夢見るダルジャン・ブルー
少尉殿によって倒された赤龍。
すわ、今ならば頭を斬ることが出来る。
憤懣やることなく私は赤龍に攻撃しようと近づこうとしたら、少尉殿に制止された。
赤龍のせいで、少尉殿に私の心を射止められてしまった。
こんな小さないたいけな少女に…確かに少尉殿は可愛くて凛々しくて素敵な子だけれども…女の子なんです。
私は学生時代よく後輩の女の子から告白はされたり、ラブレターをもらったりはしたが、あれは思春期特有の一過性のものと認識している。
むろん私は変態では無いので全員傷つけないように優しく断った。私も成りはこんなにも猛々しく成長してしまったが心は乙女であるから、いつかは王子様が私の窮地を救けてくれるのを夢見ていた。
それなのに私の窮地に現れたのは、とっても可愛い少女であった…。
これまでも確かに少尉殿の魅力に当てられて、多少理性を失ってしまうほどに少尉殿のことは好きではあった。
だってこんなにも可愛いくて凛々しくて素敵な子を嫌いにはなれないし、少尉殿は中身も尊敬できてしまうのだ。
少尉殿は望まないけど、師と仰ぎ、我が仕える主君となって欲しい。私のこの気持ちは崇拝に近いと思っていた。
慈愛の人で人柄に悠久の深みがある。賢く心根が新雪のように美しい。これでは誰でも好きになるでしょう?
…認めよう。私は少尉殿が好きだ。
でもそれは崇敬が伴う友愛に近いもので、男女間に発生するような恋愛ではない。
それが今回は、少尉殿に心臓を射抜かれてしまった。
頬が紅潮してドキドキがおさまらない。
窮地に救けに来てくれた少尉殿は、それは凛々しくて素敵であった。しかも超絶可愛いかった。
自分の気持ちに戸惑う。
初めての気持ちだから、よく分からないけど、これってもしかして恋?
ば、馬鹿な!相手は歳下の女の子です。
いけない…可愛いから、相応に可愛いがるのはOK。
でも、私の気持ちと真剣に向き合うと、私はそれ以上を望んでいる。それは駄目。
思えば、私のこの気持ちは以前からあった。
今回、あからさまに少尉殿にやられたので自分の気持ちに気づいただけ…。
やばい、…この気持ちは封印です。
少子化のこの社会ではアブノーマルは認められていない。
なにより少尉殿に嫌われてしまう。
それが何より怖い。
よし、少尉殿に対しては一線を引こう。
No touchです。理性を保つのだ。
少尉殿は私を信頼されている。…その信頼に応えなければならない。
そう、演じるのだ。少尉殿が望むダルジャン・ブルー・ダーマン・エペを。
そんな私の気持ちに気付くことなく、少尉殿の私への態度は通常と変わりない。
つまり信頼されていて友愛に溢れている。
言葉の端々、何気無い仕草に少尉殿の私への気持ちが表れている。
少尉殿が何処かへ電話を掛けている。
電話で助力を依頼しながらお辞儀をしている。
少尉殿の心意の表れであり、その電話先を尊重する礼儀正しさに好感が持てる。
少尉殿が電話を切った後、話し掛けてみる。
「…少尉殿、お助け下さりありがとうございます。…しかしながらこのジャンヌ未だ本領を発揮しておりませぬ。今一度チャンスをくださるようお願いしたい。…今の助力依頼は誰に電話されてたのでしょうか?」
少尉殿が私を見た。
ああ…少尉殿は土砂にまみれたとしても、その輝きは損なうことはない。今日も超絶可愛いです。
眼福です。可愛いものを見るのは花を見るのと同じ効果を与えます。まさに少尉殿は私の花です。
「ジャンヌ、僕最近気がついたんだけどさ…視線を感じるんだよね。それが悪意ある視線ではなくて、こう護るような見守るような暖かい視線なんで放っているけどさ…。」
私の表情がギクリとした顔になるのが分かった。
「視線にも指紋なみに個人の特徴があってね。だから僕は視る紋と書いて視紋と呼んでるんだけど、約16の特徴を照合したら個人が特定できてしまうんだ。既知の人なら尚更だよね…。」
「え!う、あ、それは…。」
秘匿で護衛してるのがバレている?!
回答に逡巡する。
「責めてません。どんな理由でジャンヌ達が僕を見守っているのか分からないけど…嫌ではないから、負担が掛からないようにもっと近場に来てくれてもいいよ。僕の察知圏内は最大100kmだから、遠くても近くても一緒だから。」
「ひゃ、100kmですか…?!…さ、流石です。少尉殿。」
私は観念した。
少尉殿の察知力の前では隠し通すことは無理がある。
少尉殿とそんな遣り取りをしている間にも、倒れた赤龍の身体に大地から伸びた白銀の糸が巻き付き始めた。
これはアナスタシア准尉よりも高度の呪縛であるのが素人目でも分かる。
魔法の色は、真偽は不明ながら、使う人の内実を表すと言われる。
綺麗だけど、この呪縛は少尉殿の仕業ではない。
何だか知っている人のような気がする。
今期の少尉殿の護衛はフォーチュン准尉です…そしてバレている。
なるほど…電話先の助力者が分かりました。
でも、魔法の色が使用者の内実を表す仮説は、デマの方に傾きましたね。
私が色々と推察してるうちに魔法陣に輝きが戻っていた。
白銀色の輝きが文字や線から炎のように立ち昇り、辺りに粒子が舞っている…綺麗。
まるで夢のような綺麗な景色です。
うん…やはり、あの仮説はデマですね。
赤龍がジタバタし始めているけど、もう遅い。
むぅ…狸寝入りであったか、デカい図体の割に狡賢い。
あのまま不用意に近づいていれば潰されていたかもしれない。
流石少尉殿、ご慧眼である。
このジャンヌ感服しました。
「ジャンヌ、あれ!」
少尉殿が赤龍の頸にある逆鱗を刀で指し示めす。
なるほど、弱点である逆鱗を突いてトドメを刺せと言うわけですね。
ここまでお膳立てしてくれれば容易きこと。
槍を構えて赤龍にゆっくりと近づくと赤龍の左眼がこちらを向いた…その眼が恐怖に慄いていた。
赤龍よ、後悔してももう遅いのだ。
私は些か執念深い。
先程潰され掛けたのを忘れていない。
その御礼はちゃんとしなくては…。
もしかしたら八つ当たりもあるかもしれないけど、…まあいいでしょう。
私は細かいことには拘らない。