激・赤龍討伐戦(伍)
待つ。
…
赤龍を待つ。
まだ、奴は来ない。
…
昼食。
藪蚊に喰われながら、藪の中で、配給されたレーションを水で流し込む。
…マズイです。
予算が無いので、都市軍からの賞味期限が切れた払い下げ品だとか。
支給された食べ物に文句はつけたく無い。
だが、僕は、今世、人生を謳歌しようと決めている。
人生は短いのだ。その人生のうちの一食が、このクソマズイレーションです。
いったい誰のせい?
怒りが沸々と沸く。
アナさんや二ヤード君、ジャンヌ、騎士のオッチャンらのせいではない。無論、僕のせいではない。
いったい誰のせい?
それは、騎士団を発足、赤龍討伐を決めた誰かだ!
僕は、自分の心に銘記した。
この責任は、必ずいつか取らせてやる。
心が狭いと言う勿れ。
それほど軍隊にとって補給は大切なものなのです。
そして、僕のお腹にとっても大切なものです。
補給を軽視する軍隊は、最終的に負ける運命にある。
既に、待ってから二時間が経過している。
考えてみたら、searchに反応ないなら、来るはずも無い。
アナさんに、僕の能力を説明して、一旦警戒を解除してもらう。
しばらく休憩です。
赤龍が、今日に限って巣から動かない。
何て気まぐれな…こちらの都合も考えて欲しい。
僕ら…僕とジャンヌの契約は、今日一日だけです。
どうも、このような契約内容になったのは、アナさんが、ギルドの交渉窓口相手に値切りにねぎった結果、一日限定という制約付きでレッドを受注するに安値で契約出来たんだとか。
うーーん、契約は絶対です。
契約とは双方の自由な意思の元、行われるから、その契約内容は遵守しなければ、なりません。
逆を言えば、自由な意思ではない契約は、契約とは言えず守る必要はありません。
そう言えば、信じられないことに、前世では強制契約が存在していました。
無理矢理、契約と称して金を徴収していく。
それは強盗と変わらないし、道理に反します。
目的の為ならば、手段を選ばず的な、そのやり口は、悪い意味で宗教がかっていました。
十字軍が神の名において何をやったのか?
聖戦と称してイスラムが何をやったのか?
事例として出しましたが、どんな主張をも、正当化は出来るし、理屈を構築するは可能だと言いたい。
それでも無理があると、やはり聞き苦しい。
強制契約は、どう考えても無理がありました。
強制的な契約は、奴隷と変わりません。
奴隷契約と同じです。
契約と言う名の鎖で縛り、一生涯搾取され続けるのです。
契約の是非が問題ではないのです。
この鎖を、自己の自由に外せないのが問題なのです。
また、人の自由に反した強制契約は、自由な契約を前提にした商業の根底にも関わる。何故なら強制契約が有効ならば商業経済自体が成立しませんから。
今世の世界では強制契約は、契約と見せかけて、人の自由を無視し、金員を強取する犯罪です。
同じ都市民を食い物にしていると忌み嫌われ、文明崩壊の一因となった、この犯罪に相応する罰は、死刑以上の重罪です。
僕の前世の世界は、今世から見たら超古代ですから、現世と比べたら、人類も社会も未成熟で、未だ発展途上だったから、奴隷契約が有効であると騙されたりするのも仕方ないのかもしれませんね。
脱線しました。
前世では、自由を尊重するのは建前だけで、本当の自由はありませんでした。鎖が縦横無尽に張り巡らされた息の詰まる世界でした。
今世では、自由は自分の実力、努力次第であるから、実に自由な空気を満喫できます。
厳しくも儚い…でも何処にも鎖は、存在しない。
空気が、美味しいです。生きていると感じる。
僕は、自由だ。
だから、今世は自分の意志で、頑張ることが出来る。
今回の問題も、前世だったら、放置して時間経過を待ち、帰っていたに違いない。不自由だから、責任は無いから、前には進まない…当たり前だ。
自由意志も権限も予算も人材も資材も時間も場所も何も無いのに出来るわけがない。最低限処理するだけで、意志が磨耗して終わりです。
でも、今世では、僕の意思は自由であり、身につけた技能や実力がある。
だから、進むべき道を一つ考えてみようと気になる。
赤龍が、何故来ないであるか不明ですが、来ないのであれば、来る気にさせれは良い。
こちらから、行くことは不可能?…うん、不可能ですね。
ならば、赤龍に来るようお手紙を送れば良いかな。
ああ、searchの魔力を絞り、圧を上げて赤龍にぶつけてみれば、如何なものかな?
