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アールグレイの日常  作者: さくら
赤龍討伐
243/617

激・赤龍討伐戦(陸)

 最初は、遠方の赤い点であった。

 

 …でも、段々と近づいて来ている。


 水面が震え、次いで空気が張り詰めるブーンとした音が、辺りを振るわせた。

 来る…膨大な質量が音速で近づいて、大量の空気がザワザワと樹々を揺らしている。


 そして、それは轟音と空気の塊りと共に、突如来た。


 池の水が、衝撃破で辺りに飛び散り、木の葉が爆散した。

 天空に向けた咆哮の衝撃波の余波だけで、大地がビリビリと震えあがる。

 一陣の風と共に、木の葉と砂煙りが舞い上がった。

 思わず、手をかざして目を瞑ってしまった。



 砂煙りが落ち着くと辺りは静かになった。

 辺りを見渡す。

 …変わりない。


 ただ、陽が陰っている事に気づいた。


 僕は、天を見上げる。



 ん…何コレ?


 それは、まるで、宙に浮いた大岩。

 陽の光りを遮り、真っ黒な天に開いた大穴のようにも見える。

 前世の常識からは、物理的に有り得ない景色。

 それを下から覗き見上げている僕。

 客観的に見ると、シュールな絵面です。


 今世の僕は知っている。

 前世の僕がいて、今世の僕がいる。比べる事が出来、常識の鎖から解き放たれた自由な意識を持てる僕がある。

 うん、信じられないけど…この大岩の正体は、翼を広げ、宙に浮いたままの赤龍ですね。


 「少尉殿ー!」

 ジャンヌの僕を呼びかける叫び声にハッとする。

 繁みから上半身を出したジャンヌの顔が心配そうな顔に見える。脇からアナさんも顔をひょっこり出している。


 そして空では大岩が微かに揺らいでいることに気がついた。

 あれ?もしかして…落ちる?!


 意識より先に身体が走るを選んだ。ダッシュです。

 ジャンヌ達の方へ、全速力のダッシュをかます。

 こんなに本気を出したのは初めて。

 「刮目して見よ!」呟く。

 前に広がるオレンジワールド。….数歩歩いた。

 振り返らない。振り返ると間に合わない気がするから。

 真後ろからは落ちた気配が背中越しに直にした…間一髪です。ゾッとした。


 次いで音と空気圧が、後ろから僕の身体を前へ押し上げる。


 僕は、吹っ飛んだ。


 前方へ吹っ飛び、地面に打ち付けられ、コロコロと転がる。


 そして、ラビットモードの効果が切れた。

 辺りの景色が、オレンジ色から元の色に戻る。


 今の僕は、土と砂にまみれて黄土色一色だろう。

 た、たすかった、の、か…?

 あ、あ、髪まで土砂に塗れて、後で、お手入れが大変です。

 ゆ、許さないぞ、蜥蜴め!



 辺りは、まだ土砂降りです。





 しばらくして視界が晴れる。

 彼奴の姿の全容が見えた。

 10mと離れていない。


 で、でかい。…ちょっと大き過ぎないかしら。

 おそらく身の丈は、20メートルを越えてると思う。

 でか過ぎて見上げる首が痛いかも。

 これ…聞いていた話しの大きさと違いますが…?


 彼奴と眼が合う。

 ギョロリと睨まれる。

 もしかして、僕が魔力線当てたの分かってらっしゃる?


 この様子は、かなり怒ってるようだ。

 怒りが物理的現象となって具現化したような唸り声が聞こえて来る。


 ボ、ボク、ワルイアールグレイジャナイヨ。


 重厚でリアルな迫力に、言い訳しながら思わず下に眼を逸らす。


 ん?…ふと見た彼奴の肌艶が綺麗な事に気がついた。

 まるで今生まれたような…柔らかそうな綺麗な肌艶です。

 爬虫類の癖に生意気な…って、あ!あー!


 脱皮だ。

 動かないと思ってたら、彼奴め、脱皮していたんだ。

 脱皮したてで肌は、まだ柔らかい。

 だから、魔力線如きが当たった程度で、痛くて怒ったのか。


 そうなの?


 尋ねるように見上げると、赤龍と又、目が合う。

 YES、YES、YES。…と言ってる気がする。

 こいつは、執拗に魔力線を撃ってきたのが僕であると分かっている、魔力の質で区別してるのですか?


 それで、僕に気がついて、僕を踏みつぶすが如きに着地したのかもしれない。

 殺意ありありですね。


 おそらくながら、魔法陣にも気づいていた。

 人間如きの魔法など問題無しと踏んだのだろう。

 それでも空から大質量が着地した事で魔法陣を構成する文字、記号、図形は消えて用をなさない。

 計画的犯行?

