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アールグレイの日常  作者: さくら
赤龍討伐
231/617

続・ペコーの休日(前編)

 お昼頃になり、15番のお姉さんから、お声を掛けられました。

 「そろそろお昼休憩にしましょう。」

 

 「お先にどうぞ。」と返答する。

 …ぎこちなかったかな。

 でも、お姉さんが食べる横で、私だけ食べないなんて、居た堪れないです。

 お姉さんの方だって、食べにくいに違いない。

 なにより、お金が無くて、食べれませんなんて、恥ずかしくて惨めだ。

 この私の気持ちは、経験した人で無ければ分からない。


 何を言われても、何をどうしようとも、お金が無い事実は、変わらないし、お腹が空いてる事実は、変わらない。

 巷には、食べ物が沢山あるというのに、何故私だけが、ひもじくて辛い思いをしなければならないのか、私は未だに分からない。

 社会には、お金が沢山沢山流れているという。


 何故に、一番必要としている人達に、お金も食べ物もまわって来ないのか?


 誰か、答えを教えて欲しい。


 …おそらく、答えは無いのだろう。

 この世界は、無慈悲で理不尽だ。

 苛酷で厳しく、倒れた者を誰も救ける者などいない。

 そんなふうに、神は、この世界を創りたもうた。


 だから、私は神を信じない。


 そんな、この世で唯一救けてくれる者が、親に違いない。

 厳しき世界で、唯一の救いだ。

 でも、私には親がいない。…いないのだ。

 ならば、私は、どうすれば良いのか?


 お姉さんの微かに緊張をはらんだ声が、私に掛けられた。

 「ねえねえ、実は僕、今、ダイエットしててね。お握り2個持ってきちゃったんで、半分食べてくれると助かります。」

 私は、反射的に答えた。

 「嘘!」憐れみ?同情?

 キツく言い返してしまった…悔いが残る。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 私の胸の中で、いろんな思いがグルグルと渦を巻いている。

 哀しみ、怒り、慚愧、後悔、悲哀、不信、祈り…。


 お姉さんの方を振り向けない。

 きっと今の私は、醜い顔をしている。


 お姉さんは、好意で言ってくれている。

 人の好意を素直に受け取れない自分が悲しい。

 でも、今の私に、その好意を受ける心の余裕は無い。


 だって、憐れみから、その食べ物を受け取ったら、あまりにも、私が惨じめではないか…。

 あまりにも、私が可哀想ではないか…。


 涙が、溢れてくる。

 でも、こんな時でも、お腹は空いてくる。

 現実は、いつだって私に苛酷だ。

 へりくだって、額を地に着けてお願いしても、ご飯を食べたい。

 いっそのこと、何も考えずに受け取れたら、どんなに楽だろう…。


 私の背中越しに、お姉さんの声が聞こえて来た。

 「嘘ではないよ。大人は、たまに断食するんだよ。身体に良いらしい。聞いたことない?ああ、捨てるのは勿体無いし、この陽気だと自宅に帰る前に傷んじゃう。ああ、誰かが食べてくれると助かるんだけども。」

 私の反応を期待している気配がある。


 …反応出来なかった。

 言葉の内容は、子供の私でも分かる嘘。

 でも、私に伝わって来たのは言葉の内容ではない何かだ。

 

 私がみじろぎもしなかったからか、お姉さんは、少しリアクションを大袈裟にして、同じ台詞を繰り返して来た。

 「…ああ、誰かが食べてくれると助かるんだけども。」


 ああ…分かった。

 院長先生が、食べ損ねて泣いていた私に、他の子に内緒で食べ物をくれた時も、…こんな感じであった。


 これは、憐れみでも、同情でもない。

 院長先生も、お姉さんも、私が受けとらないと本当に困るから、何度も言ってくるんだ。

 おそらく、お姉さんは、私が受け取るまで言い続けるに違いない。

 院長先生も、そうだった。

 本当に、あれは、しつこいったら、ありゃしなかった。

 ふふっ、だから、仕方が無いよね。

 

 …溜め息をつく。


 「…分かったわよ。私が食べて、お姉さんが助かるなら、いただきます。」

 「うんうん、とても助かります。」

 私が言うと、お姉さんは嬉しそうに返答してきた。


 なんなんだろう…院長先生やお姉さんの、私に対する心の有り様を、何と言えばよいのだろうか?