これみよがしに、ぶつければ、怒って来るのでは?
うん…思いつきだけど、試すことに価値がある。
この部隊の事実上の指揮官であるアナスタシア准尉に意見具申してみる。
アナさんから、約50km searchを飛ばせる事自体を疑問視されたけど、出来ることは出来るのです。
騎士ーズの爺様達から、「そんな 高出力なsearch聞いたこと無いぞ。」と反対意見が多数噴出する。
心の中で、うるさい、老害共!と一喝するも、言葉では「五月蝿い!老害共!ならば、代案は?反対するならば代案を出せ!」と笑いつつ優しく説き伏せる。
喧々諤々するも、最終的にアナスタシア准尉の決断により、案は承認された。
そして、僕は、一人、魔法陣の中央に立った。
よし!自然体の姿勢から、高出力レーザーの様に魔力を絞り上げ、一瞬の音と光を残し…魔力線を撃ちだした。
可視光線と化した魔力線が、タンザニア山系方面へ伸びていく。
…
…
…
…着弾、反応あり。
続いて、第二弾。…着弾、反応あり。
続いて、第三弾。…着弾、対象が飛び立つのを確認。
続いて、第四弾。…反応なし、避けられた?!
むむ、爬虫類の癖に生意気な…。
対象、接近中。
第五弾、第六弾、第七弾、連続発射!…2発着弾。
対象、急速接近中。
第八弾、第九弾、第十弾、連続発射!…1発着弾。
対象、更に急速接近中。
もはや、音速に近い。
「ど、ど、どうなったの?」
慌てた様子で聞いて来るアナスタシア准尉。
安心させてやる為、早速敬礼して成功報告する。
きっと、アナさん喜ぶぞ。
「お喜び下さい、アナスタシア准尉、大成功です。魔力弾でこずいてやりましたら、奴め、怒って、こちらに音速で向かって来てます。数分後に到着予定です。」
ニッコリ笑う。
アナさんは、しばらく目を剥いたように見開くと、周りに怒号とも取れる指示を素早く出す。
「怒れる赤龍が来るぞ!対空砲火準備!位置に付け!まずは隠れろ。指示を出すまで隠匿と防御に徹しろ!アールグレイ少尉は、魔法陣の中央に位置して赤龍を引きつけろ!ダルジャン准尉は、私と一緒に繁みで待機。」
「いやじゃ、死にとうない。」「逃げ、逃げ、腰抜けたー!」「助けてくれー!」「あわわ、どっちだ?こっちだ?」「突撃じゃー!赤龍何処ぞ?」「最後じゃ、この世の終わりじゃ。」
騎士ーズの爺様達が、あたふたと動き出す。
従士達が、黙って砲撃の所定位置に隠れて、二ヤード君やアヒージョさんも、スーと隠れて気配を消す。
ジャンヌが躊躇したので目線で「僕は大丈夫、アナさんを頼んだ。」と伝達すると、アナさんと一緒に繁みに隠れてくれた。
うんうん…素晴らしい指揮です。
アナスタシア准尉は、前線指揮官の素質ありますね。
見事な手際な指示出しに思わず拍手する。
拍手後に、誰もいないシンと静まり返った三ツ池に、僅かな振動が聞こえて来た。
…来ましたね。
続いて、水面が振動に揺れる。
目を細めて、タンザニア山系方向を見ると、赤い点が見えた。