防衛戦
俺の名はルフナ・セイロン。
都市南門に位置する迦楼羅ギルドに登録し、冒険者をやっていたもんだ。
諸事情により、今は、都市西門に位置する通称、吉祥天(西)ギルドに所属しているがね。
俺は冒険者と名乗っているが、人によっては、探検家、傭兵、衛士、建設作業員、清掃員、と呼び方は色々だ。
要は何でも屋だ。
ランクは黒星3、平の一番上のランクで、軍では上等兵とか呼称されている位だ。
これ以上、位が上がると複数人の受注条件の場合、指揮を取るかもしれないので、俺には、上がる意志はない。
…だって、いろいろと面倒だろ?
自分の事さえ、ままならないのに人の面倒など見てられっかよ。
御歳30歳のお兄さんで、顔は無愛想と言われるが、性格は気さくで、付き合いやすいぜ。いいかげんな奴と言われることもある。まあ、無気力、無関心で怠惰な俺だか、最低限やることはやるぜ…仕事だからな。
さて、そんな俺がアール・グレイ軍曹殿に初めて会ったのは、ニルギリ准将指揮下であったトビラ都市の南方にある衛星都市シナガ防衛戦の時だった。
あの戦いは、最悪のタイミングで始まり、最悪の環境での最悪の戦いだった。
中でも最悪なのは、指揮官が最低の糞野郎だったてことだ。
救いは、軍曹殿のお陰で奇跡的にも誰も死ななかったことと、軍曹殿に会えたこと。
ギルドは、実力主義で知られるが、実は権力も実力の内であると肯定されている。故に権利の概念は否定されるが根拠のある権力は、実際の力と同じか、それ以上に有効だ。
ふん…そいつが悪いとは言わないが、この防衛戦には最悪な形で出てしまった。やれやれだ。
[シナガ衛星都市防衛戦解説]
トビラ暦200年、突発的な悪性生物の雪崩のような襲来に対し、トビラ都市の南方に位置するシナガ衛星都市を統括していた都市長官から都市政府に対し救援要請が発せられた。
事態を重くみた都市政府だが、奇しくも都市王が空位の年であった為、5つの大公家の思惑と権力が拮抗して、合議は長引き結論がつかずの小田原評定となった。
何回も発せられるシナガの救援要請に応える公の機関は無かった為、業を煮やしたシナガ都市長官は、ギルドに事態解決を依頼した。
本来、トビラ都市政府規模で解決されるべき案件は、半官半民の、いちギルドに託された。
俺が経験したシナガ防衛戦のことを話そう。
ここ何年も無かった緊急時招集が掛かった時、俺は自宅で良い加減で酒を飲んでいた。
鳴り続ける呼び出し音に、嫌々ながら端末で応じて、ギルド本部に到着した時は、既に大隊編成が組まれていたが指揮官が決まっていない状態だった。
ギルドも何とかして、兵隊はかき集めたものの、大隊指揮権限を持つ金星が捕まらなかったんだろう。
至急の依頼であり、悠長に待ってはいられないことから、ギルドは、経験の無い、単に箔付けの為に金地の星無し(准将)を取得したニルギリ貴族の長子を指揮官に任用し、大隊を救援に出発させた。
俺も、対戦闘用の重装備で銃火器を携行し、トラックの荷台に乗り込んだ。
酔っ払った頭で、フニフニしながら揺られてシナガに着くと、既にそこは戦争状態だった。
シナガの南壁に襲来する人の大きさを遥かに越えるワームの集団が南壁にぶつかっていた。
厄介なのは、数は少ないが空からくる飛び蛇だったが、銃火器や魔法を使用して、俺らは対処した。
最初は、それでも上手く対処できていた。
経験不足の指揮官を補佐している者が、優秀だったのだろう。上手く中隊、小隊を連動させて、悪性生物から都市を守ることが出来ていた。
いや、出来過ぎだったんだ。
司令部にも、こんなものかと安心感からの油断が生まれたのだろうと思う。
いきなり攻勢の命令が来た。
防衛線の壁を、今まさに守っている状態で、そんな余裕があるわけない。
まさにハテナ状態。
ただ具体的指示も無し。
司令部に問い合わせたら、現場で何とかしろとの回答。
なんだそりゃ?
