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アールグレイの日常  作者: さくら
赤龍討伐
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驚愕憔悴のアナスタシア(後編)

 ガクガクのブルブルです。

 とうに体力の限界は越えている。

 それでも身体は動くらしい。

 これまでドラゴンブレスは10回以上は避けた。

 段々と精度が上がって来てるような気がする。


 次辺り危ない気がして恐怖に目が回りそう。

 グルグルワンダーランドです。

 自分で何を言ってるのか分かりません。


 池の水は干上がり、雑木林が燃え広がり、既に隠れる場所は無い。

 でも従士達は、あらかじめ掘っていた塹壕に隠れているので一安心。

 これも少尉殿の提案。

 少尉殿の目には、いったいどこまで、見えているのか?

 用意周到、準備万端、深謀遠慮…こんな言葉が頭を巡る。

 こんなこと軍学校では習わなかったよ。

 これって普通なの?

 或いは少尉殿個人の資質?


 少尉殿は、今、ダルジャン准尉と共に最前線で、赤龍の足首の斬り倒しを行なっている。

 ダルジャン准尉に優るとも劣らぬ武力とみた。

 

 もし少尉殿がいなかったとしたら、私達は赤龍を釣り出すこともなく途方に暮れていただろう。

 万が一赤龍と対したとしても碌な対処も出来ず全滅していたに違いない。


 当たりだ。

 大当たりだ。

 少尉殿は見た目の可愛さを裏切り、その強さは、まさしく一騎当千、その頭脳は値千金の価値あり。

 ギルドに依頼を決めた私の判断に間違いはなかった。

 だが、その少尉殿の力を持ってしても、この巨大な赤龍には凌駕しえない。

 今でこそ、戦力は拮抗してるかのように見えるかもしれないが、薄氷を踏むが如くの主導権を維持してるからに他ならない。

 20メートル級ドラゴンを倒すには、通常軍の増強一個師団以上の人員が必要とされるとあるが通説。

 増強とは、飛行部隊と大砲等の機械化部隊のことである。

 それでも勝てる勝率は五分五分。

 戦わずに済むなら越したことは無い相手だ。


 そんな相手と私達は今戦っている。

 だが、このままではジリ貧。

 せめて大砲か、それに匹敵する攻撃手段があれば別だけども、従士達が持つ迫撃砲では攻撃に足り得ない。

 少尉殿の神謀により五分に対抗してるけども、流石に無から有を生み出すことは出来ない。


 撤退?

 そんな言葉が頭をよぎる。

 だが、撤退してどうなると言うのか?

 チャンスは今回一度だけ。

 少尉殿が応援に来てる今回を逃せば、赤龍には絶対に勝てない。無理。情け無い内容ながら絶対無理と断言出来る。

 すると、私は身の破滅だ。

 叔父上の思惑通り、家督は戻らず、私は邪魔者として消されることであろう。弟も…。


 …できない。

 私には撤退を決断することはできない。

 このまま部隊が全滅したとしても。


 その時、そんな思いを叱りつけるように少尉殿から、魔力波に乗せてテッタイセヨと伝達が来た。

 ハッとする。

 私は、今、自身の破滅に部隊を巻き込もうとしていた…?

 自分さえよければそれでよいのか?

 自らの傲慢さ、自分勝手さにゾッとする。

 悪とは心の内に宿る…これでは叔父上と一緒ではないか。

 私は呆然とした。


 …

 

 断じて私は叔父上とは同じでは無い!

 これは私の最後の矜持だ。たとえこの身が破滅したとしても。

 私は撤退を決めた。

 私の戦いは終わったのだ…。

 従士隊から、迫撃砲が撃たれる。煙幕弾だ。

 弾が通った跡に白煙のラインがつき、辺りに広がる。

 何発か撃たれ、赤龍の周りが白煙に巻かれた頃、私は呪印を解いた。


 暗紫色の光りの糸の束が赤龍からシュルシュルと解けて消えていく。


 空を見上げれば、二アード達、老騎士達も戦陣を解いて引き揚げていく。

 従士隊も煙幕弾を撃ち尽くした後、撤退していくのを見て、私も引き上げ始めた。

 後ろを振り返る。


 未だ少尉達は赤龍の足元にいる。

 きっと殿を務めるつもりなのだ。

 最後の最後まで、自分の務めを果たすつもりなのであろう。

 私が為すべき嫌な決断を、少尉殿にさせてしまった。

 後悔の棘が胸に刺さる。


 …指揮官とはかくあるべきか。


 これが私の最初で最後の戦いになるであろう。

 ありがとう、少尉殿。

 あなたに会えて良かった。


 貴族間の戦いは残酷である。

 これから私の撤退戦が始まる。

 弟だけでも生き残らせないと…亡き父母に面目が立たない。

 

 私は撤退を始めたが、それでも度々振り返り少尉達の無事を確認した。…未練では無い。ただ彼女らが心配だったから。

 何度目かに振り返った時、束縛から逃れた赤龍の片脚が上がったのが見えた。


 あ!危ない。その下にはダルジャン准尉が居る。

 私は思わず引き返し駆け出し始めた。

 間に合うはずも無い。


 この一瞬、同時に幾つもの事象が起きた。

 まず、私の後方、都市の方角から空を滑る流れ星のようにキラキラと輝く物体が赤龍へと伸びて行った。

 何だあれは?

 地上では、いつの間にか少尉殿の小さな姿が、今、正に踏み付けんする赤龍の片脚の下に移動していた。

 右手の指先を天に伸ばしている。

 逃げて!少尉殿、ダルジャン准尉。

 このままでは、赤龍に踏まれてペシャンコです。


 銀色の流星が赤龍の右眼に直撃する。

 咆哮し悲鳴を上げる赤龍。

 踏み付けられる少尉殿達…いや違う、伸ばしきった右手の指先に赤龍の片脚が乗せられたと思った瞬間、少尉殿が指揮棒を振るかの如く赤龍の足底に指先を滑らせていった。

 それによってバランスを崩した赤龍が倒れていく。


 地響きを立てて轟音を上げ、倒れる赤龍。

 辺りに土煙りが烟る。

 信じられない…今、赤龍を投げ飛ばした?!


 私の中で常識がガラガラと崩壊した。

 信じられない…でも目前の景色が現実だ。


 呆然としていると、倒れた赤龍を白銀色の糸の光りがシュルシュルと縛っていく。

 何、あれ? 私よりも明らかに上位互換の呪縛である。



 もしかして、ここに至る経緯の全てが計画的?

 あり得る…あの用意周到な少尉殿ならば。


 私達の敗戦のはずであった。

 この戦いは、最後には踏み潰されて終わりであった最悪の結末かもしれなかったのに、少尉殿だけは、勝利を諦めていなかった。

 …最後の最後まで。

 そして、死線に勝つを見出したのだ。


 なんて人なの…信じられない!


 倒れ伏した赤龍の首元にダルジャン准尉が近づいていく。


 ギルドのレッドとは…騎士の強さとは格の如く物凄いものなのか…傲慢不遜な貴族達が畏れるわけが身を持って分かった。

 …本物の騎士には逆らってはいけない。

 寒さ以外の何かに身震いする。


 地平線に夕暮れが見えた。

 ああ…もうそんなに時間が経ったのか…。


 赤龍の断末魔の声が辺りに響き渡った。






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