ペコーの休日(後編)
初めて会った時、その人は、既に頭巾を被り、白い作業服を着ていました。…性別年齢不明の白装束。
私と同じ白子の格好です。
顔を見せない皆が一様なこの格好は、まさに黒子と同じ効果を、狙っていると言われます。
つまり、この格好をしてる間は、私達は人では無く、世界の浄化作用の化身なのです。
実際、この格好を採用してからトラブルは少ないという話しです。
清掃作業の要領として、白子をペアにして相互扶助しながら、担当区を割り当て清掃していく。担当区の清掃が終われば、定時前でも終了で帰って良い事になっています。
でも担当区は思うよりも遥かに広いので、二人で丁寧に清掃したら、やはり丸一日は掛かってしまいます。
新人や要領の悪い人、やる気の無い人と組むと残業になるので、ペア割りの際は、私は毎回ドキドキです。
もちろん遅くなっても残業代は出ないし、ちゃんとやらないと、いつのまにか査定されてて、次から依頼を請けれなくなるので、ボッチで来る私にとってペア割りは、重要イベント。
以前には、全く仕事しないのに時間になったら勝手に帰ってしまった人と組まされて、泣く泣く夜中まで掛かって終わらせた事もありました。
仕事を舐めるな。
仕事が無くなると、ご飯が食べれなくなるのだ。
ギルド職員が現場に来て、来た順にペアを差配していく。
今日の都市清掃のペアを紹介された。
胸元に15番の文字…胸の膨らみから女性であることが分かった。
私が17番だから、差配さんが気を使って女性同士で組ませてくれたのかもしれない。
身体の小ささに親近感が持てる。
どんな人なんだろう?
希望としては、多くは望みません。
過去に相方で痛い経験をした私としては、仕事をちゃんとする、普通の感覚の人を希望します。
よくよく15番さんを正面から見ると、全体的に小作りながらも、プロポーションがバランス取れていて、格好良い姿形であることが分かりました。
頭巾の御簾越しに、お互い見ていることに気づいて、挨拶する。
15番さんの挨拶のお声に、ハッとする。
銀鈴を転がすようなに響く、なんて心地良い音色。
….かなり幼い。10代は間違いない。
多分、年齢は私の直上…もしかしたら、学校の先輩かも。
お顔は分からないけど、若々しい柔らかくて優しいお声。
でも、…意志のしっかりとした、どこか侮れないお声だ。…もしかして大人?
お声からは、若いとも大人とも取れる…年齢不詳です。
お辞儀をした所作が、私に正面から相対し、とても丁寧で綺麗です。相手方を尊重してくれてることが分かる、なんて気持ちの良い所作でしょう。
ひぁー、お辞儀一つで、しっかりとした人だと分かるようなお辞儀です。
私みたいな子供に対して、こんな丁寧な…恐縮してしまう。
年齢不詳の正体不明ながらも、私の中で初対面ながら、かなりの好印象です。
やった!…多分当たりです。
差配さんに感謝です。
お互いに、15番です、17番です、と名乗りあって、早速仕事に掛かる。
ペアが嫌な人だと、この白子システムはありがたいですが、好印象の人だと、誰か不明のままお別れなので、寂しい感があります。
ちょっと探る為に、話し掛けてみる。
「お姉さんは、どちらの学校なんですか?お見かけしたことがございませんが。」
御簾越しに、私を見つめて来たのが分かりました。
「僕は、もう学校を大分前に卒業しています。…君の先輩ですね。」
エヘンと胸を張って、回答してくれた。
マウントを取っているような感じではなく、幼い子が精一杯虚勢を張っているようで、先輩なのに何だか可愛い印象の方です。
うーん、どうやら為人は、かなり良い人と見ましたよ。
15番さんの言っている事が本当ならば…大分前ってことは、三年以上?…18歳?…飛び級してたら17歳?くらいかな。
しかしながら、学校を大分前に卒業し、冒険者になりながらも、未だに都市清掃で燻っているとは、体型から判断しても、弱くてランクも上がらず、グリーンの星一つか二つくらいのでしょうね。
…何だか他人事とは、思えない。
侮るわけでは無いですけど、私、この先輩の将来が心配です。
「すると、卒業しても清掃作業を請け負ってるのですか。…大変ですね。…私は、卒業したらギルド職員を目指しているんです。お給料は安定してるし、ギルドの皆さんのお世話が出来る大切な仕事だと、思うんです。私は強くないから、その分、ギルドの皆さんの手助けになれば良いなって。お姉さんも、か弱そうだから現場ではなくて、事務職の方が向いてますよ、きっと。」
そう、私は冒険者になると決めたはず。
でも、私には武術の才能が無かった事が判明してしまいました。
この間、負け続け、とうとう100戦して100敗してしまったのです。この記録は、学校の長い歴史の中で、2回目だとか…私の前に、前人未踏の記録を打ち立てた弱い人がいたんだ…ちょっとビックリ。
流石に、決意が堅かった私も、気持ちが揺らいでしまいました。
冒険者に荒事は付きものです。
強く無い冒険者など聞いたことがありません。
もし冒険者が無理ならば、せめて彼らのサポートをする職に就きたい。
その揺らいだ気持ちのまま、15番のお姉さんに話してしまいました。進路を切り替えるのは早い方が良いのは本当です。
きっと、そのほうがお姉さんの為になるはず。
この時は、そう思ってました。
私の言葉に、お姉さんから返事が無く、視線が私の向こう側を見ている気がして、思わず振り向く。
あ!…一人の女子学生が、風体良からぬ輩に手を掴まれで絡まれています。
「ど、ど、どうしよー?」
私は、アワアワと慌ててふためいてしまった。
私が憧れている冒険者ならば、この状況なら救けに行くはず。で、でも、私ならば…負ける、絶対負けてしまう…だから、仕方ない…私では救けられない…だから…でも…。
一旦、足を向けるも、躊躇する。
こ、怖い…私には無理。…引き返す。
ダメだ。だ、誰か、救けを!周りを見渡しても、私と同じ位弱い15番のお姉さんしかいない。…ボーとしているし、こんな華奢なお姉さんに頼めない。
ならば、私が行かなくては…でも、怖くて足が前に出ない…。
この間も、件の不埒な男が女子学生に掴んだ手を引っ張って、連れて行こうとしているのが見えている。
…危ない。ただのナンパとは思えない。
遠巻きには人が通るも、誰も助けようとしない。
何故、誰も救けようとしないの…?
