激・赤龍討伐戦(肆)
アナスタシア准尉から、これからの予定について説明を受ける。
准尉が、赤龍の行動パターンを解析した結果、昼頃に、この先にあるツルミ村の三ツ池に来る可能性が高いという。
水を浴びている目撃証言があるとか。
襲撃場所は、ランダムで特定不可。
この場所で、迎え撃つと決めた根拠であるという。
かなりの強行軍で、昼前には到着した。
朝早くから即発したのは、昼までに到着する為ですか。
それなら、車を使えばよいのにと思うけど、騎士団だから車両を使用しないというのは表の理由で、予算が無いというのが真の理由です。
主計担当が言うのだから、間違いないです。
空馬も個人の持ち込みらしいです。
んん…考える。
すると、公爵様の下命で、騎士団発足はするけど、予算が絶対的に足りないと。
無ければ、どうするか?
…借りてくるしかない。
しかも、維持費や人件費も浮かせたいならば、既にある部署から兼務で借用するしかない。
人材の錬金術です。
うわ…最低です。
負担を現場に押し付けてるだけです。
つまり、この騎士団は、全部借り物で成り立ってるだけの空中楼閣騎士団ですね。
砂上の楼閣とも言う。
組織には無駄は人材は、基本いません。
それなのに、其処から人材を抜くとしたら。
抜かれた人材は、まだマシで、後に残った方がマジ大変です。それが常時行きっぱなしで、帰って来なかったら、いったいどうなってしまうのだろう?
うんうん…大変ですね。
引き抜かれて人が居ない職場に居残る人らの心情を思うだけで、僕の胃の腑が重くなってきます。
合法的な人攫いですね。
事実上の人攫いなのに、合法だからタチが悪い。
「引き抜かれた後の部署は、大丈夫なんでしょうか?」
アナ准尉に、なんと無く質問してみた。
心情的にどう思っているんだろうか?
「…知りません。」
顔を背けながら、のたまう。
わ、…知ってるよ、この人。人が抜けた後の大変さを知ってる。
前世、一時期、ワークライフバランスという言葉が流行った。
あの時も、ドンドン人が抜けていった。
該当せず、その恩恵を被らない僕達は、抜けた人らの分まで働いた。他人の仕事まで請け負う大変さは、骨身に染みるほど堪能した。
この制度の肝は、人が何人抜けても籍があり続けることだ。
つまり、人がいなくなっても補充が無いのだ。
該当した人達の、気楽な物言いと笑い声…この温度差は、何だ?彼らが悪い訳ではないのは分かっている。単に制度を利用しただけだ。しかし、抜けた彼らの仕事はいったい誰がするのか?殺意さえ覚えたが、実行する気力も無い程に疲れきっていた。
だから、僕は綺麗事の言葉に、今でも嫌悪感を抱く。
理想などは各々の心の内に秘めて置けばよい。
まずは現実を見て欲しい。
数字で帳尻を合わすのは止めて欲しい。それは現実を誤魔化してるだけ。
いくら数字のマジックを使っても、現実は変わらないのだ。
アナ准尉は、見るからに後ろめたい顔をしながら、僕の方に振り向く。
「私自身も、軍士官学校を卒業と同時に、出向を命ぜられました。夢と希望を持って卒業したというのに。現場に着けば私一人だけ…予算も人も無いのに騎士団を発足させよと無理難題を下命されました。何かを為すには、最低限、予算と人材は必要不可欠なのは、子供でも分かるだろうに…どちらも無いなんて、どうなってるんですか?巫山戯るなよ!バカやろー!無から有を造りだせるわけないだろー!錬金術師を雇えー!」
アナ准尉の魂の叫びが、青空に木霊した。
突然、切れたアナ准尉の声に、後続の騎士達の雑談も途絶え、辺りは静まりかえった。
二ヤード君も、びっくりした顔で騎馬の歩みを止め、振り返って、こちらを見ている。
アナ准尉は、ゼーハーゼーハー肩で息している。
涙目で、目の下の熊さんが、際立っている。
あー、…ごめんね。
別に、アナさんを責めたわけではないんだよ。
僕も、気持ちが分かるだけに、何だか居た堪れない。
この場の誰も悪くないのに、阿呆が決めた負担は、いつでも現場が被る現状は、前世から変わっていない。
アナさんを泣かした責任は、決定権者に取ってもらわなくてはならない…僕は、そう心に銘記した。
この時、後方から騎馬が一騎、僕らの方に寄って来た。
「あいやー、待たれい、おのおのがた、ひらにひらに。」
寄って来た騎士は、先程searchでヒットした黒星三のオールラウンダーの方だ。
「うむ、我々は、これより村人達を苦しめる悪龍を退治する為の一行で御座れば、仲違いはいかんのう。しかも綺麗なお嬢さん方が悲しみにくれるとは世界の損失。ほれ、アナスタシア嬢が頑張ってるのは皆分かっとる。ほれ、スマイルスマイルじゃ。」
面体を外し、こちらを見た騎士の顔は、60歳は悠に過ぎている髭面の爺様でした。柔和な顔で格好も騎士というより侍武者です。
「ギルドの方々、わしの名は、アヒージョ・フォー。この度、衛士隊を定年退職になり、衛士隊に給料半額減の日勤のみとして再就職のところ、騎士団派遣を命ぜられ来た者じゃ、よろしゅうにな、がはははは!」
アヒージョさんの出現により、嫌な雰囲気は有耶無耶に散ってしまった。
兎に角、使えそうなのは、クス姉弟とアヒージョさんとジャンヌと僕の5人だけで、算段を着けるしかない。
早速、作戦会議です。時間もないですから。
僕らは、赤龍討伐して、夜には都市に帰らなくてはなりません。何せ一日分しか報酬を貰えない契約ですから。
会議途中、他の実力無きグリーンレベルの騎士擬きが、アレコレと分けの分からぬ策を出し、マウント取りに口出しして来たのを、「実力無き者は口を閉じてろ!」と二ヤード君が、言ってしまったのを、アヒージョさんが、「まあまあ、まあまあ!」と、わけが分からぬうちに納めてしまったり、いつの間にか、騎士達と仲良く肩を組んで、酒?らしきものを注いだりしている。
むむ、この爺さん、只者じゃない…火猿師匠なみの胡散臭さの癖者です。
たまにいます。人生経験に裏打ちされた洞察力と諦観と覚悟が闇鍋になったような善い加減な人。
ちょうど良いので、任せておく。
作戦は、赤龍が水浴びに来たら、池の近くに繋がれている牛に気づく。
食べようと近づいた処で、地面に描かれた魔法陣による呪縛が発動。
騎士ーズが、飛び出して赤龍の上空を蓋して絨毯爆撃。
従者達による、赤龍を囲んでの援護射撃。
最後に、直接攻撃。上空からは、アヒージョさんと二ヤード君が、地上からは、僕とジャンヌが攻撃して留めを刺す。
アナさんは、呪縛の強化と援護に徹してもらう。
以上、決まりました。
影の騎士団長アナさんの指示の元、牛さんを中央に杭を打ち込んで紐で繋ぐ。周りに、魔法陣を描いていく。
….準備完了。
後は、藪に隠れて、赤龍を待つだけです。
待つのは、性に合いませんが致し方なしです。