 暖かい、とても暖かい、頑なな心がポカポカとほぐれていく光のような…それに名前は、まだ無い。私の理解し難い何かだ。


 「ならば、あのベンチで食べましょうか?」

 お姉さんが、近場の公園のベンチに私を誘う。


 私は、ベンチに座り、手袋と顔全体を覆っていた頭巾を取って、腰に巻き付けていたバッグから水筒を取り出した。

 隣りに座ったお姉さんも、頭巾や手袋を取っている気配がしている。

 ベンチは、木陰になっており、頭巾を取った顔に吹き抜ける風が心地良い。

 「はい、お握り、どうぞ。」

 お姉さんが、私の手の平を上にさせて、お握りを乗せてくれた。


 御礼を言おうとして、私はお姉さんのお顔を仰ぎ見た。


 あっ…


 途端、私は、お握りを手の平に乗せたまま、お姉さんの顔から目が離せなくなった。

 おそらく私は、茫然としていたに違いない。


 お姉さん……なんて、なんて、可愛い!

 見てるだけで、ドキドキしてしまう。

 歳上のお姉さんを可愛いとは、不敬なのかもしれないけど…目が離せない…吸い付けられる…生唾をゴクンと飲んでいた。

 いけない…だ、ダメです。

 可愛いのに、凛々しくて、惹きつけられてしまう。

 か、輝いている、ま、眩しいです。

 感じたことのないドキドキしたイケナイ気持ちなのに、私の身体中が光りで浄化されてしまうほど、清浄な輝きに満ちている。

 いったい、なんなの…。


 感動と興奮で、口も効けず、心身が震えた。

 美しいってだけで、感動するんだと、この時初めて、私は知った。


 もし、お姉さんの心の有り様が外側にも出てるとしたら、この美しさにも、納得がいきます。

 私を見る表情が、心配そうに微かに変わることから、現実の人間ですよね?

 でも、こんな強烈に可愛い人間っているの?

 いや、現実にいるわけがないよ。


 …


 

 だとしたら….あなたは?

 私は、小さく呟いた。

 「…女神様?」



 …間違えました。

 てっきり、私、いつの間に死んでいて、天からの御使いがお姉さんかとばかり思い込みました。

 これは、私は悪くない。

 お姉さんを見れば、誰でも、ああなる。


 心配したお姉さんに、熱を測られたり、抱き締められ、良い香りと柔らかさに、一瞬桃源郷かと意識が跳んだりしましたけど、私が大丈夫であると分かると、一緒にお握り食べる事になりました。

 いただいたお握りは、一口食べると、メチャクチャ美味しかった。俯いて夢中で食べる。

 「美味しい?」

 「少し、しょっぱいです。」

 俯いているのは、涙が後から後から溢れ落ちて来て止まらないから。


 食べながら考える。

 お姉さんの心の有り様について、非常に珍しい、まるで地上に降りた天使のよう。本当にそうなんじゃないの?


