ダルジャン・ブルーの憂い(中編)
少し、アールグレイ少尉殿の事をお話ししたい。
良いだろうか?
少尉殿とは、ハクバ山探索の依頼で初めてお会いする事ができた。
お会いし、勝負し、ご一緒に生活するにつれ、私の少尉殿への敬愛の念は、深まった。本当です。
そして、なんと一緒のテントで寝ることさえ、出来たのだ。
少尉殿の御御足のなんと小さくてスベスベしてて可愛いことか。毎晩鼻血が出そうで、興奮して寝付けないのが困りました。
万華鏡を覗くように、毎日がキラキラと変わりゆく美しい少尉殿を見ることが出来る、幸福な日々でありました。
ハッキリ言って、少尉殿の素晴らしさ、私の少尉殿への崇拝にも似た気持ちを語るだけで、本を一冊書き切る自信がある。
いつか書いてみたいものだけど、語ればキリが無いので、残念ながら、この場では割愛させていただく。
学校卒業前にも、少尉殿は、私の後輩だから、同じ学校の何処かに居たはずです。
けれでも、まるで印象に無い。あれほどの美少女で、可愛いのに…不思議である。
まるで、人の目に触れることが無い妖精のよう。
実に惜しい…もっと昔に知り合っていればと、実に残念無念な気分にさせる。
でも、良いのだ。会わせてくれただけで、私は神に感謝したい。
ハクバ山探索の別れ際、少尉殿と連絡先を交換できた。
やった!これほど嬉しいことは、これまでの我が生涯には、ない。
交換する時、ドキドキして手が震えた。
以来、お近付きになる為、私が連絡を絶やすことはない。
少尉殿は、任務に関しては、即断即決、返信も早いというのに、私信では、割とズボラということも分かった。
私が、発信してからの返信の間隔が一定していないし、既読なのに返信が遅い時で、一週間放置もある。
重い女と思われたくないので、再信せず、ジリジリした気持ちで毎日待つ。
少尉殿、放置プレイですか?
待っている間が、心の拷問のようです。ああ、堪りません…私の少尉殿への愛が深くて闇堕ちしそうであります。
本当は、毎日お出迎えしたい。…でも、我慢です。
それは、アールグレイ諸法度違反であるますから。
今は、言葉を交わす程に心の立ち位置が近づくという説を信じて、発信しつつ、会う順番を待つのです。
最近の少尉殿は、週休2日で必ず休日を取る。
仲間と連携を取り、少尉殿を交代で護衛をしているので、間違いはない。
仲間とは、仮称アールグレイ騎士団のメンバーです。
私は、ショコラ様から誘われて、アントワネットと共に入団しました。
事務局長には、ギルドの受付であるダージリン嬢が就任して、団員には優先して情報連絡をもらえる。
そして、なんと、初めて知ったけども、少尉殿にはAFCという後援団体が既に発足して会員数が膨大らしいのだ。
ダージリン嬢は、その後援団体の運営も担っている。
ショコラ様と、序列第一席の座を熾烈に争ったルフナ准尉も、既に入会済みとか。
あの男は、地味だが侮れないと思う。
悪い男では無い、二つ名や彼の噂話しからは、人の良さと実力がうかがえる。
何より、厳しい任務を一緒に遂行した仲間ですから、直接彼の為人も把握している。
それでも、今の彼では少尉殿には、まだまだ相応しくはないと、ちと不満が残る。…精進したまえ、ルフナ准尉。
ぬぬ、でも考えてみれば、私の実力は、彼より序列が下でありますから、私も少尉殿に相応しくは無い?
ブーメランが自分に返ってきました。
…いやいや、断固として否であります。認めません。
そ、そうです。私と少尉殿とは同性でありますから、免除です。武力よりも、愛の深さで有資格者でありましょう。
きっと、そうです。
ある日、昼頃に少尉殿に発信したら、即少尉殿から電話が掛かって来ました。
凄い嬉しいながらも何事?と思う。
ドキドキしながら、受ける。
「…もしもし、ジャンヌ。今、大丈夫?」
ああ、端末を通して、少尉殿の涼やかなお声が聞こえて来ました。
夏の暑い日に、一服の清涼水を飲んだような、涼風に吹かれたような心持ちにさせるようなお声です。
間違いない。アールグレイ少尉殿の銀鈴のようなお声です。
テンションが爆上がりで、嬉しさを噛み締めて返事をする。
「否応も御座いません。私は24時間いつでも大丈夫です。」
「なにそれ?ウケますよ。ジャンヌ。…クスクス。」
機嫌が良いのか、クスクスと小さな笑い声も聞こえて来た。
か、可愛い…胸がジーンとする。
少尉殿の生のお声を聞けた幸せを噛み締める。
少尉殿の用件は、昼食のお誘いでありました。
どうやら、今、同じ恵比寿地区にいるらしい。
なんたる偶然!先程送った、私が恵比寿地区に居る旨の内容を見て、それならば一緒にと電話してくれたらしい。
さっきの私、グッジョブです。
少尉殿は、休日に思い立ち、ここまでわざわざラーメンを食べに来たらしい。
店舗のデータを送ってもらい待ち合わせする。
速足で、約束の店舗前に着いて、少尉殿を待つ。
夏の暑さなどは、全然気にならない。
世界が、輝いて見える。
ワクワクソワソワしながら、少尉殿を待つ。
人を待っているだけなのに、こんな幸せな気分になれるなんて…。
空が、とても蒼い。
少尉殿は、5分と待つ事なく、私の前に現れました。
「あれ?ジャンヌ早いね。待った?」
まるで、気配がしませんでしたので、少尉殿の生声に、ハッと顔を向ける。
そこには、私服姿の普通の少女が居ました。
注目すると、パリンと何かが割れる音が聞こえ、圧倒的な輝きを伴って、私の目前に少尉殿が現れました。
顕現です。まさしく、地上に降りた天使!
