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アールグレイの日常  作者: さくら
天竺行路
210/615

読心

 善は急げと言います。

 早速、ジャンヌをつかまえて、テント内で相談してみました。


 僕の話しを最後まで神妙に聞き終わると、ジャンヌは答えた。

 「少尉殿、その心配は御無用でございます。」

  その心は?


 「ロッポ中尉の言葉を、よく思い返してみて下さい。少尉殿が年寄りくさいなどと一言も言っておりません。万が一そのような失礼な言葉を中尉が放っていれば、私が成敗に参ります。少尉殿、賢き者は歳重ねた者が自然に多くなりがちですが、無駄に年月を重ねた者が、即ち賢者になるとは限りません。少尉殿の場合、魂からの発露が智慧となりしもの。確かに少尉殿の言動、所作は悠久の時の流れの錬成すら感じさせますが、それも磨いた魂の輝きによる個性というもので、私には眩しい程の魅力でございます。」

 そ、そう?

 そこまで、誉められると、僕、照れてしまうけど。

 嬉しく感じる。


 「加えて、少尉殿は、若々しい感性に溢れ、進取の気性に富んでおりまする。リスクを認識把握しながらも、慎重に、大胆に、勇気を持って前進する決断力は、感服する次第です。」

 ジャンヌは、至極真面目に淡々と僕を誉めてくれる。


 いやいや、このように面と向かって誉められると、…とっても恥ずかしいです。

 だって「僕って誉められると伸びるタイプだから。」とか、お誉めの言葉を請求しちゃったりする僕だけど、でも今回は、ジャンヌが本気で言っているのを感じるので、…逆に、どう反応してよいのか、戸惑う。


 「更に少尉殿は、優しさと慈愛に溢れ、小さき弱きものを護り、慈しみ、決して見捨てず、いつも、いつまでも見守っていらっしゃる。まさに母性の鑑、心の清純さ、初々しさが聖女と言っても過言ではございません。更に、凛とした佇まいは、美しくも気高い誇りを持つ武人の強さを体現したかのよう。」

 それは、いくらなんでも誉め過ぎです。ジャンヌさん。


 ジャンヌの瞳が、キラリと光る。

 「少尉殿、私のことは、ジャンヌと呼び捨てでお呼びください。今、さん付けされたように察してしまいました。」

 も、もしかして、僕、今、心読まれました?


 「はい。僭越ながら、少尉殿の御心を読まさせていただきました。ですが、この読心術も、少尉殿を見習って、多少ながら会得したものでございます。私などの読心力など、常に新しき技能習得の努力を怠らぬ少尉殿の足元にも及びません。まさに不断の努力の達人。天才などと安易な誉め言葉ではおさまりません。努力し続けて行く揺るぎない意志が尊い。見上げれば遥かに上をいく少尉殿の見姿が、雲の合間から垣間見えるかのように感じます。」

 ジャンヌは、上方を見上げ、遠い目をした。

 どひゃー、ジャンヌ、そこに僕はいません。

 地上で、大抵、怠けています。

 努力も必要最低限の事しかやってないし…。


 「そうは言っても、謙虚な少尉殿の事ですから、きっと否定するのでしょう。ですがその真摯な姿勢こそ、菩薩様のように尊い。まるで、少尉殿から後光が煌めくようです。眩しいです。」

 ジャンヌは、僕の方を眩しそうに目を細める。


 いやいやいや、もしかして、僕の後ろに菩薩様でもいますか?

 振り向いて、誰も居ない事を確かめる。


 「更に、少尉殿の素晴らしさを述懐させてもらってよろしいでしょうか?」

 ジャンヌは、そう言うと膝をズイッと、僕の前に進めて来た。


 まだ、言う事あるの?

 普段、誉められ慣れしてないので、もう恥ずかしさで赤面ものです。自分の事ながら、もう止めてあげて下さい。

 

 「少尉殿は、人から誉められずとも認められずとも、黙々とやるべき事をやられてます。自分の為では無く、他人の為に、ただひたすらと。世間は、もっと少尉殿に感謝して、褒めちぎるべきです。これ程までに自己犠牲の精神で、人が嫌がる任務を全うする人はいません。今回も人跡未踏の地を、第一弾で探索するなど、生命を覚悟した者でなければ、務まりませぬ。私も勧められ、事情が無ければ受ける事はありませんでした。」

 え!そうなの?