 お姉さんの心の有り様は、慈愛の一言では、片付かない。

 それは勇気だけではないし、それは一筋縄ではいかぬ覚悟を背負って…何よりも自分と同じ立ち位置に、降りて来た印象を受けた。


 私を救ける為に、翼を捨てる覚悟で、地上に静かに舞い降りた天使様…のように感じる。


 昔の神様の話しに[蜘蛛の糸]がある。

 お釈迦様が、地獄の罪人を救け出すだす為、蜘蛛の糸を垂らす話しです。結局は糸が切れて罪人は地獄に落ちてしまう救いの無い話しだ。

 

 社会には、雲の上から下を覗き込み、糸を垂らして助けようとしてくれる人達がいる。

 お釈迦様のような偉い人達だ。


 でも、私なら、神は信じてないけど、もしも、神様の中から一柱選ぶとしたら、私は、お地蔵様を選ぶ。何故なら地蔵菩薩様は、子供を救う為に、自らを地獄に落として、暗闇の地獄に明かりを灯したという逸話があるから。

 それはまるで、少ない自分の食料を分ける為に、私のいる底に舞い降りた、何処かのお姉さんのよう。



 少ない兵糧を分け合って食べると、不思議と仲間意識が芽生えて来る。近しい感じです。

 お腹も、ひとまずは満足しているみたい。


 水飲み場で顔を洗う。

 ハンカチで拭いてから、お姉さんに気やすい口調で文句を付ける。

 ドキドキしているので、ほとんど照れ隠しです。

 「もう、驚かせないで下さい。てっきり、私の境遇を憐れんだ天からのお迎えが来たのかと思って、心臓がとまるかと思いました。」


 私の文句に、キョトンとした顔をするお姉さん…可愛いよ。

 「でも、驚いたって、何に?」


 その返答に、私はギョッとした。

 「えー!まさかの無自覚?…私の驚きの原因は、頭巾を取ったお姉さんがexcellent、beautiful、wonderful、elegant、great、Fine、super、supreme、finest、finer、cute anyway、えーと、とにかく、お姉さんが、あまりにも可愛いくて、綺麗なものだから天からの御使いかと勘違いしちゃいました。つまり、そーゆーことですよ。」

 こんなに可愛いのに何を言ってるんだか、早口で、途中から覚えたての古代E語で褒めまくる。

 自覚しなさい。


 それなのに、お姉さんは、何やら謎理論を述べて

 「…だから、もちろん、あなたも可愛いですよ。」

 と、頭を撫でながら言ってくる。


 「違う違う、そうじゃない。」

 私の意図する所と、まるで違う。

 私の頭を撫でて幸せそうなお姉さんの顔が、…途中で曇る。

 

 ピンッと来た。

 「もしかして、お姉さん、私を助けてくれようと考えてませんか?」

 お姉さんの表情が図星を指されたようにギクリとしている。

 何て分かりやすい。

 「…やっぱり。私が言うのも何なんだけど、お姉さん、そんなお人好しじゃ、この社会渡って行けないですよ。いくら私でも、卒業して、未だに都市清掃請けてる人に、これ以上頼ってはいけないことは分かります。心配御無用、自分で、何とかします。それより私はお姉さんの方が心配です。そんなに可愛いくて綺麗なのにお人好しで、悪い人に騙されないか超心配です。」

 全く、よくそんなお人好しで、今まで良く生きてこれましたね。

 他人事ながら、心配です。


 私が、心配を告げると、お姉さんの表情がせつなげなに変わった。

 あ!

 でー、もしかして、

 (この子が、自分が困っている境遇にも関わらず、他人の事を心配する事が出来る良い子である事が分かってしまった。…ますます、何とかしてあげたい。)

などと、絶対思ってるよ。もう、呆れてしまう。


 「あー、そのお顔は、まだ私を助けようとしていますね。もう!…私も、さ来年に学校卒業したら成人です。自分で自分の事は何とかします。でも…心配してくれたのは正直嬉しい。有難うございます。…そ、そうですね、も、もしもお姉さんが良ければ相談にのっていただけますか?初対面の方にこんなお願いするのもなんなんですけど。」


 そう…私は、もうお姉さんを信用していた。

 こんな人、他にいないよ。

 もう、お姉さんを見てるだけで、切なくて、胸がキュンとする。


 お姉さんは、私の不躾なお願いに、話しを促すように頷いて、微笑んだ。…か、可愛い!


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