人事一課長の憂鬱
個室の自席にて、企画書を見る。
ギルドの人事一課長のわしの処には、レッド以上の将校クラスが関わる依頼の承認の為、すなわち重要事案の企画書があらかじめ来る。
隊長としてレッド1人、ブルー2人、ブラック18人の変則一個小隊編成か…妥当なところだ。
南ギルドから、左遷されて来たニルギリ公爵家長子からの企画提案であり、長子が所属する企画課からの発案。…無碍には出来ない。
主に政治的な思惑からだろう…既に局長会議で、この発案は承認なされている。
ニルギリ公爵家からの依頼扱いであり、内容はハクバ山の探索により、測量を実施し、地図を作成して人類の版図を広げること。
…企画の内容自体は、悪くはないな。
だがギルド的には、あまり旨味は無い、儲けが少ない企画だ。
それに何故にハクバ山系の探索なのか、…よく分からん。
海沿いは、既に探索されて、Heat Oceanまで拠点が伸びている。…発案者は、内陸部の探索一番乗りの名誉を欲しているのかもしれない。
ふん…可もなく不可も無い。
わしは、承認印を押して、決裁箱に放り込んだ。
ニルギリ貴族発案の企画は、実施され…失敗したと聞いた。
まさか、ハクバ山系に山の主級の変幻自在体がいるとはな。
依頼を受けたレッドの報告では、大精霊級の顕現であり、ハクバ山系を支配に置いているという、戦いにすらならず蓬々の程で逃げ出して来たらしい。
二度と来ない約束で、命を取られなかったそうだ。
これを甘く見るものは、手痛いしっぺ返しを喰らうであろうな。
人は、この世界の主人公面をしているが、そうではない。
そして自然精霊系の怪異は、概して人間より賢く、大いなる力を持っている。
人を生かして返したのは、殺す理由が無かったからに過ぎない。わざわざ蟻を踏みつぶすのが面倒だっただけだろう。
依頼を受けた者達には不運であったな。
だが、山主級の怪異と遭遇して命があっただけ幸運であっと言える。
しばらくして、またも企画課から提案があった。
第二回のハクバ山探索の企画だ。
前回の失敗に懲りなかったらしい。
既に局長会議で承認済み。
ニルギリ家の長子は無能の癖に、政治的圧力は使えるらしい。
しばし、考えた。
企画書を見るに、内容は前回と変わりない。
うーん、…何故に人は、こんなにも愚かなのだろうか?
これって大精霊級の怪異に喧嘩売ってるよね。
しかも、何も対策してないし。
下手すると、自然精霊の怒りに、都市が全滅しかねない企画だ。
そして何故に、この企画書が私の手元にあるのだろうか?
都市内で、平和に暮らしている家族の事を思った。
ああ、知らなければ、こんなに憂うことはなかったろうに。
…胃が痛いよ。
左手で胃の辺りを抑える。
わしに、今、出来ることを考える。
…
…解決できる者をメンバーに紛れ込ませるしかないな。
何人かの顔と名前が頭に浮かぶ。
わしの頭の中には、3桁のレッド以上のギルド員プラス有望な者のデータが入っている。
そう言えば、…ジーニアスからの企画提案があったな。
組織活性化の為の、探索系任務を装った叩き上げからのレッド昇格試験案。
ジーニアスが投資として予算を出したとしても赤字で、立ち消えになった企画。
よし、ジーニアスには、裏任務として参加してもらおう。
企画課の提案書には、レッド昇格試験案の追加修正案を添付して、ジーニアスに丸投げだ。
レッドには、ジーニアス執心のテンペストを入れるが良かろう。
ブルーの選抜には、若手のダージリンに任せてみるか。
下手をすると、都市が壊滅しかねない事案だ。
層は、厚みを持たせた方が良い。
更に、責任者をハッキリさせよう…あくまでも、責任者は、発案したニルギリ家長子であることを、くどいほど明記しておく。
わしは、修正案を追加条件付きで、了承印を押印した。
わしの出来ることはやった。
わしは、部屋にある戸棚の観音開きの扉を開けて、黒山羊様の偶像に手を合わせる。
人事を尽くして天命を待つ。
黒山羊様、人事は尽くしましたので、あとは宜しくお願いします。
何の因果か、極稀にこのような事案がわしの元に来る。
でもいつまでも、心に留め置いたら、心がストレスで病んでしまう。
正直、効くか効かぬか分からぬが、黒山羊様は、この手の事案に御利益があるらしい。
御参りすると、スッと心が軽くなった気がした。
まあ、いっか…。まあ、一課だけに。
…ククク。
あとは、テンペストとジーニアスがなんとかするだろう。
…まかせたぞ。
わしは、部屋の窓から平和な街並みを、眺めた。
今日の昼飯は、カレーピラフが食べたい。