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アールグレイの日常  作者: さくら
天竺行路
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アンネの日記(中編)

 可憐で麗しいアールグレイ少尉殿。

 彼女と急接近したのは、模擬戦の時。


 私は、師匠の持ち武器であった斧を使い、戦いに臨んだ。

 見た目の先入観から、私は少尉殿を舐めていた。

 今、考えると勝てると思っていた当時の私が恥ずかしい。

 穴があったら入りたいほど。その時のことを思い返すと恥ずかしくて悶え苦しい。…これこそ、エペ家の古文書に出で来る記載の言い回しにある、黒歴史というものだ。

 あまりの恥ずかしさに、この記憶を封印して欲しい。


 こんな可愛いだけの、何の不幸も経験していない、幸せそうな女には、負けられるものかという思いがあった。

 私の魂から生えた感情の、なんと醜いことか。


 結果は、惨敗。

 三人がかりで戦うも、私達のあまりの弱さに呆れ返った少尉殿に、何の技を出されることも無く惨敗。

 信じたくは無い現実に、心が納得しなかった。


 私は、最低だ。

 自分の心の弱さを、自分の不幸を、未熟な自分を、少尉殿に八つ当たりした最低最悪の自分を御しきれず、又、優しい少尉殿に嫉妬して八つ当たりを繰り返す。


 分かっている…自分が悪いのは分かっている。

 それを認めることが出来ない弱い自分がいる。


 だから、誇りある貴族の強さに縋った。

 鎧のように身に付けた傲慢さは、慣れすぎて、もはや第二の自分であるかのよう。

 でも、弱い自分は、この鎧を手放す勇気はなかった。


 普通なら、そんな厄介者なんて放っておく。

 私ならそうする。

 でも、踏み込んで来る人がいた。

 なんて勇気があり、なんて慈悲深いお節介屋。

 アールグレイ少尉…彼女を思うだけで涙が出てくる。



 模擬戦が終わった後、彼女は、図々しくも大胆に、私が一番弱いと皆の前で、言い放った。

 この時には、見た目に反して彼女が一介の平民である事は、私は認識していた。


 貴族に対し、平民が暴言をはく。

 切り捨て御免されてもおかしくない状況。

 この女、正気?…許されない。貴族たる私を侮辱する愚か者め!


 …だが、ギルドの将校は、貴族の最低位の騎士と同格であると思い出した。…しかし、微妙だ。

 アールグレイ少尉は、騎士格だろうが、平民は平民。

 対して、私は、貴族の一員だが伯爵位を持っているわけでは無い、伯爵の娘に過ぎない。


 誇りを傷つけられ怒りの憤りに振り回されている貴族の自分。その影で、怯えているだけの自信の無い弱い自分がいる。

 何故に、アールグレイ少尉は、自分に、こんな酷いことを言うのだろうか…分からない…貴族に逆らっても、少尉には損ばかりではないのか?


 この時も、私は決めかねていた。

 そうしたら、親友のジャンヌが庇って、私の代わりに戦うと言い出してくれた。

 嬉しさと安堵が、湧き上がっが、これは任せることが出来ない。

 自分を庇ってくれた親友に、戦いまで押し付けてしまったら、きっと私は、自分で自分が許せなくなる。

 ああ、…こんな時でさえ、私が考えるのは、自分の事ばかりだ。最低な自分。

 私は、自分が大嫌いだ。



 「ダメよ!ダルジャン。…ダメ。これは私の闘いなの。曾お祖父様の、師匠の誇りを取り戻すのは私の責務なの。アールグレイ、貴方に決闘を申し込む。私は戦斧のルドルフが最後の弟子、マリー・アントワネット。私は武人としての誇りを賭ける。貴方が負けたら、私達の誇りに相応しい代価を支払ってもらうわ、尋常に勝負しなさい。」

 この時、私は、咄嗟に前へと足を踏み出していた。

 反射的に、口上を述べていた。


 手足が震えているのが、自分でもわかる。

 なんて、自分は勇気が無いのだろう。


 少尉に勝負を挑んでも、…勝ち目は無い。

 絶望感が私の心を圧迫する。

 私は負けて、自害するしかないのだ…怖い、死ぬのが怖い、何より自分の本性を誰にも認められずに消えてしまう自分が怖い。




 こうして、私は、アールグレイ少尉殿と、再度戦う事になったの。



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