続・ペコーの休日(中編)
「まず、自己紹介させていただきます。私の名前は、ペコー。孤児院育ちなので、家族名、氏族名はありません。ただのペコーです。この名前は前の院長先生が名付けてくれて、私だけの唯一のもの。私の財産です。由来は分からないけど結構気にいってるんですよ。私は、今、初等部の8年生です。これでも特待生で学費免除、無返還の奨学金も頂いてて寄宿舎暮らし、休日や放課後のバイトで糊口を凌いで、何とか生活出来ています。問題は、卒業後の進路についてなんです。」
まずは、私をお姉さんに知ってもらいたい。
立板に水の如く、自己紹介です。
すると、お姉さんも名前を教えてくれた。
「私は、アールグレイと申します。」
そうか…お姉さんの名前は、アールグレイというのか。
心の中で何度もアールグレイと呟く。
何だか雅なお名前な気がする。
その後、早速悩みを話す。
「再来年には学校を卒業するのですが、本当は、ギルド職員では無くて、ギルドに登録する冒険者になりたいんです。有名な冒険者録を読んで、憧れました。なんて自由で華々しい冒険の数々。最近のお気に入りの話しは、何と年若い女性のブルーが都市防衛の折りに、民や部下の為、自分の身を顧みずに悪辣非道な司令官をぶっ飛ばした下りは、読んでいて胸がすく思いがしました。弱きを助け、強きをくじく。まさに彼女こそ、風と形容される冒険者に相応しい。痺れます。憧れます。」
話しているうちに、多少興奮してしまいまして、自然と手足も使ってオーバーアクション気味になっちゃいました。
「しかしです…。」
でも、ここから先テンションは、下がります。
お姉さんに、私の恥を晒すようで、話しにくい。
お姉さんに嫌われたくはない。
お姉さんを見ると、優しげに、うんうんと頷いて、私をみてくれている。
…勇気を出して話し始めます。
「しかしです…私は、強くも無ければ勇気もありません。他の学生と対戦しても負けてばかり…弱いのです。これでは、人を助けることなど出来ません。教官からは致命的にセンスが無いと言われました。なにより、私には勇気がありませんでした。さっきも、お姉さんがニルギリさんを颯爽と助けに行ったのに、私は、ここでオロオロしながら見ていることしか出来なかった…私には冒険者になる実力も、資格すら無い。」
話し切りました。
お姉さんの方を見る。
「ペコちゃんは、冒険者になりたいの?」
お姉さんが問うて来たので、私は頷きました。
「なら、問題無い。なっちゃいな。」
そう一言いうと、お姉さんは遠くを見つめました。
夏の陽射しが眩しく、蝉の声が相変わらず鳴り響いています。
ここのベンチは木陰になっていて、たまに風が吹き抜け、涼しい。
お姉さんは、蝉の声に耳を傾けて懐かしげにリラックスしているようだ…まるで相談の回答が終わったかのように。
いやいや、そんなこと無いでしょう
だって、一言しか言ってないよ。
だから、私は待った。
それなのに、お姉さんは旅人がオアシスで休憩してるかのように、たまに吹く風に気分良さそうにしています。
そのうち、目を細めてウトウトし始めました。
え!嘘、まさか、本当に終わりなのですか?
まさか…!
私は、お姉さんをマジマジと見る。
うっ、…リラックスしているお姉さんも可愛い。
いやいや、違うでしょ。
ここで、お姉さんと目が合う。
ああ、目が合っちゃった…何てキレイでイキイキとした瞳なんだろう。
優しげで、全てを赦してくれるような瞳です。
す、吸い込まれそうで目が離せない。
動悸と息切れがします。
身体がポカポカして暖かい、上気して頭が沸騰しそうです。
胸がキュンとして身体の奥がムズムズします。
な、何だろう…この気持ちは?
は、初めてです。
ドキドキして堪らないのに、嫌な気持ちではありません。
もう、何だか辛抱堪りません。
そんな私の気持ちも知らずに、お姉さんは私から目を離すと、考えこんでるようで、リラックスモードなのは変わらずですけど、表情が少しづつ変わっています。
そして、おもむろに話し始めました。
「ペコちゃんは、冒険者になる意志がある。冒険者になる資格は、それで十分です。」
うん…つまり、私には冒険者の資格ありと、お姉さんは認めてくれたのですね。
身体中に承認された喜びが満ち溢れる。
うん…それで?