後に、聞いた話によると、司令部は、突然に根拠の無い指揮を始めた司令官を止めて解任された者、追従するお付きの者、無視する者、などなどで大混乱だったらしい。
ふざけるなと言いたい。
しかし、この司令部から発出された命令により、これまで連動していた部隊は、各個に動き、分断され撃破されて、ついに防衛線は崩れてしまった。
俺が所属していた小隊も、指揮官の赤星が負傷し、あわやと思われたが、代理で指揮を始めた先任下士官により、動きを取り戻し、隣接する小隊と連動して、悪性生物を一時的に押し戻すことに成功した。
この時に指揮をとっていた小柄な指揮官がアール・グレイ軍曹殿だった。
他の中隊が撤退、壊滅する中、逸れたギルド員を吸収した我が小隊は、臨時増員小隊(実際の規模は半個大隊)を新たに編成し、逃げ遅れた都市外民を守りながら撤退戦をしいていた。
そこに、あの糞野郎は現れたんだ。
「何をやっている。攻撃しろと言ったはずだ。私の言うことすら聞けない無能どもめ。失敗はお前らのせいだぞ。都市に戻ったら、父上に言ってお前ら全員首だ。逃げた奴は処刑だ。命令に従え。突撃だ。スラム民など守ってどうする。突撃だ。おい、お前は私を守るんだ。早くしろ。」
おそらく、防衛線を突破した悪性生物に襲われたのであろう、薄汚れた金ラインの制服に身を包んだ若者が、何人かのお付きを従え、突如現れ、俺たちに命令し始めたんだ。
われらが親愛なる、司令官殿の登場だ。
クソ野郎め。
誰も奴を止めず、お付きの者も調子にのり、周りに若様の言うことを聞かない者は厳罰に処す。と喧伝し始める。
こいつら、戦場で何やってるんだ?始末におえんぞ。
こいつらの厄介なところは、言っていることが本当になる可能性があることだ。
つまり、逆らったら処刑もあり得てしまうのだ。
やれやれ、従って突撃したら死ぬだろう。
逆らって、従わなかったら処分されて最悪死ぬかもしれない。
全く貴族と関わると碌なことないぜ。
実力主義と聞いてギルドに登録したのに、こんな阿呆に関わって死ぬことになるとは、予想外だぜ。
阿呆な司令官の命令に、部隊の動きが止まってしまった。
まずいぜ、すぐにクソッタレ生物共が、ここにやってくる。
シルバーでもレッドでも誰でもいいから、あの小僧を止めてくれよ。
その時、尚も喚いている金線の小僧に近づく者がいた。
小さい軍曹殿だった。
近づいてくる軍曹殿に気づいた金線の小僧が尚も喚く。
「良い策を思いついたぞ。おい、そこのお前、そこにいるスラム民どもをオトリにするんだ。私の命はかけがえのないものなんだ、私を守れ。」
ツカツカと一人歩いて近づきながら、軍曹殿は、ヘルを取った。
金髪が風になびき、顔があらわになる。
…驚いた!
小柄で、指揮する声から若いとは思っちゃいたが、軍曹殿は見た目15、6歳の女の子だった。
しかも、とびっきりの美少女だ。
金線の小僧も驚いたのだろう。一瞬呆然とした後、下卑た顔つきになった。
「お前、私付きを命ずる。私と一緒に…ぐはっー。」
軍曹殿が、言い掛ける司令官の左頬を右手で、えぐりこむように、ぶん殴った。
華麗に、軽々と吹っ飛ぶ小僧。
ああ、人って、あんなに軽々と飛んでゆくんだなぁ。
たぶん、俺の口はポカンと空いていたに違いない。
なぜなら、他の者もそうだったからだ。
小僧司令官は、華麗に空中を舞って、ドサリと音を立てて落ちた。
ポカンと口を開けていたお付きの者どもが、慌てて小僧の元に走り出す。
「き、貴様、若様に何てことを。処刑だ。貴様は処刑だ。」
泡を口から飛ばすように、次々と言い出すお付きの者ども。
軍曹殿は、小僧を抱え上げて甲高く喚いていたお付きの者に無言で近づくと、…右足で蹴り上げた。
ガッと叫び声で吹っ飛ぶお付きの者。
主と同じような軌道で、華麗に空中に舞って、落ちた。
辺りが、静まりかえる。
あまりの急展開に、誰もついていけず、誰も動かない。
…
軍曹殿は、クルリと振り返ると、俺らにニッコリ笑った。
そして、良く通る声で皆に語りかけた。
「司令官殿は、不慮の事故により名誉の負傷をされた。残念ながら指揮をとることはかなわぬ。また私より上位の者は…声を上げられぬほど喉を痛めているようだ。よって最先任である私が責任をとって指揮をとる。わがギルドは、一般人を守りながら撤退する。臨時第一小隊から撤退開始。」
つまり…軍曹殿は、こう言っているのだ。
今回の全ての責任は私がとる。と。
…なんてことだ。
スカッと胸がすく思いだぜ。
行動といい、覚悟といい、こんな真っ当な人は、今までみたことない。
まるで、嫌な空気を、全て吹き飛ばす暴風のような人だ。
さっきまで、閉塞して息苦しいほどだったというのに、あっというまに何もかも吹き飛ばしてしまった。
自分よりも、圧倒的に歳下で、少女であるにかかわらず、心震えるほどに、崇高な気持を抱くようになった。
…痺れたぜ。
まったく、なんて人だ。…なんて人なんだ!
世の中、まだまだ捨てたもんじゃない。
この後、軍曹殿は、殿を務めてスラム民を最後まで守り抜いて、撤退戦を成功させた。
軍曹殿の右手の甲には、今でもスラム民の子供を庇った時の傷が残っている。
この時のスラムの民は、今では都市内外のあちこちに散って暮らしているが、以来、軍曹殿は救世主として崇拝されているらしい…。
[後日解説]
この後、整然とした撤退により、重軽傷者を出すも、奇跡的に死者はゼロであった。
依頼は都市民の防衛であったことから、依頼は達成扱いされ、都市長官から依頼料が振り込まれた。
指揮を取った軍曹は、ニルギリ家長子から暴行の訴えがあったが身内以外の、その場にいた全員が暴行は無かったと証言した為、不問とされたが、ニルギリ家の圧力により不敬を問われ降格処分とされた。
有力他家の権力によりニルギリ家の圧力が相殺されない限り、今後、この軍曹の昇任はないと思料された。
またこの時、戦いに参加したギルド員は、ニルギリ家の影響の強い迦楼羅ギルドを離れ、別ギルドにほとんどの者が移籍した。
また噂を聞いた他の実力あるギルド員も、離れた為、迦楼羅ギルドは衰退の一途を辿り、事実上の倒産、閉鎖となった。
また、移籍したギルド員により、臨時に指揮を執った一軍曹の噂が拡散され、事実に基づいたテンペスト伝説が生まれた。




