最終日
ハクバ山探索、最終日。
撤収作業は、速やかに行う、朝食を軽く食べ終えたら、直ぐに荷造りを行う。
などと、思っていたら、僕よりも、ブルー達の動きが早かった。
まず初動が早い、既にどう動くか思考が先行しているらしい。動きに淀みが無く、速く感じる。
唖然としてしまう。
これは、参加者全員が、もはやレッドレベル。
自分で考え、自分で行う、他者と情報を共有、まるで同調してるかの如く、動きに無駄が無い。
凄いなぁ。人って変われるんだ…。
来た当初とはブルー達の動きが、平常からまるで違う。
僕が、皆の速い動きに、慌てる始末。
そんな僕の動きを、ブルー達から見られている感じがする。
なんか恥ずかしくて、動きにくい。
これは、あれだよ。
昨日、依頼延長を受けないと決めた後、エトワールが皆に、演説したからだよ。
僕は、昨日のエトワールの演説を思い出す。
…
「これを、持ってハクバ山探索は事実上終了となる。だが、私から言っておきたい事がある。」
エトワールは、依頼延長を受けない事を、決議で決めた後、ブルー達を見渡しながら、話し始めた。
「この任務が、レッド昇格試験であると噂があることは、知っているな。これは事実になるかもしれないことだけ言っておく。今回は、施策としての試みであるから、確定では無い。つまり、もし君らがレッドになったとしても、今回の任務を含め、君らの普段の実力査定の当然の結果であり、逆にならなくても、それもまた当然の結果である。今までの自分を省みて、各々の結果を解釈して欲しい。因みに私が今言ったことは秘匿事項であるから公然と言うことは控えて欲しい。これは、私なりの君らに対する誠意だと思ってくれ。」
私は、エトワールの隣りにいて、彼女を見直した。
立派だ。まともな事をエトワールが言っている。
そして、ブルー達を気遣っている。
学生時代の傍若無人で自分勝手なエトワールは、何処に行ってしまったのか?
こ、ここまで、成長する?
一言で言うと、ちょっとビックリした。
僕、エトワールを侮っていたよ、ごめんなさい。
ここまでは良い。
ここまでは、感心するような内容だ。
エトワールは、ここまで一気に言うと、一息付いてから、僕の事を言い出し始めた。
「さて、もう一つ言っておこう。私からの君らへのアドバイスだ。聞かなくとも信じなくともかわまない。君らの自由だ。
これは、私の勘違いならば聞き流してくれ。もしかして、君らは今回の任務で自分らが強くなったと勘違いしていないか?…彼女を見てくれ。」
エトワールが、僕を指し示したことから、皆の視線が僕に集中する。
あわわ…な…なんでしょう?
「彼女は、…アールグレイ少尉は強いか?…彼女は、元々は見た目通りのか弱い女の子だった。私は学生時代から彼女を毎日、見ているが、筆舌に尽くし難い不断の修練により、ここまでの強さを手に入れた。それでも彼女は、武力は、それ程強くは無い。意外か?まあ、平均よりかは若干上かもしれん。諸君らに問う。強さとは何だ?今回の模擬戦の様に正面から一対一で戦った強さか?…いいや、断じて違う。真の強さとは、武術以外の比重が重い。単に武術は戦いの一部分に過ぎない。そして彼女の強さは、武術以外にある。日頃からの心構え、考え方から発せられる行動、習慣。いざというときの覚悟。戦闘の際の彼女の頭脳の働きは、私をも上回る。知覚、斥候、魔法、読心、罠、環境利用、心技体に加え頭脳がフル回転している。今回は模擬戦だから君らはアールグレイ少尉と、幸い正面から戦うことができた。しかし、彼女の本領は正面からの戦いも含めた総合戦術にある。もし君らが戦場で彼女と敵対したら、戦う前に負けていることだろう。まあ、信じるか信じないかは、君らの勝手だがな。もし私の言うことを信じるならば、彼女の普段の行動を観察してみろ。きっと君らの役に立つ点を発見できるであろう。諸君らの眼が開いていることを祈る。最後に、アールグレイ少尉と会えた幸運を、神に感謝することだ。以上だ。」
断言調のエトワールの口上に、場はシンと静まり返ってしまった。
…皆の視線が痛い。
なんてこと、言ってくれちゃってるの!
