昇任
結論から言うと、僕達は逃げ勝ちすることができた。
午後9時を過ぎると、空挺魔導部隊はアッサリと立ち去った。それは、まるで予定調和のように。
結末は既に決まっていて、正規軍である軍隊では尚更犠牲を出したくはなかったのかも知れない。
空挺魔導部隊が飛び去った後に、何回かsearchを打って、確認した後、少佐と兵長と合流し、無線で救援を呼んだ。何度も言うけど確認は大事だからね。
セイロン本家の後継者はエリヤ様に無事決まったらしい。
つまり、以後、エリヤ様に逆らうことは、当主以外は、セイロン一門全体を敵に回すことになる。
セイロン家はトビラ都市の5つの大貴族の一角。都市王を周り持ちで務める家柄だ。
つまり、将来的にはエリヤ様は都市王にもなるかもしれないのだ。それが今夜決定した。
いやはや、全く雲の上の出来事でございます。
都市内に戻った後、僕の腕に抱きついて、尚且つクンクン匂いを嗅いでくるエリヤ様を、迎えに来た優秀そうな側近が無理矢理離し、泣き騒ぐエリヤ様を連れて行った。
何故に、こんなに懐かれたのか分からないけど、悪い人ではない。少し引いてしまうけど…。
おそらく、彼女と僕の人生が交わるのは、今日で最初で最後のはず。
今は、エリヤ様の人生に幸あれと願おう。
兵長は、高額報酬を得て満面の笑みだ。
「軍曹殿、機会あれば呼んでください、いつでも駆けつけますから。」などと言い、機嫌良く帰って行った。
さて、最後に少佐だが…。
「テンペスト、君がいてくれて今回は本当に助かった。及ばすながら昇任の推薦状を書いておこう。お嬢を助けてくれたことは私も忘れない。お嬢と私は幼馴染の間柄で、私は友達だと思っている。勿論色恋とは別の話しだ。分かってるとは思うが。とにかく推薦状如きで恩を返せたとは思わない。困ったことがあったらいつでも連絡するがいい。勿論困ってないときでも連絡してくれても構わないからな。…友達から始めようじゃないか。」
え!…どうやら僕と少佐は、友達になったらしい。
確定事項?
断定口調は変わらずだけど、友好的な対応に、ちょっとびっくり。
少佐を見る。
目を逸らして、薄らと顔が赤らんでいる。
右手を出している。握手?
うん…先入観無しで見てみると、割りと普通の若者な気がする。
吐息をつく…反省、反省。
前世から、通算約一世紀の人生経験がありながら活かされていない自分を反省です。
高圧的で冷徹な印象は、初対面の先入観からの、僕の思い込みだったらしい。
きっと、少佐の任務に対する責任感の強さが、そう見せていたのだろう。
だって、今の印象は、若者が何やら恥ずかしいけど勇気を出して友達になりたいと心情を吐露してるように見える。
うんうん、最初は圧が強くて苦手かなと思ってたけど、本当はフレンドリーな良い人だったのかな?
僕は、友好を示す為に、差し出された少佐の右手を握った。
握手ですから。
少佐が、心無し嬉しそうに握り返して来たまま手を振る。
もしかして、少佐って友達少ない?
うーん、不器用で誤解されるタイプ?
少佐とは連絡先を交換して、別れた。
フフッ、また友達できちゃたよ。
終電で帰ったら、ペンペン様は寝ていた。
顔を覗きこむ…幸せそうなお顔だ。
食べて、寝て、ペンペン様は本能に忠実なのだ。
後日談ではあるが、ギルドから無試験の昇任通知が届いた。
青の星二つ、僕は、数年ぶりに軍曹に戻れた。
理由として長年のギルドへの貢献に鑑みなどなどと書かれていたが、少佐の推薦状と、その後ろ盾のセイロン本家の力によることが大きいだろう。
階級には、頓着しないけど日頃の働きが認められたようで嬉しい。…感謝を。
しかし、その翌日にも更に無試験の昇任通知が届いた。
青の星三つ、曹長に昇進です。…やり過ぎです少佐。
…でも、まあいいか、どうせこれで頭うちだろう。
受ける仕事の単価も高くなるし、青の星三つくらいがちょうどいい。曹長より上だと士官だから煩わしい。
…と、思っていた時期もありました。
翌々日に、士官候補生への任官通知と士官学校入校案内がきた。つまり赤の星無し(准尉)へのランクアップと学校卒業と同時に赤の星一つ(少尉)となる約束手形だ。
制服も一新される。
下士官は、黒地に青のラインだが、士官は黒地に赤のラインだ。なんと制服一式も送られてきた。
やれやれ、これは予想外の出来事。…完全にやり過ぎです、少佐。
断りも考えてみたけど、もし断った場合には、推薦してくれたセンロン本家の顔を潰すことになる。
以後の僕の人生は、楽しがらずやの人生になるに違いない。
最悪、途絶えることも有り得る。
貴族に恥をかかしては、碌なことにならない。
やれやれ…せめて、入校までは、地味に大人しくしていよう。