ペコーの休日(中編)
…転機の話しをする前に、時を遡り、一冊の本に出会った話しをしたい。
その日、図書館の棚に置かれていた一冊の冒険者録が、私の将来を決めた。
それは、私が9歳の誕生日の出来事。
私の本当の誕生日は分からないから、その日付は、私が拾われた日付でもある。
今は、もう居ない、私の名付け親である前の院長先生が、そう教えてくれた。
時は、流れて行き、戻ることはない。
院長先生とは、もう会うことは、出来ないのだ。
その日、私は院長先生と永遠の別れをした。
逃げるように駆け込んだ図書館で、悲しみに暮れる私を、励ますように、その本は私の前に現れた。
その本を手に取り、開いた事が、後から考えれば、私の冒険の始まり、これからの運命を、自分で選んだ瞬間だったと思う。
私の人生のタイトルを名付けるとすれば、「ペコーの冒険」が相応しいと思う。
何故なら、私がその本を選んだ事によって、冒険者の道を歩み始めたから。
本の内容は、素晴らしかった。
それは冒険者達の数々の冒険譚。
知恵を絞り、勇気を出して、仲間と協力し、危難を乗り越えた日々を、綴っていた。
なによりも、本の中の彼らは自由であった。
常識に執われず、しがらみに縛られず、快刀乱麻を断つが如く、自由に大空を飛び回る大鳥のようだった。
何処までも強い覚悟を持って、意志を貫き通す彼らは輝いてみえた。
読みながら、感動に心身が震えた。
震える手で、頁を捲ると、金線の階級章を付けた司令官を、拳で殴り、天空へぶっ飛ばしているブルーの少女の挿し絵が目に付いた。
夢中で、本を読み進める。
…信じられない。
こ、この少女は下士官に過ぎないのに、民や部下を護る為に自らの犠牲を顧みずに、自軍の悪虐非道な司令官をぶっ飛ばしたのだ。
しかも、その後、軍を指揮して、民や部下を一人も死なせずに護りきったのだ。
…にも関わらず、ギルドは、この少女を査問会に掛け、死刑を求刑した。
ああ、なんて酷いことを。
少女は、皆を救けたのに、何故、この様な非道がまかり通るのか?!
私は本を握りしめ、悔しくて、悲しくて、怒りで、涙が溢れて、本に落ちた。
こんなことが、現実にあるなんて…!
一時は、貴族の圧力により、少女は死刑を求刑されるも、当時の心ある将軍や、部下の証言などにより、一命を取り留めた。
しかし、貴族への不敬により降格処分とされ、他のギルドへ追放措置となった。
…記述は、ここで終わっている。
理不尽極まりない酷い話しだ。
でも、涙で、ズタボロになりながら、私の胸中には、清々しいまでの風が吹いていた。
自己の信念を貫き通した彼女のことだから、きっと今も、彼女は自由に生きている。
そして、今でもギルドで、冒険者を務めて、冒険を続けていることだろう。
…私も、彼女に続かなければ。
熱い思いが込み上げる。
彼女が皆を救けるのであれば…彼女の危機を、私が助けたい。
だって、それが人間ってもんでしょう?
私が、袖で涙を拭いていると、いつのまにか司書のお姉さんが、後ろまで来ていた。
「その本、ちょっと凄いでしょ。この世界には、絶望的な状況でも、あきらめず勇気を振り絞る人や、理不尽な目にあっても己れの信念を貫き通す人、皆を救ける為ならば、自らの生命を犠牲にすることも辞さない人達がいるの。…嘘ではない、みんな本当の話しなの。」
リアリティがある、この本を読んだ後では、司書のお姉さんの言うことが、腑に落ちて分かる。
このお姉さんが、こんなに長く話してくれたのは初めて。
思えば、いつも、ある程度離れた場所で事務作業をしていた。
あっ…もしかして、私が話せる気分になるまで、待っててくれていたの?
少し…考えてみた。
このお姉さんならば、冒険者になる為には、どうすれば良いかを相談する価値がある。
これが、私の判断。
自分で、分からければ、他人から知恵を借りるのだ。
私は、冒険者になりたい。
いや、なるのだ。
冒険者となれば、私は、きっと本の中の彼女に会えることだろう。
私は、司書のお姉さんから、学校の特待生制度や奨学金制度を教えてもらうことが出来た。
そして、月日は流れ、私は13歳となった。
学校に編入し、8年生となったある日曜日、私はギルドで都市清掃の依頼を受け、現場に行き、或る人と出会うことになる。