私は、お姉さんを見つめる。
「冒険者になる人は、いろんな動機の人がいます。僕は、安定した収入の割に、自由に仕事を選ぶことが出来るから選びました。人生は短い。意志があるなら進んだ方が良い。進まないで後悔するより、進んで後悔する方がまし。先程進もうとしない理由を上げてたけど、何事も進むに際し、抵抗、壁、問題あるのは当たり前。止める理由にはならない。止めるのは、あなたの意志次第。」
つ、つまり、GOですね。
お姉さんは、私に進めとおっしゃっているのですね。
着いて来なさいと。
でも、ここで、私は現実を思い出す。
私の百戦百敗の実力を。
「弱いのを自覚出来ていて悩んでいるのなら、既に問題は半ば解決している。問題解決に一番重要なのは、気付きと着手、悩んでいるのは既に、気付いて、問題解決に着手しているから。あとは方法を考えついて実行するだけ。僕も学生の頃は、全員と戦って全員に負けた。…ならば、勝つ方策を模索しなければね。」
え!…前人未到の記録を打ち立てた先輩って、お姉さんだったんですか?
そっかぁ…お姉さんは、学生時代、私と同じ位弱かったんだ…。同じということが少し嬉しい。
お姉さんが初代で、私は二代目ですね。
でも、お姉さんは、そこから挽回出来たのだろうか?
お姉さんの言葉は信じたいけど、言うのは易し、行うは難しです。
でも、ニルギリさんを救けた手際は見事だった。
しかし、それでも私はお姉さんの言葉の裏付けが欲しい。
だから、私はドキドキしながらお姉さんに聞いた。
「お姉さんは、勝てたの?」
お願い…嘘でも勝てたと言って。
言ってくれれば、私は、その言葉を糧に頑張れる。
お姉さんは、ただ黙って私の顔を、見つめ返した。
お姉さんの真剣なお顔….ああ、素敵。
…良く見ると、ほんの微かに口元の口角が上がっている。
あ!…勝てたんだ。
お姉さんは有言実行して、勝ったんだ。
先人がいた。
それは、まるで暗闇で航行する船から見た灯台のよう。
私には、それで十分だった。
残る問題は、私の勇気です。
こればかりは、お姉さんでも如何ともしずらいに違いない。
でも、お姉さんは、私にこんな回答をくれた。
「ペコちゃん…他人を救けるのに勇気は必要無いよ。僕は勇気があるから先程助けに行ったわけでは無い。単に救けたいから行っただけ。救けに行くのも行かないのも僕の自由だから。自分が手に負えないのに行くのは無謀だし、逃げても恥では無い。それを他人がとやかく言うことでもない。自分が、今出来る事をすれば良いと思う。だけど選択肢は複数あった方が自由で良いよね。その為に毎日何をするべきか?悩む暇は無いんじゃないかな?結果は、いつでも後から付いてきます。」
勇気とは、後から付いて来るもの。
その回答は、私には衝撃でした。
そっかあ、最初は勇気が無くて当たり前だったんだ。
私は勘違いしていた。
勇気とかの心の徳は、最初からあるものでは無くて、私自身と一緒に育んでいくものだったんだ。
私のコンプレックスが粉微塵に砕け散りました。
風が吹き抜けました。
木陰に居ると、本当に風が心地良い。
なんて清々しい気持。
周りの景色が今までと違い、夏の光りに満ちた美しい世界へと変わって見えます。
心の有り様で、世界が変わる…。
それを、まざまざと見せつけられました。
私に、こんなことがあるなんて…。
世界は、何て未知に満ちているのだろうか。
そして、自分が如何に小さいか痛感しました。
世界が変わった驚きに興奮してると、隣りからお姉さんの眠そうな声が聞こえて来ました。
「ペコちゃん、僕、少しだけ寝ますね。」
隣りを見ると、お姉さんが、うつらうつらしています。
そして、宣言通り寝てしまいました。
スースーと寝息が聞こえます。
あわわ…こんな無防備な!
私って、信用されてるの?
ああ、こ、こんな間近にお姉さんの寝顔が…。
…
近づいて見るくらいなら、良いよね?
近づいて見ると、お姉さんの可愛さが際立つ。
…唇に目がいく。
ドクンと鼓動が打ち出す。
(美味しそう…キスしたい…。)
ひゃー、い、い、今の無し!
私ったら、歳上のお姉さんに、変だよ。
お姉さんのお顔を見るのは眼福だけども、何故だか妙な気持ちになってしまうので、目を離した。
こんな気持ちは、生まれて初めてなので戸惑ってしまう。
その代わり、お姉さんにピタッと寄り添って座りました。
これくらいなら許されるよね?
女の子同士だから、これくらいのスキンシップならば、逆にOKだよね。
身体が、ポカポカして幸せな気分。
ああ、この世界に生まれて来て、本当に良かった…。