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アールグレイの日常  作者: さくら
赤龍討伐
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氷雪のアナスタシア(中編)

 私の心には、いつも雪が降っている。

 眼を閉じれば、薄墨色の背景に、音もなく雪が舞い落ちている風景が浮かび上がる。


 私の御先祖様は、北から海を渡り、このトビラ都市にやって来たという。

 私達姉弟の白銀色の髪と極寒色の瞳は、その名残りだそうだ。海の北側の大陸は雪と氷に覆われて、息を吐けば凍り、水を飲めば内臓が凍りつく極寒の地だ。

 私達の先祖は、そんな過酷な環境を生き延びて、私達に命を繋いでくれた。

 私の代で絶やしては、御先祖様に顔向け出来ない。

 眼を閉じれば浮かびあがる心象風景は、きっと御先祖様が見た北の大地の記憶が、私に受け継がれたのかもしれない。


 眼を閉じて、心象風景の降る雪を見守る。

 高ぶった感情が落ち着いていく。


 私は感情には左右されない。

 何故なら感情的な者から先に死んでいくから。


 数年前に学徒動員された、トビラ都市北方の衛星都市の更に北に位置するミヤマエ防衛戦では、感情に左右される者から消えていった。

 この戦で、私が消えれば叔父上の思い通りだったろう。

 だが、私は生き残った。

 防衛は成功し、襲撃者達は退いたが、この時の軍の士官、兵士含めた消耗率は、50%を越えた。

 つまり、参加した軍人の2人の内1人は、この世から消えた事になる。

 恐るべき数値だ。これで本当に勝ったと言えるのだろうか?

 数値が伸びた要因は、単純に敵が強かったせいもあるが、士官の無能のせいでもある。

 真の敵は、味方にいることを知った。

 終わってみれば、感情を統制出来ない未熟者は、自然淘汰されていた。だから、半分以下になった私達の同期で無能は、ほぼいない。

 チラリと、今は無きお調子者の同期を思い出す。

 ズキリと胸が痛い。




 現状を冷静に認識する。

 人材も調達せず予算も出さないのに下命だけが来るとはあり得ない。あるのは、私が伝手で、ようやく借り受けた一個分隊だけ。

 一時、あまりの理不尽な現状に取り乱してしまったが、大丈夫です。


 上が無能のクソ野郎なのは、一般社会では、ありふれた話しで、感情を乱しても、何も解決はしない。

 学校を卒業した仲の良い先輩が、会った時によく愚痴って言るのを聞いていたことがある。

 …これが、社会の当たり前なんだ。

 或いは、またも叔父上の計らいなのかもしれない。

 だったら、尚更負けられない。

 正は不正に屈しないのだ。

 

 唇を噛み締める。

 止まっていては、何も解決はしない。

 私は、着替えて走り出した。

 ゆっくり走りながら考える。


 ニルギリ家は、予算も人材も出さないのに場所だけは提供してくれた。

 最も、郊外の原野にバラックのような屋根の付いた倉庫と、雨宿りは出来そうな古びた棟が一棟のみ。 

 これでは流石に叔父上と若僧の執事も横領出来ようがないな。


 はははっ…。

 今の自分の無様な窮状に笑ってしまう。


 夢と希望を持って士官学校を卒業したのに、最果ての地へ、一人だけで赴任したような心持ち。

 これでも、私は士官学校では、常時10番以内に入るほど優秀だった。

 しかし、現実は、これだ。

 優秀だと思っていたのは、自分だけだったのか…これではただの痛い子だ。

 どちくしょーめ!

 走るスピードを上げる。


 感情を昇華させ、同時に冷静な深奥な部分で沸々と、状況分析と問題点と洗い出し、何度も繰り返し思考錯誤する。



 …




 草を刈り取られ開かれた原野を、10周する頃には、考えはまとまった。


 …業腹だが、またも他人の廻しを借り受けるしかないとの結論を出す。

 おそらくながら、今回の下命の成功の可否が、私の人生の分岐点になる。

 成功すれば、生き残る。

 失敗すれば、没落して消えることだろう…。


 今まで蓄財した私の資産全てを賭ける。Bettだ。

 実力と規律に定評のある西ギルドで、赤龍討伐可能な騎士級のギルド員に依頼すると、私は決めた。


 私のこれからの運命は、名も知らぬ依頼を受けたギルド員に掛かることになる。

 分かっている。これは賭けだ。

 自分の運命を他人に委ねるとは…実に不本意だか、考えに考えた末に、これが一番生き残る確率が高いのだ。


 息が上がり、走り終わった私は、汗を拭き、制服に着替えて、西ギルドへ向かった。

 さあ、ギルドの受付で、直接交渉です。

 何せ受けたギルド員で、私の運命は変わるのだから。



 ギルドでの交渉の状況は割愛するが、ギルドの受付は恐るべしの印象を持った。

 手玉に取られ、状況を逐一話す目に合いました。

 最初は優しそうな言葉使いに油断し、あれよ、あれよと言う間に、こちらの思惑は丸裸にされ、…降参です。


 なんてこと…世界は広い…はたまた、実は私の能力は、そんなに大したことは無いのかも…自信喪失ですよ。


 ダージリンと名乗った受付嬢は、それならば当ギルド一の人材をお回ししますと、ニッコリと笑顔で請け負ってくれた。

 但し、依頼料は高いので一日限定の契約。

 成功の可否は問わずで、あくまでも騎士の代行とした事で料金を安く抑えたことで、なんとか私の資産内で収まった。


 但し、一日で赤龍討伐出来るかは賭けだ。

 受付嬢は、9割の成功確率を予想し、残りの1割が当たったら相当運が悪いから、とリスクまで説明してくれた。


 私が正直に現状を話したことで、心象を良くしたらしく、凄腕を廻してくれるとの説明に、ちょっとホッとする。


 人事は、尽くした。

 後は、天命を待つのみ。




 自宅に帰り、両親が残してくれた黒山羊様の像に手を合わせて拝む。

 どうか、私を救けてくれるギルド員を引きますように。

 


 

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