…あ、あ、私も彼らと一緒だよ。
よく見ると、女子学生は同級生のニルギリさんだ。
美人で有名な公爵家のお嬢様…何で、あなた、こんな所に一人でいるのー?
まず、ニルギリさんだと分かって、私が初めに思ったのは、同級生を救けることよりも、自分の身の保身でした。
情け無くて、涙が出てきます。
私が憧れるブルーの冒険者と、何と違うことか。
でも、もし、私が見殺しにしたのが、ニルギリ公爵家にバレたら…?…貴族の報復は半端ではない…ゾッとした。
行くのも怖いし、バレるのも怖い…。
傍目には、私は右往左往していたと思う。
ど、どうすれば良いの?分からないよ…。
この時、私の横を風が通り過ぎた。
風は、困っている少女の元へ。
風は、あっというまに、不埒な男の腕を掴んで捻りあげて、ニルギリさんを救けてしまった…まるで当たり前のように。
白子の衣装と体重を感じさせない軽快な動き…まるで風の精霊のよう。
あ、いつもニルギリさんに着いている執事さんが戻って来ました。
御礼を言われてるみたい。
あたふたしている。
逃げるように戻ってきました。
「ほえー、お姉さん、凄いよ。救けに行くなんて、凄い勇気があるよ。ギルドの人って、皆んなそうなの?こんなにちっちゃいのに凄い。私、お姉さんの事、卒業しても清掃しか出来ないうだつの上がらない人だとばかり思ってた、御免なさい。」
私は、畳み掛けるように話し掛ける。
少し、私、興奮してるみたいです。
すると、お姉さんは、私に対し、こう言ったの。
「救けるのも、救けないのも、自由ですから。」
…
まいりました。
お姉さんに、悪気が無いのは分かっています。
でも、私には、鉄パイプで心を殴られたように堪えました。
景色がブレたように見えるほどの衝撃でした。
何て回答したか覚えていません。
いつの間にか清掃をしていました。
自由…自由…自由…。
掃除のため、身体を動かしながら考えます。
自由…なんて残酷な言葉なのだろう。
自由とは、好き放題出来るという意味ではない。
私は、今、学校の箱庭にいる。
窮屈だけれども、護られてもいる。
卒業すれば、私は自由だ。
自由…それは、全ての責任は自分であるという事。
誰のせいにも出来ない…本来当たり前のこと。
救けるのも、助けないのも私の自由…。
私は、本当に冒険者になりたいのだろうか?
そもそも、ニルギリさんを救けなかった私に、そんな資格があるのだろうか?
今でも、きっと弱い私が行っても何の役にも立たないし….などと言い訳している私に。
情け無い、本当に自分が情け無い…。
止めたくても止められない不幸スパイラルな思考になるのも、お金が無くて朝食を抜いたせいもあるかもしれない。
そう言えば、お腹が空いてペコペコです。
多少、身体がふらつく。
でも、まだ大丈夫。
過去の経験から、あと一食抜いても平気だと分かっている。
報酬を貰ったら、夕食は食べれるから、今は我慢です。
空腹を紛らわせて、掃除をしながら、ふと15番のお姉さんを見る。
慣れている手つきで、効率的に進めている。長年の年期を感じさせるような動きです。
でも、それだけではない。
…なんか、楽しそう。
合間に、路傍の花や、街路樹の枝先の葉を眺めたり、吹き抜ける風にふと立ち止まったりしている。
ああ…わかりました。
この人は、本当に清掃作業が好きなんだ。
好きだから、薄給でも自由な意志で、この清掃依頼を受けたのだろう。
不埒男を一蹴した手練をみるに、たおやかな見た目と違い、強いのかもしれない。
私を基準に考えて、本当に失礼しました。
もしかしたら、お姉さんはグリーンでは無く、ブラックなのかもしれない。たまに若手時代が懐かしくて、初心に帰る為、都市清掃を受けるブラックの人の話しを聞くこともある。
…なるほど。なるほど。
それならば、得心がいきます。
この時、先程お姉さんに言い放った、事務職を勧めた自分の言葉を思い出した。
…
赤面ものです。内心で悲鳴を上げる。
(ぬぁあぅあああー、ああぁあいあぃー!!)
この場で七転八倒したい程、恥ずかしいです。
馬鹿な子供が、賢しげに一人前のブラックに忠告するとは…。
一度、言い放った言葉は、二度と回収は出来ない。
わ、分かっています。
言われたお姉さんは、私のことを何と思ったであろうか?
ああ、また、私の黒歴史が増えてしまった。
そんなことを考えていたら、昼頃になり、15番のお姉さんから、お声を掛けられました。