すニルギリ家には頼れません。外部から出資を募るしか生き残れないのです。貴方達も腹を括りなさい。つまりですね、財政的にもこのままではニルギリ家単体では運営できないのです。そこでニルギリ家の出資率の割合を下げて口出しをさせないようにしましょう。出資率の割合で議決権の割合を決定します。当騎士団の上部に議決運営機関を設けます。なるべく他の有力団体、企業、都市政府にも出資してもらいましょう。小口でも出資を募りましょう。だから貴方達騎士候補、従士達にも資金を出してもらいます。老後の為にさぞや溜め込んでいるでしょう。騎士団の危機ですからさっさと出しなさい。」
宴に騒いでいた爺さま達から、鬼じゃ、ここに鬼がおる、ニルギリに睨まれとうないわ、金かー所詮この世は金かー、などと愚痴とも泣き言とも取れる意見が噴出している。
これに対し、アナスタシアは騎士団の財政的危機を、数字で説明している。
驚いたことにニルギリ家の出資金は零だ。
何それ?…額を指先で揉み解す。
アナスタシア発案の運営形態は妥当であるか…?
んん…これって株式会社の概念と同じ?
いや、運営に、都市政府や騎士団員まで巻き込むならばギルドの複層構造に似てる。
これは仁義に反しないならば有効かもしれない。
「気性の激しいニルギリ様が、その理屈で御納得なさるでしょうか?ニルギリ公爵様の勘所を押さえて置かないと、僕達社会的にも物理的にも皆殺しかもしれません。」
ニアード君が心配そうに発言した。
爺さま達が、ニアード君の後ろから、そうじゃそうじゃ、皆殺しは嫌じゃ、言ったれ言ったれ、などと野次を飛ばしている。
結局其処に行き着く…正に袋小路だ。
でも、これでこの騎士団の問題点が浮き彫りになった。
つまり設立者であり最高責任者であるはずのニルギリ公爵の無責任さが不作為が実務責任者であるアナスタシアを苦しめている。
ニルギリ公爵は、場所だけは、二束三文の土地と廃棄された施設を提供したようだが、資金、人を何も出さずに騎士団を設立運営せよと命じた。
脳味噌沸騰しているのか?
しかも、予算も組まずに赤龍討伐指令まで出している。
何かを為すには、最低限、予算と人材が必要です。
人はアナスタシアが伝手で何処其処から借り受け、個人資産まで出資している。
いくらアナスタシアが魔法使いでも限界があるだろうに…。
アナスタシアの心の内を思った。
これは、誰かが、解決しなければならない。
(…何故、いつも責任者が惹起した無理難題を、弱い立場の現場が解決しなければならないのか?)
…
僕は、面前で行われた劇団ダルジャン&アナスタシアの劇に感服しました…非常に分かり易い。
脚本演出 ダルジャン
主役 アナスタシア
脇役 ニアード
他の爺さま達は、エキストラ
おそらく、こんな処でしょう。
隣りに座すジャンヌが静かであるのは、劇が予定通りに進んでいるに違いないから。
そして僕が勘付くのも折り込み済みなんでしょう?
アナスタシアは覚悟を決め、僕に懸けた。
きっと恐ろしかったことだろうと思う。
「…いいよ。アナスタシア、進めて下さい。責任は僕が持ちます。」
僕は、その場から立ち上がり、老騎士達、お付きの従士達を一人一人見渡した。
「もし…貴方達がニルギリに殺されたならば、僕が仇を討ってあげる。貴方達も男なら腹を括りなさい。」
先程までの喧騒が嘘の様に静まり返った。
それまで、黙っていた老騎士のアヒージョさんが、コップの酒を全部一気にあけると立ち上がり、僕に正対した。
「御意に御座います。仰せのままに。」
いつもの柔和な顔では無く、真剣な顔付きと声で頭を深々と下げた。
老騎士ら、従士達が同様に一斉に立ち上がり頭を下げていく。
この日、僕は騎士団員全員の命を預かった。
焚火の火がパチパチと燃えて、その煙が夜空に上がって行く。
月の綺麗な夜だった。
誓おう…やられたらやり返すまでだ。