赤龍討伐戦後…(前編)
「団長、どうだい、飲んでるかい?」
「いえ、僕は未成年ですから。」
「かー、硬いな、そんなの守ってるの団長くらいだぜ。箱入りにも程があるわい。」
「おい!団長に無理に飲ますんじゃない。すいません、こいつ気が利かなくて。悪い奴じゃないんで許してやって下さい。」
「団長、ベーコン焼けました。どうぞ。美味しいですぞ、ホッホッホ。」
あ、本当だ、ジュワジュワと音をたてて、美味しそう。
ありがとう。
爺様達や、お付きの従士達がワイワイガヤガヤと焚き火を囲んで飲み食いしている。
戦闘の時より動きがよい。
焚き火の火を使い勝手に自分達で料理している。
実に楽しそうだ。
夜の帷は落ちている。
夜の行軍は事故の元なので、今日はテント泊です。
今は皆で夕食を食べているところ。
僕もご相伴にいただく。
契約は一日だから、もう勤務外です。
ちなみに契約の一日とは24時間のことではない。
概ね8時間…つまり、アナさんは、この8時間で赤龍討伐できる方に賭けたのだ。
うん、結果としては倒したけど大博打である。
賭け事を好むように見えないから、きっと致し方無い選択であったのだろう。
僕だったら、思うだけで胃に穴があきそうだ。
際どい人生選択である。
そんなアナさんは心配事が消えたのか、スッカリ険が取れてにこやかで、僕の左隣りに座り、お酒をめして薄っすらと頬が赤くなっている。
うんうん…やっぱり女の子は笑顔が良い。
女の子の笑顔は、この世界が上手くやっている幸せの証しであるから、それを見てると僕も堪らなく嬉しく思う。
ちなみにジャンヌは、僕の右隣りに座っている。
こちらは静かにワインを味わっている。
市井のワインもマリアージュで、何たらかんたらと語っているけど、僕にはサッパリです。
お酒の飲める歳になったら、お付き合いします。
もっとも今世のこの身体は、アルコールに弱い質らしいので、そんなには飲めないかもしれない。
ところで、さっきから僕、団長って呼ばれてるけど、何で?
アナさんに聞いてみよう。
アナさんが困った顔で返答する。
「この騎士団には、まだ団長がいません。未だ正式には騎士団も発足しておりませんから。あらゆる部署から借り受けた騎士候補達からしてみれば、赤龍討伐戦直前に、最後に来たアールグレイ少尉達が団長候補で連れてこられたように解釈してるのかもしれません。そして皆、今日の戦いであなたの事を自分らの団長として…命を懸けるに値すると認めたのでしょう。」
ええ!僕ら契約もう切れてるから明日には帰ってしまうよ…依頼も達成したし。
「そうなんですよね。…ですけど、私も彼らの心情は分かるんです。今回の討伐戦は、私も資材等は揃えたり準備はしましたが、戦いに関してはサッパリです。やはり餅は餅屋。私はあくまでも経理補給担当将校であると認識してしまいました。」
アナさんは、そう言うと僕の方をジッと見た。
え、その熱い眼差しは何でしょう?
少し酔っている感じが色っぽい。
無理ですからね。…だいたいが僕、平民ですから。
騎士団団長なんて名誉ある地位は貴族がなる慣わしです。
騎士団運営が上手く行けば、ニルギリ公爵家から縁の人が天下りしてくるはずですから土台無理な話しである。
もっとも騎士団が其れ迄に瓦解しなければの話しであるが。
僕が見た処、この騎士団は何もかもが足りない感じだけど、もっとも大事な責任者(団長)不在では瓦解するのも時間の問題だと思う。
命懸けで戦うのに指揮官(責任者)不在ではお話しにならない…ニルギリ公爵は全然分かっていない。
アナさんでもなり得ないわけではないが経理担当では相当大変だよね。
頑張って下さいとしか言えない、お困りの際は、またご依頼くださいませ。
そう言うと、アナさんは溜め息をついた。
「…分かっています。しかし、私では指揮官には成り得ない。本物の騎士が一騎いて、指揮するだけで…まるで違う。核たる人がいるだけで、この騎士団は本物に生まれ変われるかもしれないのです。…惜しい。わ、私は、私が創った騎士団を潰したくないのです。」
ああ、そんなに悲しそうな顔をしないで。
アナさんは、今日限定の出会いとはいえ、今日一日一緒に戦った仲間である。あなたの悲しみは僕の悲しみ。そんな顔されると胸の奥がキュッと来て涙腺ウルウルになってしまうよ。
口に焼きたてのベーコンを頬張りながら、胸を押さえる。
熱い…そして美味い。
アナさんは、黙り込むと僕の前にスーッと来て、ゆっくりと両膝を着き地面に額づいた。
土下座である。
「アールグレイ少尉殿、どうかどうか私達を見捨てないで下さい。お願いします。」
あ…アナさんの予想外の行動に、ベーコンを口から落とすところでした…危なかったです。
うーん、僕、土下座する人初めて見たよ。
困った困った…。
困った僕は、右隣りに座すジャンヌを見た。
ジャンヌは、澄まし顔でワインを味わうように舌に転がしているようだ。…お気に召したらしい。
いつの間に宴会の席は、シンと水を打ったかのように静まり返っていた。
騎士の爺様達や従士達が全員僕らを見ている。