 わざとならば、人間並みには知能があると見ました。


 でも、それは人間の悪辣さを舐めすぎです。

 

 「アナスタシア准尉、今!」

  僕は、叫ぶ。


 繁みから出たアナさんが、素早く手印を結び、呪文を高速詠唱して、呪縛を完成させる。

 ナスカの地上絵の如く広範囲に広がる魔法陣の各所から、暗紫色の光りが飛び出して赤龍に巻き付いていく。

 描いた魔法陣が一つとは限りません。


 これは保険です。

 準備というものは失敗折り込み済みで二重三重にしておく。

 複数のルートを、あらかじめ策定しておく。

 当たり前です。説明するまでも無い自明の理。

 怒りの感情に任せて突っ込んで来た時点で、僕達に主導権を彼奴は渡してしまった。


 複数に編み込んだ魔法陣からの暗紫色の光りの呪縛が、ビルディングのようにそびえたつ赤龍にゴムのように彼方此方から巻きついていく。

 うんうん…アナスタシア准尉、頑張って下さい。

 脱皮して、2倍近く大きくなってたのは予想外だったけど、意外と早くかたがつきそう…。


 赤龍が咆哮する。

 天をも轟く大きさで、空気が振動し、大地まで揺れに揺れた。

 アナさんの表情が苦しそうで、印を組んだ両手が震えています。

 赤龍を見れば、彼奴を縛る呪縛の何本かがブチ切れています。


 あれ、これは、…まずいかな?


 「騎士隊、前へ!」

 アナさんに、指揮する余裕が無いので、僕が指揮を代わり、騎士ーズに合図を出す。

 「へいへいへいー!」「やったるで!」「えっさっさ!」「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。」「あらほらさっさ。」「アナちゃんの悶える姿たまらんのう。」「腰が痛いのう。」「老人虐待じゃ。人使い荒いわい。」「無駄じゃ、無駄じゃ。」

 それぞれ、言いたいことを言いながら、空馬を駆り、赤龍の上空へ飛び出していく騎士ーズの爺様達。

 二ヤード君とアヒージョさんを上空に残したまま別にして、赤龍の上で円になりグルグル回りだした。

 爺様達の鎧や空馬には、地上と同じ呪縛の魔法陣の模様が描かれている。


 これは、鎧と空馬を介した空に描かれた簡易の魔法陣です。

 

 二つ目の保険です。

 保険は、いくつ掛けても構いません。無制限です。

 掛かっているのは自分や仲間の生命ですから、事前の作戦会議は皆、真剣でした。互いのエゴのぶつかり合いです。遠慮は無し。だけどそれが良い。僕も自分の主義主張を押し通して、爺様達に呆れられました。でも掛かっているのは貴方達の生命なのですよ。と言ったら黙ってしまいましたけど、自慢の空馬や鎧に呪文を描くのを許してくれました。


 二ヤード君が空馬に騎乗したまま、高速詠唱して呪印を組む。やり方が、お姉さんにソックリです。流石姉弟です。

 騎士ーズの爺様達の身体が空馬ごと光りだし、暗紫色の光りが地上へ降り注ぎ、上から赤龍の巨体に巻きついていく。

 空と地上の二方向からの呪縛です。


 どう?赤龍よ、これは、流石に動けまいに?


 赤龍の眼が光り、咆哮が轟いた。


 騎士ーズが構成していた魔法陣が歪む。

 空から爺様達の悪態吐く声がする。

 遠いので悪態内容は分からないけど、呆れた元気さだ。


 しかし、これは呪縛は長く持たないとみた…。

 

 隣りにジャンヌが槍を構えて立つ。覇気が全開で凄い。震えそうな程です。

 そう、僕達の出番ですね。

 赤龍が、空に飛び立てぬうちに何とか始末しなければ、僕達の負けです。

 赤龍に空から各個撃破され、蹂躙されて全滅です。


 これは、龍と人との生存競争なのです。

 より悪辣な方が、今世に生き残る。

 そこに、甘えは妥協は付け入る余地はありません。


 かわいそう?

 希少種の保存?

 

 前世の世界の認識の甘ぬるさを思い出し笑ってしまう。


 もし、赤龍に知られたら、なんて珍妙な考えを持つ生き物だと笑いながら人類を殺していくことだろう。

 そんな、考えは、赤龍に対しての侮辱に他ならない。

 僕達は、対等に赤龍と戦う。

 僕らは対等だ。


 かわいそうだとか、保護だとか、そんな考えは人類の傲慢に過ぎる。


 ジャンヌが、僕を見る。

 僕は、頷いた。

 一番槍は、ジャンヌに譲ってもよい。

 僕自身が保険。まずは赤龍の後方に周り込む為、走りだす。

 同時に、ジャンヌも走り出した。



 

 

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