しばらく見ていなかったので、その衝撃が強烈です。
な、なんて可愛いの。
視界に映り込んだ少尉殿の可愛い身姿が、私の脳髄に直撃しました。
改めて、少尉殿は可愛いと再認識する。
そ、そうか。少尉殿は、普段、隠形の術を常時掛けてらっしゃるから。
なるほど、さもあらん、もし術を掛けてなかったら、美少女の少尉殿が通るだけで、周辺は大騒ぎになるに違いない。
でなければ、注目されて精神が疲れてしまう。
常時ジロジロと見られるのは、分かるし疲弊するものだ。
よこしまで不埒な考えをする者も出てくることだろう。
おそらく、少尉殿には隠形の術は必須なのであろう。
学校時代、少尉殿と会えなかったわけです。
でも、それは世界からの隔絶を意味する。
少尉殿は、寂しくないんだろうか?
「ジャンヌが居るから、全然寂しくありませんよ。」
気がつけば、少尉殿が目前で私の顔をジッと見られていました。
心読まれた?
「し、…失礼しました。」
少尉殿の御心を勝手に決め付けてしまった…羞恥であります。慌てて謝罪する。
「こちらこそ、失礼しました。」
少尉殿は、クスクスと小さく笑いながら、私の手を取った。
本当に、今日の少尉殿は、ご機嫌が良い。
「ここのラーメン屋、評判らしいです。味玉入り煮干しラーメンが美味しいと聞きました。楽しみです。さあさあ、一緒に入りましょ。」
少尉殿と密集する程に、狭いカウンター席に隣り同士で座り、食券を渡して注文する。
ラーメンの味の評価は省略する。
私にとって味は二の次ですから、食べながらフワフワした気持ちで、お食べになっている少尉殿を見るだけで眼福です。
ああ…尊い。
今ならショコラ様が、仰っていた推しの意味が分かる気がします。
少尉殿は、「味はまあまあですね。」とおっしゃりながらも汁まで飲み干していたので満足だったのだろう。
お顔も満面の笑みだ。
ラーメン屋を出る。
午後は、私は仕事がある。残念ながら、少尉殿とは、ここでお別れである。残念である。まことに残念である。
いっそのこと休もうかしら…?
「ジャンヌ、お仕事頑張って下さいね。最後に、其処の神社を参って来ましょう。よい?」
ああ、推しからの声援は、効きます。骨身に染みますね。
これでは、行かざるおう得ません。
最後に、ラーメン屋を出て、直近右手側にある小さな神社に少尉殿と一緒に参っていく。
私は、作法通り、大きな柏手を打って礼拝した。
少尉殿と仲良くなれるように祈る。
隣りでは、少尉殿が静かに手を合わせて祈っていた。
少尉殿は、笑顔も真剣なお顔も、どちらとも尊い。
駅までの帰り道に、私の作法について間違いないか、少尉殿と違う点が気になったので聞いてみる。
「ジャンヌのやり方で間違いないよ。僕のは、なんと言うか…この地を守っている神様に挨拶しに来ただけだから。神様は、いつも24時間、此処を守って大変だろうから、御社では静かに休みたいかなと思って、柏手は打たないの。いつも人知れず護ってくれてありがとう御座いますと、感謝のご挨拶してるだけだから…。」
目を見開く。
ああ、…また一つ、少尉殿のお考えが分かってしまった。
なんて謙虚で、慎ましく、健気な…。
これで、ますます、私は少尉殿が好きになってしまった。
いったい、少尉殿は、これほど私を好きにさせて、責任は取ってくれるのであろうか?
駅に向かって歩きながら、私に向かい手を振る少尉殿に、私は手を振り返す。
ああ、去っていかれる。
ですが、寂しくはありません。
次の任務では、私が護衛で着く順番ですから、予定は空けてあります。
楽しみですから。