蝉時雨
「まず、自己紹介させていただきます。私の名前は、ペコー。孤児院育ちなので、家族名、氏族名はありません。ただのペコーです。この名前は前の院長先生が名付けてくれて、私だけの唯一のもの。私の財産です。由来は分からないけど結構気にいってるんですよ。私は、今、初等部の8年生です。これでも特待生で学費免除、無返還の奨学金も頂いてて寄宿舎暮らし、休日や放課後のバイトで糊口を凌いで、何とか生活出来ています。問題は、卒業後の進路についてなんです。」
丁寧かつ詳細な自己紹介いたみいります。
私は、アールグレイと申します。自己紹介終わり。
僕の簡潔な自己紹介を補完するようにペコーちゃんは悩みを話してくれた。
「再来年には学校を卒業するのですが、本当は、ギルド職員では無くて、ギルドに登録する冒険者になりたいんです。有名な冒険者録を読んで、憧れました。なんて自由で華々しい冒険の数々。最近のお気に入りの話しは、何と年若い女性のブルーが都市防衛の折りに、民や部下の為、自分の身を顧みずに悪辣非道な司令官をぶっ飛ばした下りは、読んでいて胸がすく思いがしました。弱きを助け、強きをくじく。まさに彼女こそ、風と形容される冒険者に相応しい。痺れます。憧れます。」
まるで、夢見る乙女のように、上気した頬で、眼を輝かせて語っておられる。
リアクションもバタバタと忙しい。
ん?…なんか、どっかで聞いたような話しです。
うんうん…冒険者で、そんな無茶苦茶する人いるんだ…凄い。
僕も昔、少しだけ似たような事やったけど、僕の場合は致し方無く選択の余地無かっただけだから不可抗力だもんね。
「しかしです…。」
でも、ここで、急にペコちゃんのテンションが下がった。
俯いて、落ち込んでると表現した方が良いのかも。
なるほど、多分、ここからが本番ですね。
…僕は、待った。
昼休みは、十分にある。
「しかしです…私は、強くも無ければ勇気もありません。他の学生と対戦しても負けてばかり…弱いのです。これでは、人を助けることなど出来ません。教官からは致命的にセンスが無いと言われました。なにより、私には勇気がありませんでした。さっきも、お姉さんがニルギリさんを颯爽と助けに行ったのに、私は、ここでオロオロしながら見ていることしか出来なかった…私には冒険者になる実力も、資格すら無い。」
うんうん…なるほど。
僕も、学生時代には、当初百戦百敗したほど、弱かった。
教官からは、センス無いから止めとけとも言われました。
でも、それって関係あるのかな?
「ペコちゃんは、冒険者になりたいの?」
僕の問い掛けに、彼女は、コクリと頷いた。
「なら、問題無い。なっちゃいな。」
僕の回答は、至ってシンプル。以上終了だ。良かった良かった。
夏の陽射しが眩しいが、ここのベンチは木陰になっていて、たまに風が吹き抜け、涼しい。
蝉の声が、うるさいほど聞こえてくるけど夏の風物詩だから、これはこれで、風流だ。
変わらない…夏は、前世の環境と何ら変わることは無かった。
永い永い旅路で、オアシスで休憩してる気分です。
風が、心地良い。
眠くなりそう。
ん?…ふと横を見ると、ペコちゃんが僕をガン見している。
まるで、まさか、それで終わりですか?みたいな顔をしている。
うん。終わりです。
…でも、まあ、補足説明は必要なのかな?
眠気がするけど、うーん、いたいけな少女の将来の為です。
うつらうつらし始めてるので、もしかしたら真剣味が足りないと怒られそうだけど、それはそれで至って真剣ですから。
僕は、食後はシェスタする派ですけど、袖擦り合うも他生の縁、ペコちゃんの為に、僕の貴重な時間を割きましょうと決める。因みに、午後の働きを高める為、昼休みは10分でも脳を眠らして休ませた方が良い。
「ペコちゃんは、冒険者になる意志がある。冒険者になる資格は、それで十分です。」
僕は、視線を、青空を漂う白い雲から、ペコちゃんの顔に向ける。
まだ、納得していない顔です。
致し方ない…補足説明を続ける。
「冒険者になる人は、いろんな動機の人がいます。僕は、安定した収入の割に、自由に仕事を選ぶことが出来るから選びました。人生は短い。意志があるなら進んだ方が良い。進まないで後悔するより、進んで後悔する方がまし。先程進もうとしない理由を上げてたけど、何事も進むに際し、抵抗、壁、問題あるのは当たり前。止める理由にはならない。止めるのは、あなたの意志次第。」
ここまで、ゆっくりと話す。
僕の、言いたい事が理解できただろうか?
それでも、強さと勇気がネックになってるみたいだから、言及した方が良いのかな。
「弱いのを自覚出来ていて悩んでいるのなら、既に問題は半ば解決している。問題解決に一番重要なのは、気付きと着手、悩んでいるのは既に、気付いて、問題解決に着手しているから。あとは方法を考えついて実行するだけ。僕も学生の頃は、全員と戦って全員に負けた。…ならば、勝つ方策を模索しなければね。」
「お姉さんは、勝てたの?」
不安そうに、ペコちゃんは聞いてくる。
ペコちゃんには答えを言わない。
黙って彼女の顔を見返した。
だって、僕の過去の勝敗など彼女の未来に関係無いから。
学生の頃の暗中模索の果ての勝敗を思い返す。
それでも、ペコちゃんの顔の表情が多少明るくなったから納得はしたのかな。
では次は、勇気について語ろう。
「ペコちゃん…他人を救けるのに勇気は必要無いよ。僕は勇気があるから先程助けに行ったわけでは無い。単に救けたいから行っただけ。救けに行くのも行かないのも僕の自由だから。自分が手に負えないのに行くのは無謀だし、逃げても恥では無い。それを他人がとやかく言うことでもない。自分が、今出来る事をすれば良いと思う。だけど選択肢は複数あった方が自由で良いよね。その為に毎日何をするべきか?悩む暇は無いんじゃないかな?結果は、いつでも後から付いてきます。」
全部、僕の経験から出た持論なので、異論はあるかと存じます。それこそ千差万別、人の数ほど持論はあるに違いない。
正解などないから。或いは全部正解。
木陰に居ると、本当に風が心地良い。
周りは、夏の光りに満ちた美しい世界。
うつらうつらして来ます。
「ペコちゃん、僕、少しだけ寝ますね。」
ああ、この世界に生まれて来て、本当に良かった…。