 僕、結構、探索系は面白くて、趣味なんですけど…。


 ジャンヌは、僕の言葉を待たずに、かぶりを振った。

 「少尉殿、私に気遣いは無用です。これからは少尉殿ばかりに負担を掛ける真似は致しませぬ。私は、これまでの自分の行いが恥ずかしい。少尉殿の為人、覚悟、姿勢を知れば知るほど、自らと比較して、やるせない気持ちになります。仮にも護民の騎士を目指す者が、卑怯にも試練から逃げ、私より若き者に試練を押し付けていた事実。…穴があったら入りたいほど我が身が恥ずかしい。私は、今まで怠け心から修練を怠り、自分を誤魔化して責務から逃げ出してきました。それを、痛感したのです。今、私の目の前に、小さくも儚い存在ながら、不断の努力で修練して自己を鍛えあげ、否応もなく率先して試練に当たる少尉殿がいらっしゃる。もはや、自分が怠け者の卑怯者であることから目を背けることは、….生き恥を晒すことなどできません。これより私も、少尉殿に続くことをお許し願いたい。」

 僕、頭から湯気出そうです。

 ジャンヌの悲壮な決意を促がしたの、本当に僕ですか?

 ジャンヌの認識している僕と、現実との僕との乖離が酷い。


 ジャンヌ、それ、多分、別人だと思います。


 僕、今世は、自分を大切にして楽しみながら人生を謳歌したいと、自分のことばかり考えてます。

 試練、苦行からは逃げますし、結構、…怠けています。


 ジャンヌの決意は、立派です。

 僕に対してとは思えない、お誉めのお言葉はいざ知らずとも、なかなかそこまで自己を反省して、正面から向かう勇気のある人はいません。

 人は、大なり小なり、言い訳しながら自分を誤魔化し生きている。でなければ自分の自尊心が傷つき生きるのが辛くなるから。

 だからこそ、ジャンヌの、その思いは…尊い。


 しかしながら…


 「それで、もし、ジャンヌが試練などの下らぬものの犠牲になったとしたら、僕は悲しい。ジャンヌの尊い意志を、決意を蔑ろにする訳では無いけれど、未知を踏破するには無理は禁物ですから、僕のように肩の力を抜いて、怠けて、いい加減な気持ちで、それと今までのジャンヌのように危険には近寄らないで、ちょうど良いと思います。」

 僕は、嫌なんだ。

 僕の周りの、心優しい人々が犠牲になるのを見過ごすのは。

 ジャンヌも僕の周りにいる大切な友達。…護る。絶対に護る。僕一人だけだとしても。

 …僕は万能では無い。分かっている。だからこそ僕の手の届く範囲の人達は守り抜きたい。

 たとえ、この身が幾千に切り裂かれたとしても。



 ジャンヌは、ハッとした顔をして、僕の顔を見つめてきた。

 そうそう…幻滅して下さい。ジャンヌが危険に遭わないように。まったく僕を盛り過ぎにも程がありますよ。


 そして、ジャンヌは、僕の顔をマジマジと見つめ続け、ワナワナと身体を震わした。


 「わ、私は、…少尉殿の許可など要りませぬ。私が、勝手に少尉殿の後を付いていきます。絶対の絶対です。誓います。少尉殿を一人にはさせません。」

 ジャンヌは、ボロボロと泣き出した。

 大粒の涙が溢れ落ちる。




 えーー!何故に泣くの?


 分からない。ど、どうして?

 僕、な、なにか泣くようなこと言ったっけ?

 幻滅して落胆してしまったとか?


 …いけない。

 僕は、ジャンヌに近づくと、中腰になって、ジャンヌを抱き締め、ヨシヨシと慰めた。

 よく分からないけど、早く泣きやんでくれないとマズイ気がする。


 …と、ほぼ同時にテントの幕が上がる。

 「麗しきアールグレイ様、あなたのショコラ・マリアージュが、測量から帰って来ましたよ!喜んで♪…」


 あ!


 「え!」

 僕は、ジャンヌを抱き締めながら、ショコラちゃんと、しばし見つめ合う。


 …


 「…アールグレイ様の馬鹿ー!浮気者ー!」

 呆然としてたら、ショコラちゃんが踵を返して走り去って行った。

 「いけません。少尉殿、直ぐにショコラ様を追いかけて誤解を解いて下さい。」

 涙目を拭きながら、僕に助言するジャンヌ。


 あれ?これってなんかデジャヴ…?


 僕は、とにかくもショコラちゃんの後を追いかけ、散々謝って、何とか許してもらえた。

 その上、ズルイと言う理由で、ショコラちゃんを抱き締める事を要求された。

 ズルイって何故?…もちろん聞き返しはしないけど。

 でも、フワフワで、甘い良い香りのするショコラちゃんを抱き締めながら、これってご褒美なのでは?と思わないわけではない。


 不合理だけど、幸せならば、それで良いような気がしました。


  

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