そして、ロッポ中尉も、何故か僕を凝視している。何故?
…
昨日よりかは、視線の圧は減ったけど、相変わらず見られている。
これでは、おちおちトイレにも行けやしない。
勘弁して欲しい。
まあ、今日一日だけの辛抱です。我慢、我慢。
ロッポ中尉が、携帯端末でギルド本部と連絡を取り合っている。
「はー?あんた、何言ってんだよ。依頼は受けないって言ってるんだよ。命令?あんた、何訳わかんないこと言ってんの?依頼を受けるか受けないかは、俺たちの自由なんだよ。別のギルド員に依頼すりゃいいだろうが。あー断られただー?そんな事、俺たちに関係ないだろう。困るだー?俺は困らん。いいから従えとは何だ。お前ら平民は、黙って言う事を聞けだー?聞けるわきゃねーだろ。」
一言報告するだけで終わるはずが、話しが長引いている。
ん、端末から漏れて聞こえてる声、どっかで聞いた気がする。気のせいかしら。
人に命令し慣れている声調の若い男の声…明らかに貴族ですね。…全く引く気がない。
どうやら、今回の依頼の責任者のようです。
こちらが従うのが当たり前のように喋っている。
ロッポさんも、理不尽な要求に、丁寧語が、まったく崩れてしまっている。
うーん、前世では、履き違えた権利を主張する馬鹿が横行してた記憶があるけど、今世では、考えも無しに権力を振るう馬鹿が流行ってるですか。
馬鹿には、何を言っても無駄です。
携帯端末では無く、目前ならば、ぶん殴ってやるのだけど。
シャドーで、弧円を描くように、右拳を振り抜く。
こうかな?えい! こうか? えい!
空気を切り裂く音が、辺りに鳴り響く。
「え?急に体調が悪くなった?…と、とにかく受けませんからね。切りますよ。はい。はい。」
通話が切れたようた。
むー、意外とあっけなく引きましたね。
あんまり、聞き分けないのなら、部屋までぶん殴りに行くことを、ロッポ中尉に進言したのに。
今世は、気に入らない奴は、ぶん殴ってもOKなのが、この世界の良いところです。
かなりの長期間、過ごしたので、名残り惜しい。
また、来年も来てみよう。
その時には、ティナ君も、打ち解けてくれるかな。
ん、それにしても、目線が痛い。
わりと知覚には、敏感なので、誰が何処を見ているかハッキリと分かる。
女の子なら、良いけどね。
ショコラちゃんに、ゴニョゴニョと相談した。
「こらー!男子共、そこに直りなさい。」
ショコラちゃんが、男子に一喝してくれた。
ルフナ曹長の動きが、割と僕に近いので、男子の方達は、僕の頸、胸とかお尻、太腿を見るのでは無く、ルフナ曹長のを見て下さいと、ショコラちゃんを経由して伝えてもらう。
フォーチュン曹長が、「何が悲しゅうて男の胸や尻を見なきゃあかんねん!」と泣いて抗議してたけど…そんなん知りません。
その後、山に向かって「胸、尻、太腿ー!」と、叫んでた。
実力あり、顔良しなのに、台無しです。
帰るときは、本当にあっというまです。
シロちゃんは、結局帰ろうとはしなかった。
ずっと、僕にへばりついている。
野生動物を飼って良いのだろうか?
今世では、細かい法律は無い。
個々のモラルに委ねられる。
んー、まあ、いいか。…この子の自由意志に任せよう。
昼前には、バスまで戻ってきてしまいました。
さて、帰る前に、どれだけブルー達が成長したのか見てみたい。
でも時間が無いので、バトルロイヤルでお願いします。