護衛初日
護衛任務に就いた初日、指導に付いてくれたギャルさんから、所属する現在の衛士隊の状況を聞いた。
元々、護衛を出している辺境伯爵領の衛士隊は複数の小隊で運営されてるが、小隊は30人が定数だったらしい。
それが、大きな催しの為、一時的に5人が他部門に応援に行くことになった。
その催しが諸事情により延期になり、応援に行った5人は戻ってこず、なんとか無理して5年間業務を回していたらしい。
催しが終わった当時、応援で行った人数が戻って来ると皆喜んだそうだ。
ところがどっこい、いきなり
[定数を削減します。]
と通知が来たそうだ。
衛士隊長も誰も知らず、皆ビックリしたらしい。
説明も何もないまま、今まで代行でやっていた任務も正規業務となり部隊は再編成された。
しかも、人がいないという理由から、最初から欠員3人となり、元々30人で遂行していた業務を22人で運営した。
見習いが1人いたが正規の人数に含まれない為、焼石に水である。
更に受難は続く。
育てた新人達が、続々と他部門に引き抜かれる。
突発的に発生した他部門業務に、衛士隊に籍を置きながら転用で使われ、ずっと帰ってこない。
派遣研修の名の元に人が業務から離れていく。
昇任栄転して転出するが、何故か代わりの人が入ってこない。
更に、定期交流で出て行くが何故か人が入ってこない。
定数25人の所、諸々の事由により現在実働20人。
機械のように常時働く訳にもいかず、交代で休むと、常時勤務に着いているのは、17人。
これ以上削ると、日常業務にすら支障をきたす事態。
ギリギリだ。
多重の突発事態が発生したら、おそらく対応不可。
更に休日出勤してるのに休日手当の請求不可。
今まで出した休日手当の回収?!
代休は人がいないため、事実上自分からは請求不可。
聞いてて、よく、分からない。
組織内で、人攫いが横行してるのか?
休日返上で働いているのに、その分の報酬が出ないなんてあり得ない。
特異な状態を淡々と話すギャルさんは、入隊してから3年目の20歳の女性。名前と違って見た目だけはギャルとは正反対の印象の女性だ。
歳が近いからか、直ぐに砕けた口調になり仲良くしてくれた。
「まだ話しは続くのよ。」
客観的にみて特異で深刻な状況を、面白そうに話していくギャルさん。もはやこれは、護衛任務の説明から外れているのではないかなぁ。
言葉通り、ギャルさんの話しは続く。
あまりにも代休が溜まりすぎて消化が出来ない状況。
頭を悩ませた衛士長と衛士隊長が話し合って、休みを一枠増やし、実働16人と決定した。
苦肉の策だ。
ギャルさんの頭の中にも、無理無理無理無理無理だー!という言葉が浮かんだらしいが、黙っていたらしい。
解決策が無い問題だからだ。
そんな風に語った、見た目まだまだ若いギャルさんの顔には疲労の跡がうかがえる。おそらく慢性疲労だ。
そんな職場から、殿下の外遊中、専属の護衛として2名派遣されて来たうちの一人がギャルさん。
衛士隊は、2名取られて、実働14人。
急きょ、休みを1人取消し、実働15人。ちょうど元の定員の半分、全員が2倍働けば、なんとかなるのかの計算なのか?
よく分からない。
なんだか、僕、聞いてて胸が苦しくなってきたよ。
休み無しで2倍働くとか、どんな職場?
お疲れ様です。ギャルさん。大変ですね。
自分に関わりなければ、傍目から聞くと、面白い話しだ。
ところが、新体制実施日初日に、牡蠣を食べて当たった人がいて、急病により、一欠。
ギリギリから更に削ったところに、更に一欠。
更に、休みの者を出勤させることも検討したらしいが、更なる悪循環を招くとして、却下。更なる苦肉の策が求められた。
そして、殿下の護衛から1人呼び戻された。
これは、極めて異例の措置である。
しかし今度は、ギャルさんがたった1人で、殿下の外遊中24時間、護衛に付かねばならない。…流石に無理がある。
そして、考えた末に出した答えが、外注である。
内に人がいなければ、外から持ってくればよい。
「それが、あなたよ。」
…なるほど。
今までの長いくだりは、愚痴でもなく、衛士隊の変遷の歴史でもなく、僕を雇った理由説明だったのですね。
納得、納得。
うーん。職員を、そんなふうに扱う職場に、僕、一週間お世話になるのですね…。
もはや、依頼は受注済みである。
あの、腹黒受付嬢めぇー、知ってたなぁ!
知ってたら、こんなブラック企業来なかったわ。
ギャルさん達が辞めないのが、不思議。
蛙をゆっくりと煮ていくと逃げださずに熱死する話しを思い出す。
僕は、一週間で、絶対辞めますから!
仕事中ですので、顔には出さない。
「アールの働きいかんでは、継続依頼も検討中ですよ。」
勧誘するギャルさん。
こんなところの正社員には、僕、絶対なりたくありませんよ。
勧誘に、全然魅力感じませんからー。
ギャルさん、貴方達、騙されてます。探せば他に幾らでもホワイトな職場ありますよ。と言うと、キョトンとした顔をした。
「でも、私達がいなければ誰がやるとゆうの。誰かがやらなければならない仕事というものが、世の中にはあるのよ。」
僕を諭すように言うギャルさんを見てると、自分の前世を思い出した。思い出してしまった。
僕も、かつてそうだった。
若いギャルさんの己の使命に殉じる顔を見てると哀しくなる。
おそらく、転職した方が良いと説得しても効くことはないだろう。
これからも、ギャルさんは、きっといいように使われ疲弊していくのだろう。
ギャルさん達のような人達は、世の中には必要だ。
ギャルさん達のような貴徳な馬鹿がいるから世の中が回っている。
僕達は、ギャルさん達のような社会を支える人達に、間接的に守られているのだ。
人の為に働き人に知られないまま朽ちていくなんて…本当に馬鹿なんだから。
…
「キャー、どうしたのアールちゃん、急に泣き出して。ど、どうしましょ。」
ギャルさん、あなた達が僕達を守ってくれてるとしたら、傷つき倒れるあなた達を守るのは、いったい誰ですか?